第22話 夕暮れの再会
聖都の空が、燃えるような茜色に染まり始めた。
大教会の白亜の壁がオレンジ色に照らされ、長い影を石畳に落とす頃、ラオとベッキーは山のような紙袋(中身はすべて油をふんだんに使った茶色の食べ物)を抱えて、宿舎へと戻ってきた。
「――っしょ! マジで食い倒れたっしょ! ラオ君、あんたの胃袋ブラックホールでも飼ってるんじゃなかっしょ?」
「……フン。……小ヌルい。この程度の質量、我が魔力炉にかかれば一瞬で熱量へと変換される。……それより、ベッキー。貴様のその油でテカった鼻頭をどうにかしろ。……サミエルに見つかれば即刻還俗させられるぞ」
「ぎゃはは! それは困るっしょ! そんな事になったら路頭に迷ってしまうっしょ!」
二人はまるで悪巧みを終えた共犯者のような顔で、笑いながら廊下を歩いていた。
ラオは無意識のうちに、ベッキーの法衣の裾を掴んだままだ。破壊神のプライド云々よりも、この「っしょ」な修道女と過ごした数時間が、思いのほか毒気が抜けるものであったことは認めざるを得ない。
だがその平穏は、宿舎のロビーで待ち構えていた「視線」によって遮られた。
「…………おかえりなさい。楽しそうね、二人とも……」
柱の影から現れたのは、研修を終えたばかりのリオラだった。
彼女は聖典を胸に抱え、微塵も笑っていない瞳で、ラオとベッキーを見つめている。
「あ、リオラちゃん! おかえりっしょ! 今日の研修はどうだったっしょ?」
「ええ、とっても有意義でしたわ。……『修道者は常に己を律し、清貧を旨とすべし』という講義を受けてきたところですの。……それよりベッキーさん。そのラオ君の手……いえ、ラオ君が掴んでいるその裾……」
リオラの視線が、ラオの小さな手に突き刺さる。
ラオは無意識に手を離そうとしたが、なぜかベッキーがその手をひょいと持ち上げ、自慢げにリオラに見せつけた。
「いいでしょー! ラオ君、意外とお節介で可愛いところがあるっしょ! 私の暴走(飲酒)を止めてくれたり、ベールを直してくれたり……もう、私の『ベスト・パートナー』っしょ!」
「……ベスト、パートナー…………っしょ?」
首を傾けたリオラの背後から、どろりとした負の魔力が漏れ出した。
彼女は一歩、また一歩と詰め寄り、ラオの頬をムニムニと力任せに引っ張った。
「ラ・オ・君? 私と離れている間に、ずいぶんと新しいお姉さんに懐いたみたいね? 私のシチューを『小ヌルい』って言ったくせに、ベッキーさんの脂っこい屋台飯には満足したのかしら……っしょ?」
「……い、痛いぞ、リオラ! 離せ! これは……これは、迷子にならぬための物理的な接続だ! 貴様のような嫉妬深い女の顔は、ゴルドアンの銅像より見苦しいぞ!」
「嫉妬!? 私が!? ……そんなわけないでしょ! ただあんまり食べ慣れないな物を食べさせて、ラオ君のお腹が壊れたら大変だと思っただけだっしょ!!」
リオラの語尾が、怒りのあまり「っしょ」に侵食されていく。
ベッキーはそれを見て「ぎゃはは! リオラちゃん、顔が真っ赤っしょ!」と追い打ちをかけるように笑い転げた。
◇◇
その騒ぎを少し離れた場所から眺めている影があった。
サミエル大司教――今は完璧な礼装に身を包んだ「王国の重鎮」の姿だ。彼は隣に控える神官に、静かに問いかけた。
「……昨夜の間者の件、調べはつきましたか?」
「はっ。シーナット皇国の息がかかった工作員のようです。目的は禁書庫の蔵書だったようですが……しかし閣下。彼が『何故か固まっていた』という現象は、やはり解せません。現場には我々の知らない『法力』の残滓が……」
「……ふむ。法力、ですか。……あるいは、もっと原初的な、『理』そのものを司る力かもしれませんね」
サミエルはリオラに追いかけ回されているラオの姿を、慈愛に満ちた瞳で見つめた。
「ラオ君。君はこの聖都に何を感じたのでしょうね。……ただの肉の食べ歩きであれば、私も安心なのですが」
「閣下? 何か仰いましたか?」
「いいえ、独り言ですよ。……さあ、私も公務に戻るとしましょうか。……明日は教皇猊下への謁見です。ラオ君たちにも、少しばかり『正装』をしてもらう必要がありますからね」
サミエルの不敵な独白。
ラオはリオラから逃げ回りながらも、その鋭い背中の感覚でサミエルの視線を捉えていた。
(……チッ。あの老いぼれ、やはり我を試しているな。……明日はあのアホ神を信仰する連中のトップとやらに会わされるのか。……つまらんな)
破壊神の王都滞在。
ベッキーとの絆、リオラの嫉妬、そしてサミエルの思惑。
小ヌルい日常は、少しずつ、だが確実に「神の領域」へと加速し始めていた。
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