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死体が消える町  作者: 臥亜


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9/9

記録

 役場の戸籍課は、朝が早い。


 凛はいつも通り、端末を立ち上げる。


 湯気の立つ紙コップを脇に置き、死亡届の束を開く。


 数字。

 日付。

 氏名。


 淡々と処理する。


 この町では、人はきちんと死ぬ。


 記録され、整理され、ファイルに収まる。


 消えることなど、ない。


 画面に兄の名前を表示する。


 死亡年月日。


 死亡推定時刻。


 16時42分。


 修正欄はある。


 空白だ。


 申請すれば変更できる。


 医師の証明はない。

 再検証もできない。

 だが、家族の申立てで補足は可能だ。


 凛はカーソルをそこへ移動させる。


 指が止まる。


 もし17時に直せば。


 もし発見時刻に近づければ。


 私は、そこにいなかったことになる。


 私は、振りほどいていないことになる。


 私は、悪くないことになる。


 だが。


 それは、何を消すのだろう。


 事実か。


 時間か。


 それとも。


 自分か。


 凛は、そっとカーソルを戻す。


 保存。


 変更なし。


 画面が静かに切り替わる。


 記録は、そのまま残る。


 16時42分。


 凛はふと、思う。


 昔、誰かが言った。


 この町では、死体が消える、と。


 兄の遺体は、棺の中で閉じられたままだった。

 私は見ていない。

 確かめていない。


 だから私は、ずっと信じていた。


 この町では、死体が消えるのだと。


 けれど違う。


 消えていたのは、死体ではない。


 あの瞬間の、十二分。


 振りほどいた感触。


 見て見ぬふりをした時間。


 それだけが、きれいに抜け落ちていた。


 町は何も消していない。


 母も。


 夫も。


 誰も。


 消していたのは、私だ。


 凛は保存ボタンを押す。


 16時42分。


 数字が確定する。


 この町では、死体は消えない。


 消えるのは——


 思い出せないふりをした時間だけだ。

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