8.二人とエピローグ
メイセイから連絡が来たのはあの日から5日後。
呼び出された公園に向かうと、すでにシビラの姿があった。
言われそうなことは予想がついている。
だから気持ちを強く持って近づいた。
「ごめん、待った?」
「……いや。来てくれてありがとう」
自分を見る目が最初に会った時と同じように、こっちを見ているようで見ていない。その感覚がすごく嫌だ。
「もう大丈夫なの?」
「これくらいは日常茶飯事だ。身体に穴が開いたとしても3日もあれば動ける」
「そう。でも無理はしないで」
わざと怖がらせようと言っている気がした。
でもミスズだってマフィアの娘だ。ファミリーのみんなが怪我をして帰ってくることだって珍しいことじゃない。だからそんなことでは怖がらない。
淡々と、なんてことないように返事をするとシビラは黙る。
「ミスズがブローディアの娘だと知っていて近づいた。マフィアの娘なら俺みたいに不幸だといいと思ったんだ」
「私はそれでも……シビラが打算的に近づいてきたとしてもいいと思ったの」
理由は想像していたより酷い内容だったが、それでも動揺せずに答えられたと思う。
「……サクランドがどんなことをしているか知らないだろう。俺は人を殺したこともあるし、それを悪いとも思っていない。それに君が周囲から孤立するきっかけになったあの抗争。知っているとは思うがあれは俺の父のせいだ」
「私たちの生まれた場所はそれが普通だから。抗争のことは……でも、あなたの父親だとしたらそれはシビラのせいじゃない」
大丈夫。震えそうになる声をぐっと喉に力を込めて耐えた。何を言われても大丈夫だと準備していたはずなのに、実際言われると辛いものがある。けれど、あの時感じた恐怖よりまだマシ。シビラがいなくなってしまうかもしれない。もうそんな思いはしたくなかった。
「だからそんな風にわざと怖がらせよとしなくていいの。私はちゃんと覚悟をしてあなたと会っている」
「そんな覚悟はしなくていいんだ。」
「それくらい好きにさせてよ。勝手に近づいてきたのはあなたの方じゃない!」
思っているより大きな声が出た。
シビラも口を閉じてしまい、二人の間に沈黙が流れる。
「ごめんなさい……。さっきからシビラが私から離れる理由を言っているようでつい」
「そこまで分かっているのにどうして」
シビラはため息をつく。
面倒な相手だと思っているのだろうか。それでも今日は言いたいことは全て言おうと決めてきた。
「好きだからよ。ただそれだけ」
「それは刷り込みだ。俺が好意をチラつかせて近づいたから、そう思っているだけだ」
「もしそうだとしても、それはいけないことなの?動機はなんでもいいじゃない。私は今自分の気持ちに正直になっているだけ。ただあなたと離れたくない。一緒にいたい。それだけじゃ駄目なの?」
「ボス……俺の父がそれを許すとでも?俺は、逃げられないし、幸せにもなれない。」
「私の気持ちよ。あなたの父親の許可はいらないの。それはシビラも同じ。環境や過去がどうであれ幸せになれないことはない」
「なんで、そう言い切れる」
徐々に口数が少なくなっていくシビラにきちんと体ごと向き合う。
諦めないでほしい。
きっかけはどうであれ私はあなたの行動に救われた。シビラといるときだけ普通の女の子でいられた。だから、今度は私の番。
「シビラ」
名を呼ぶと彼もゆっくりとこちらを向いた。
「私があなたを幸せにするから」
きっぱりとそう言い切るとシビラの双眸が見開かれる。
「だから心配しないで。絶対に幸せにしてあげるから、だから」
続いた言葉の最中に力強く身体を引き寄せられた。そのまま痛いくらい強い力で抱きしめられて、震えている身体がいったいどっちなのか分からない。
「慣れていないんだ」
抱きしめられたままシビラの声が頭上から聞こえる。
「……仕事だったら女を喜ばせることも怒らせることも出来るけど、ただの俺は何も知らない。そこら辺の子どもの方がよっぽど物事を知っている」
「それは、教えてくれる誰かがそばにいなかったの?」
「……ろくでもない人生を送ってきたと思っている。幼い頃この世にある救いは“死”だけだと思っていた。そして理不尽に傷つけられたくなくて覚えた仕事がこれ。理由さえ与えてくれれば人を殺すことを躊躇わない」
「怖いだろ?」と少しだけ震えた語尾にグッと喉の奥が詰まった。
「家族というものが分からない。そんな俺が誰かを愛したりできると思うか?……お前を傷つけるだけだと分かっているから、離れたのに」
垣間見えたシビラの本音。
知らず知らずのうちに緊張していたのか強張った身体で深呼吸をして力を抜く。
「それじゃ……二人で逃げよっか」
「は?」
「だから、二人で逃げるの。世界は広いんだから誰も知らない場所でひっそりと暮らしていこう。いつか来る終わりをシビラの隣で迎えたい。それが明日でも、明後日でも。私は後悔しないわ」
シビラが身体を離す。
戸惑ったように眉間にわずかに寄った皺に指を伸ばした。
皺がなくなるように指先で軽く撫でるとシビラに指を握られる。
「話しかけたのが俺じゃなかったら。幸せになれただろうに……」
「いいの。私の幸せは私が決める。それにシビラは私と一緒にいたら幸せになれるんだから」
「さっきもそうだけど、そういうのは男から言うものじゃないか?」
明らかに困惑しているシビラに「そうかもね」と笑って返す。
家族と離れることになっても。
普通の暮らしが送れなくなっても。
それでも、この人のそばにいてあげたい。と思う気持ちのほうが自分の中で大きくなっていた。相当な決断をしたはずなのに、思っていたより心は軽い。
「メイセイさんはサクランドの人間じゃないって言っていたけど、あの人相当あなたのこと好きよね。ハリー君のことも気になるし、急にいなくなって迷惑がかからないといいけど。それに父さんには手紙の方がいいかな。さすがに直接説明しづらいかなぁ。どこにいくのがいいと思う?私旅行もあんまりしたことないから」
思いついたことを口にしていると、シビラはミスズと向かい合うように座りなおす。改まった雰囲気にミスズも同じように姿勢を正した。一瞬流れた沈黙の後、シビラが薄く口を開く。
「俺は……ミスズを幸せにできないかもしれないけど、これだけは誓おう」
ゆっくりと言葉を選ぶように話すシビラに頷いた。
「俺より先には死なせない」
うん、うん、と小刻みに首を縦に振る。
じわっと体が火照るような感覚。ミスズもその視線をしっかりと受け止めて、大きく瞬きをした。
「私もあなたを先に死なせない。最期まで二人で生きよう?」
ぽたっと零れた涙は頬を一瞬かすめて、洋服に吸い込まれていく。次に瞬きをした瞬間、シビラの手が後頭部に回された。
近づいてくる顔に目を閉じ、自らも両腕をシビラの身体に回す。
触れ合うようなキスを何度か繰り返していくうちに、シビラの頬が濡れてきた気がしたが気づかないフリをした。
(ようやくちゃんと泣けたのね)
彼がどんな環境で生きてきたか分からない。耳にしたサクランドの噂話はずいぶんと酷いこともたくさんあった。当事者の彼はそれ以上の過去を持っているのだろう。
平穏じゃないかもしれない。
けど、少しでもその過去の傷が治るように。
ミスズはぎゅっとシビラに抱き着いたのだった。
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7年後。
郊外の田舎道で大きな事故が起こった。
新聞の見出しには、大型自動車と小型自動車の事故の写真が大きく載っている。小型車は無残な形になり炎に包まれていた。小型車には大人二人とおそらく子どもが乗っていたような痕跡があると書かれている。大型車の運転手は大怪我を負ったが間もなく死亡。ブレーキのあとはなく、かなりのスピードでぶつかったようだ。
街角で新聞を広げていた男は、その記事に目を通したあと両手で思い切りくしゃくしゃに丸め、ごみ箱に叩き込んだ。そのままごみ箱を蹴る勢いで足を引いたが、隣に立つ小さな少女に視線を落とし踏みとどまった。ゆっくりとその手を握ると少女が男を見上げる。
「行こう」
「どこに行くの?」
「……家族のところだ」
不思議そうな顔をした少女だったが、それ以上は何も言わず歩き出した男についていく。小さな少女の歩幅に合わせて、二人はゆっくりと通りを歩いて行った。
ここまで読んで頂きありがとうございます!比較的早い展開で終わらせましたが、修正も済んだのでとりあえずOKです。最後までお付き合い頂きありがとうございました。




