シエナと旅の仲間 16
泣き叫ぶシエナの横でただただ狼狽える大きなトロルドに
魔女ウルリカは恐る恐る何があったのか尋ねるのだが
どうにも要領を得ない。
「仲間に追われた。人の子が森から出るなと言った。」
「追われた?一体どうして?」
その会話を聞いたシエナは泣いている場合ではないと
顔を上げ涙を拭いながら
「倒れているトロルドを捜して。治せるるって言ったから。」
「治せる?言った?」
説明するのが面倒だったのでシエナはまた聞こえないフリをして森の奥へと走り出した。
「ちょっとっ。待ちなさい。」
「とても急ぐの。説明はあとでちゃんとするわ。」
最初に見付けたのは魔女ウルリカだった。
太い木に背中からぶつかったようであまり遠くには飛ばされていなかった。
「ああコイツはもう大丈夫だな。このままでいい。」
剣はシエナに抱えられたまま言った。
次も魔女ウルリカが見付けた。その都度デメトリオが寄ってくるので
「他を捜してちょうだい。」
そう言って追い払った。
「それでどうしたらいいの?」
シエナは抱えた剣に聞いた。
「強い衝撃を与えればいい。そうだな。そいつの頭を殴れ。」
「頭を殴るの?駄目よそんなの。」
「そうしないと元に戻らずまたこのノロマを襲うぞ。」
シエナは剣を静かに置いて、渋々と横になったトロルの頭の方へ回った。
「何をするの?」
ウルリカの質問に
「頭を殴りなさいって。」
ウルリカがもう一度何かを質問する前に、シエナは拳を振りかぶりトロルドの頭に振り下ろした。
ペチン
小さな音がした。臆病トロルドには聞こえないほど小さな音だった。
横たわっているトロルドが目覚めていたとしても、何かされたとは感じなかっただろう。
「なんだそれは。」
「何って殴ったのよ。」
「ダメだ。そこのノロマと代われ。」
トロルドを見上げるがトロルドはどうして自分が見られいるのか判っていないようだった。
「トロルドさん。私がしたみたいにこのトロルドさんの頭を叩いてほしいの。」
「叩くのではない。殴るのだ。」
「こんな大きなトルドさんが殴ったら怪我しちゃうかも知れないじゃない。」
「心配するな。殴られるトロルドも同じくらい大きい。」
シエナはトロルドを横に立たせ
「ここをね、こう。」
お手本を見せるように手を振り上げて頭を殴って見せる。
「こうすれば元に戻るの。」
「判った。俺仲間を助ける。」
「あまり強くしたらだ」
あまり強くしたら駄目よ。と言いたかったが無駄だった。
言ったところでトロルドには意味が判らなかっただろう。
ドカンっ
牛と牛が向かい合って走ってぶつかってもしないであろう大きな音が森に響いた。
横たわるトロルドは足をビクンとさせたが目を覚まさなかった。
「よし。戻った。間違いなかっただろう。他の奴らも捜して同じ事をしろ。」
次はシエナが見付け、その次はウルリカ。
次に臆病トロルドが見付け、最後にようやくデメトリオが見付けたのだが
実はシエナもウルリカもそのトロルドを見付けていたのだが黙っていたのだ。
「これで全部ね?」
「そうだな。こいつらの群れはこれだけのようだ。」
「全員元に戻ったそうよ。良かったわねトロルドさん。」
「ああ小さな人の子。本当にありがとう。俺を助けて俺の仲間を助けてくれた。」
「私達は一度森から出るけど貴方は出たら駄目よ。仲間の皆が起きたら怪我をしていないか聞いてね。」
もうすっかり日が昇っているのが森の中からでも判った。
野営地に荷物を置いたままだ。食事の支度もしないといけない。
歩きだして、森を抜けてから、それまで黙っていた2人が揃って口を開いた。
「さあ全て説明してくださいシエナ殿。」
「最初からよ。全部よ。何も言い忘れのないようによ。」
「判ったわ。でもその前に朝食に」
「駄目です。朝食の前にです。」
「まったく。貴女は村でもいつもそうだったのでしょうね。」
1人で森に入った理由は大人にはとても馬鹿げているように思えた。
「本当にごめんなさい。もう1人で行ったりしないわ。それは約束します。」
「判りました。約束しましたからね。」
「それで?あのトロルはどうして逃げていたの?」
仲間が突然襲って来たと言っていた。自分がノロマだから怒ったのだろうとも言っていた。
話せば判ってもらえるだろうと待っていたら剣が言った。
「あれは闇に飲み込まれたって。」
「剣が言った?」
「ええそうよ。ずっと喋っていたでしょ?あの声はこの剣なのよ。」
デメトリオはともかくウルリカには打ち明けた筈だ
どうして同じように驚くのだろうか。
もしかして「黙っていましょう」と言ったのに私が喋ってしまって怒っているのだろうか。
「ごめんなさいウルリカ様。でももうデメトリオ様にも聞こえてしまったと思ったから。」
ウルリカはシエナがどうして謝っているのかすぐには判らなかった。
「え?ああいいのよ。それでその後何と言ったの?」
「えっと。前にデメトリオ様がやったように剣を構えろって。それで」
シエナは手振りを混じえながら森での出来事を全て話した。
トロルドを吹き飛ばした後、治し方を知っていると剣が言ったのでその通りにした。
殴れと言われてそうしたのたが私の力が弱くてトロルドさんに代わってもらった。
「全員治ったって言っていたわ。」
途中からでも実際に見ていたからこそ残りの部分も信じられるが
何も見ていない者がこんな話しを聞いたところでどうして信じられようか。
朝食を済ませ、支度を整え、改めて森へ足を踏み入れるとさらに信じ難い光景が待っていた。
臆病なトロルドが先頭に立ち、目を覚ました他のトロルド達を従えシエナを迎えた。
「小さな人の子よ。俺達はお前に助けられた。」
そう言って人間の騎士がそうするように片膝を地面に付け頭を下げた。
トロルドが人の格好を真似ているだけなのかデメトリオには判らなかったが、
それが忠誠の誓いであることだけはすぐに判った。
シエナは何をされているのか判らなかった。
「森を歩くなら俺達がお前を守る。俺達は俺達を助けた者を助ける。」
臆病なトロルドが言うと、後ろのトロルド達も同じ格好をして言った。
「小さな人の子。羽撃く竜の子。俺達の長になれ。」




