シエナと旅の仲間 15
「まだだぞ。合図を待て。」
シエナは剣の言うことに黙って頷く。
獣の雄叫びが近寄ってくる。木々と茂みを掻き分ける音が近寄ってくる。
歩みが遅いから余計に怖い。
「逃げないと。俺逃げないと。」
「駄目よ。ここにいてっ。」
シエナは剣を振って倒れてしまわないように自分の足場を踏み固めた。
意識してそうしたのではなく、剣に言われたからでもなくそうしていた。
それを見ていたのだろうか、剣が笑ったようにシエナに聞こえた。
「来るぞ。力を込めろ。」
柄を握りしめ直す。喉がカラカラで上手に唾が飲めない。
「今だっ力いっぱい目の前を切り裂けっ。」
「えいっ。」
右後ろに構えていた剣を力の限り振り切って、勢いそのまま左後ろの地面に突き刺さり
柄を握ったままのシエナの身体が宙に浮いた。
柄を放していたならその横にあった木に叩きつけられていただろうが
シエナは柄をしっかり握ったままだったので後ろで震えていたトロルドにぶつかってしまった。
トロルドは尻餅をついて、シエナもトロルドの大きなお腹に弾んで尻餅をついただけでどちらにも怪我は無かった。
デメトリオとウルリカが見たのは、シエナが振ったその剣から強い風が産まれて
森の奥にいた何かを吹き飛ばした場面だった。
ある者は木々にぶつかりなが、ある者は茂みを転がりながら
ある者は何処にも何にもぶつからずに森の奥に吹っ飛んだ。
「上手くいったようだな。しばらくは起き上がれまい。」
剣の声に胸を撫で下ろすシエナ。
「ありがとう大きな剣さん。」
「私は剣ではない。とにかく森から出ろ。そして私の話を聞くのだ。」
「判ったわ。でもその前にちゃんとしておかないと。」
「ちゃんと?」
シエナはトロルドに向かって言った。
「貴方を追っていたのは貴方の仲間なの?」
「そうだ。俺の仲間だ。」
「どうして貴方を追っていたの?」
「俺が弱いからだ。俺が臆病者だから怒って追いかける。」
トロルド同士の喧嘩だろうかとシエナは考えた。
どうにかして仲直りさせられないだろうか。
このトロルドはきっと他のトロルドよりもほんの少し動くのが遅いだけに違いない。
臆病なのではなてくきっと慎重なたけだ。
他のトロルドはとても「せっかち」で、だからこのトロルドに苛々してしまうのだろう。
ちゃんと話したら判ってもらえるだろうか。
「おい小娘。どうやらただの喧嘩じゃあ無いぞ。」
「どうして?」
「あれは闇に飲まれている。」
シエナには剣の言っている意味が判らない。
「つまり仲直りできないって事?」
剣もシナエが理解していないのだと察した。
「仲直りか、そうだな。方法はある。」
「教えて、どんな事でも」
「シエナっ早く逃げなさいっ。」
叫んだのはウルリカだった。
騎士団長デメトリオは自分の剣を抜き共に走り向かってくる。
「ああっ人が俺たちを斬ろうとしているっ。逃げないと。俺逃げないとっ。」
トロルドがまだ走り出そうとしたのでシエナは慌てて止めた。
「待ってトロルドさん。この人達は貴方を斬ったりしないから逃げないでっ。」
すぐに振り返りウルリカとデメトリオに向かい
「静かにして。デメトリオ様は剣を収めて。」
もう一度トロルドに向かい直り
「さあトロルドさん。その鞘でこの剣を隠してちょうだい。私も貴方を斬ったりしないわ。」
トロルドは素直にその言葉に従った。
「人の子。お前は強い。俺を助けた。だから従う。」
信じられない光景を見ていた。
森に棲む化け物と恐れられている大きなトロルドが
小さな1人の少女に膝を折ってその剣を鞘に収めている。
「ありがとうトロルドさん。私はシエナよ。貴方お名前は?」
「ナマエ?俺それ知らない。」
「そうなの?まあいいわ。それで何の、あ、貴方の仲間の治し方よ。」
シエナは鞘に収まった剣を抱きかかえ
「教えてちょうだい。どうしたらいいの?」
「とにかく倒れている奴の元に行け。」
「判ったわ。でも何処に飛んで行ってしまったの?」
シエナはデメトリオとウルリカが来るのを待って
事の成り行きを説明した。
ウルリカが「1人で森へ入るなんて」と叱ろうとする前に
デメトリオがシエナを抱きかかえた。
とても強く抱きかかえられたのでシエナは驚いてそれから
「デメトリオ様。ちょっと痛いです。」
デメトリオは離さなかった。それどころかもっと力を込めて抱きしめた。
「デメトリオ様。」
「これは罰ですシエナ殿。」
「罰?」
「1人で森に入るなんてどれだけ危険な事か。」
「姿の見えないシエナ殿に私もウルリカ殿もどれだけ心配したか。」
「森の中で剣を抜いて、近くにトロルドが立っていたその姿にどれだけ肝を冷やした事か。」
オリアーナ院長にも同じ事をされた。
同じような事を言われた。
大切な人が目の前からいなくなってしまったら、とても悲しい事なのよと言われた。
それを言われた時はすぐに判らなかったけど
それからすぐに一番年上だったアマリアがいなくなった。
毎日、いつもそこにいて、私達の面倒を見ていたが突然いなくなった。
オリアーナ院長はとても喜んでいたけれど、子供達は皆泣いていた。
私はどうしてアマリアがいなくなってしまったのか判らなかった。
でもこれが悲しい気持ちなんだって判った。
私はデメトリオ様を悲しませてしまったのだろうか。
私はウルリカ様を悲しませてしまったのだろうか。
あの時の私と同じ、胸の中が引き裂かれてしまったような思いをさせてしまったのだろうか。
そう思ったシエナは急に泣き出した。
「ああっごめんなさい。ごめんなさい。」




