第8話『草原の村』
俺達は川を下っている。
もちろん川に流されて、という訳ではない。
荒れ果てた山を降りていくと段々と緑が増え、湧き水を見つけた時には周囲は森だった。
とにかく、木がいっぱい生えている場所でこんこんと水が湧いている所を見つけたのだ。
さて、人は水なしでは3日も持たない。
逆に水があれば人は一月は生きれる。
水辺では様々な生命が育まれる。
故に食糧となる植物や獣、魚や虫などが採れる。
人は水と食糧が手に入る場所に拠点を構える生き物だ。
つまり、湧き水が流れて小川となっている場所を下って行けばおのずと人里に辿り着く。
いや、最初はルーに空を飛んでもらってひとっ飛びで村か街に行く予定だったのだ。
飛行が可能になる【支援】を使ったルーは最初こそはピョンピョン飛び跳ねて少し中に浮く程度だったが、数分もすると空を自由自在に飛べる程に上達していた。
しかし、それはルー1人だけでの話だった。
なんと俺を抱えて飛ぶ事ができなかったのである。
俺が重くて飛べないという話ではなく、何か荷物がある場合は空を飛べない仕様だったのだ。
それこそ、手に石を持っただけで飛べなくなる始末。
正直に言おう、使えないなと思ったよ。
飛行が可能になる【支援】は全て試したが唯一、俺も一緒に宙に浮かべたのはフワフワと浮かぶ効果の【支援】だった。
流石に風船のように風に吹かれて飛ぶのは危険過ぎる。
残念ながら空の旅は断念せざるを得なかった。
しかし、【支援】が役に立たなかったかと聞かれれば違うと断言できる。
水も、限定的だが食糧も出せるし、雨風を凌ぐ事も可能である。
暖も取れるし涼しくもできる。
しかも、俺は魔力が膨大にあるおかげか複数の【支援】を使っても魔力切れを起こした事はなかった。
全てルーを通して、という前提があるが大自然の中、少女2人だけでも大抵の事はなんとかなった。
この世界の魔法しか使えなかった場合は荒れ果てた山で詰んだだろうと思う。
何故なら、魔法では無から産み出すには途方も無い魔力が必要になるからだ。
何十人も魔力が豊富な人達が力を合わせて魔力のみから金の一粒を生み出した事が奇跡の偉業と言われるぐらいには困難な事なのだ。
水や食糧を探そうにも山には岩と石しかない。
偶に枯れた植物を見つけられたが、食糧としては向かない代物だったしな。
飢えと渇きの中で俺達は土に還る結末しか見えない。
それから何故ルーに【支援】を使ったら暴れる事があるのかも分かった。
答えはコストだった。
コストの限界値とは別にこの世界では許容範囲が存在するようだ。
許容範囲はコストの限界値のおよそ半分で、それを超えるとルーは制御が出来なくなり、敵と認識したものを倒すまで止まらない狂戦士に早変わり。
しかも、明確な敵が居なくなれば目の前の味方でも襲い出す、という事も分かった。
何度、危うく倒されるとこだったか。
それに合わせてルーの魔法についても少し分かった事もある。
この世界の魔法は呪文を唱えたら発動する、というものは無い。
個人によって魔法の発動の仕方や特徴は変わる。
さらに魔法は使用者のイメージや感情によっても変化する。
火属性の適性があると言っても、対象を燃やす魔法が得意な者や物を温める魔法が得意という者もいる。
同じ適性でも得意な魔法は異なるし、同じ魔法を使える方が稀だ。
そして、ルーは自己強化に魔法を使用している節がある。
身体能力や自然治癒能力を高めるといった魔法を無意識の内に常用しているようなのだ。
これは魔法の簡単なテストで分かった事だ。
魔法は主に攻撃型、防御型、補助型、妨害型に分けられルーは補助型だと分かった。
俺の【支援】もこの世界の概念に当てはめるならば補助型に分類されるのだろうか。
実際には違うかもしれないから参考までに覚えておくか。
魔法とは影響を及ぼす範囲が広ければ広いほど、消費する魔力が増加する。
その点、己の体を魔法範囲にする事で消費する魔力が少なくてすみ魔力の乏しいルーでも使用を可能としている、と思う。
しかし、自己強化なんて魔法の難易度としては高い部類なのだがな。
コストの件はルーだけの現象なのか、それともこの世界のルールなのかは今は不明だが【支援】を使う際は注意が必要だ。
度々メニューの地図機能で川の周囲に村がないか確認をしているが、未だに見つからない。
山を降りて、川を降り始めて早3週間、ルーがとても優秀な獣人だと認識できた。
野生の肉食獣が居たら倒してくれるし、この辺りで取れそうな食べれる植物や木の実の特徴を教えるといつの間にか見つけていたりする。
俺は知識があっても経験はない。
食用の植物が生えてそうな場所を探しても見つけられない。
さらに体力、というか体が貧弱だ。
少し歩くとすぐに疲れる。
貴族の嬢ちゃんとして乗馬やダンスなど嗜む程度にではあるがやってきた。
ある程度の体力はあると思っていたのだが自然を歩くには厳しかったようだ。
今もルーに背負ってもらっている。
元男として同世代か自分よりも歳下の女の子に背負われるなんて情けないと思うが足の怪我と疲れで歩けないのだ。
俺は今、か弱い美少女なのだ。
諦めるしかない。
【支援】の欠点を挙げるとするならば、俺は【支援】の効果を間接的にしか享受する事ができない点だろう。
こんな怪我、【支援】で治せるものは多いのにそれが俺に対しては使えない。
使えるのは【契約】で部下にした存在、今はルー1人だけだ。
ルーは何故か俺を抱えて嬉しそうに鼻歌を歌いながら川を降っている。
理由を聞いても嬉しいから嬉しい、というばかり。
ちなみに鼻歌のメロディは俺が教えた前世での歌だ。
この世界には歌という概念は無いのか、教わった知識にも残念ながら歌らしきものはない。
ルーに歌を教えたきっかけは俺が疲労した為に休憩に入った時だ。
子供は好奇心が強いものだが、ルーは牢屋から出て特にそれが顕著に現れた。
あれはなんだ、これはなんだ、あっちへフラフラ、そっちへフラフラ。
首輪を着けたいと何度思った事か。
何と聞かれれば教えたくなるのが人である。
俺はルーに聞かれて知っている物はポンポン答えた。
教えてる時はとても気分は良かったよ。
それはともかく、ルーは何でも知りたがった。
そして周りにはルーの興味を引く物が沢山ある。
だからルーは休憩中もまだ知らぬ何かを見つけたいのかウロウロしたがるのだ。
だが、俺は【支援】の効果を試したかった。
ルーにウロウロされると困るので俺はルーが大人しくする方法を色々と試した。
計算や読み書きなどの勉強、手遊びや陣取りゲームなどの遊びなど色々と試した結果、ルーは歌を気に入ったようで何度もせがまれた。
まぁ、俺はどちらかと言えば歌の上手い方だったし、少女の綺麗な声で歌うと歌っている本人でさえ思わず聞き惚れてしまう程だ。
何度も歌うとルーは歌詞を覚えて一緒に歌ったりもした。
今では休憩時以外でも鼻歌をするほどには気に入ったようだ。
かく言う俺もルーと歌うのも聴くのも好きだし、何より安心するのだ。
自分とは違う他人の声が聞こえるってだけで1人ではないと思える。
孤独は人を殺しうる毒となる。
命を奪うものではなく、心を奪う毒。
今は密着して物理的に1人じゃないと分かるのだが、それでも声が聴こえるのは良いなと、ふと思う。
俺はルーが居ないと色々と終わっていたなと揺れる背中でそう思った。
今の俺にできる事といえばルーの補助と道案内ぐらいだ。
今は大人しく周囲に村がないか探す事に集中しよう。
…ん?
「ルー、左手の方に何かあるようだ。
そっちに向かってくれ」
「うん!」
ルーは左へと駆ける。
目の前に広がるのは草原。
しかし、メニューの地図機能には何かあると分かる、分かるのだが…
「ほー!
なんか見えるよ!
何かな?」
…なんも見えねーぞ?
次回、『疫病の羊』