⑮ 第六課緊急会議
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夜、午後九時。恭介達はマイケルの研究室に居た。ホムラの修理の為である。
一先ずの治療を終えた清金は額に包帯を巻いて左腕全体をギブスで固定し、右手でヤマダと共にスコーンを食べていた。
モルグ島でマイケルが借り受けた部屋には作りかけのガジェットなどが置かれている。
部屋の中央の作業台にココミと手を繋いだホムラを寝かせ、マイケルが興奮した面持ちで計測されるデータを見つめている。
「おお! これは派手にやりやがったな! 右足の断面が完全に潰れてやがるぜ!」
千切れた右脚の断面をマイケルはジュクジュクとハサミやドライバー等で整え、繋ぎ直そうとしていた。最悪の場合、今の右脚は放棄して、新しい〝パーツ〟を繋ぎ直す必要があるだろう。
「マイケルさん、脳の方は?」
恭介が気に成ったのは足よりもホムラの頭の方だった。
「一応記録漁ったが、全部消えてるな。いや、もう綺麗に記憶領域が初期状態だ。こりゃ、完全に俺達のことを忘れてるぜ。ま、幸いそれ以外の場所にダメージはあんまり無かったけどよ」
マイケルの言う通り、ホムラは恭介も清金も、ありとあらゆることを完全に忘れていた。
今は、ココミがこれまでの経緯を説明し、記憶の共有を行ったおかげで、自分達の状況を理解している様だ。しかし、ホムラが培ってきた実感と呼べる経験は全て消失している。
恭介とホムラはまた〝さいしょから〟だ。
ゴクン。壁に背を預け、スコーンを食べ終えた京香が口を開いた。
「ま、しょうがないわね。悔やんでも意味無いわ。これからの話をしましょう。ヤマダ、さっきの話をしなさい。あんたが見たもじゃもじゃヒゲのじじいのことをね」
「ええ、ワタシとキョウスケが戦っている時、遠くからこちらを観察する人間が居ましタ。ラプラスの瞳にデータが残っていマス。マイケル、使って良いパソコンハ?」
「おお、そこの奴なら良いぜ。持って来た飛行パーツ試作機と繋がっているやつ」
マイケルが指さしたパソコンへとヤマダは近づき、小物バックから取り出したダイヤル付きのゴーグル、ラプラスの瞳を慣れた様子で繋いでモニターへとある画像を表示する。
画像は戦闘時のヤマダの視界を一場面切り取った物の様で、ヤマダはマウスを使って視界のとある部分を拡大する。
「ここは気象塔から五十メートルほどの裏道を映した物デス」
そこに映されているのは白髪の老人だった。もじゃもじゃヒゲで優しそうな顔立ちをした老人だ。家屋の間の裏道から双眼鏡の様な物で恭介とヤマダ達を見ていた。
恭介の脳裏に老人の名前が浮かんだ。
――これは、
「高原だ」
呆然と呟かれた言葉だったが、その響きには確信が込められている。
この老人の名前は高原 一彦。世界有数のキョンシー研究者で、おそらく世界で最もエレクトロキネシスに詳しい人間。
そして、ホムラとココミが開発されたであろう、今は亡き天原脳技術開発研究所に居た科学者の一人だ。
テレパシーはエレクトロキネシスの一種だ。高原がココミのテレパシー開発に関わっていたのはほぼ間違いない。
ホムラの炎によって天原脳技術開発研究所は焼け落ち、そこに居た科学者は全員行方不明だ。勿論、この行方不明者の中には高原の名前も含まれている。
そんな高原がモルグ島に居て、恭介達の、いや、おそらくホムラとココミの戦闘を観察していた。
「……」
ジッとココミがモニターに映る高原の姿を見ていた。その眼は相変わらず無機質で、何を考えているのかを読み取れない。
「あら、ココミ、何を見ているの? ああ、そこの画面のおじいさん? 高原って言うのね。へぇ、あなたはこの男が嫌い? そう、嫌いなの。分かったわ。今度見かけたら、わたしが燃やしてあげる」
ホムラがココミを抱きしめ、大丈夫大丈夫とその背中を叩いた。
その姿を軽く見つめた後、清金が全員へと問い掛ける。一体自分達が何に巻き込まれているのかを。
「さて、皆、これをどう考える? アタシは今回の襲撃に高原、というか天原研究所が絡んでると思うのよね」
「それはそうでショウ。目的は分かりませんガ」
「ココミを拐いに来たんじゃないですか? 高原はココミを作ったと思われる科学者です。しかも、ココミはそこからの脱走物だ」
ある程度的を射ているだろうという確信が恭介にはあった。自分が作ったキョンシーに偏執的な思いを持つキョンシー研究所は多い。ココミの様なユニークスキルを持つキョンシーならば尚更だ。
「それも目的の一つでショウ。しかし、そもそも、相手はアネモイを持ったワタシ達を襲撃しましタ。今回の目的はアネモイであるはずデス」
確かに言う通りだった。恭介達はヤマダを助けに参戦しただけで、一番初めの襲撃はヤマダ達へ行っている。
――じゃあ、アネモイが目的?
破壊か強奪かは定かではないが、ニコニコ笑うばかりの不具合を起こした風の神を今ならどうにかできると考えたのだろうか?
「それじゃあ、アタシと霊幻を待ち伏せしていたのは?」
「清金先輩を僕たちのところへ行かせないためじゃないですか?」
「アネモイが戦えないなら分かるわよ? アタシと霊幻を行かせなければ恭介達を殺してアネモイを奪えるもの。けど、もしもアネモイが戦ったら全員壊されるのよ。アタシがアネモイを奪うなら、清金京香と霊幻の戦力なんて只の誤差としか換算しないわ」
「じゃあ、高原が観察していたのはココミではなくてアネモイですか?」
ムムム。恭介と清金は眉を八の字にした。エレクトロキネシスを研究してきた科学者がわざわざ専門外のエアロキネシストを観察するだろうか? そのすぐ近くには自分の傑作ともいうべきテレパシストが居るというのに?
キョンシー研究者は偏執的だ。生者の社会よりも死者の神秘と関わっていく彼らはそれ故にどこかピュアな精神を持っている。
「ま、とにかく、今後の方針を決めるわ。恭介、あんたはホムラとココミを守りなさい。外に出る時、必ずアタシと霊幻と一緒に居ること。ヤマダ、あんたはこの島に居る筈の高原を探しなさい」
恭介とヤマダが頷く。確かに、たとえ襲われるとしても清金と霊幻が居れば心強い。
だが、恭介はギブスで固定された清金の左腕が気に成ってしまった。
「清金先輩。その左腕で戦えるんですか?」
「シャルロットを持てないのが不便だけど、戦えるわよ。任せなさい、アタシがあんた達を守ってやるわ。霊幻もね」
「ハハハハハハハハハハハ! 任せるが良い!」
――そういう意味で言ったんじゃないんだけど。
恭介はそれ以上何も言わなかった。それを言える立場に居なかったし、清金達の助けがありがたいことに間違いなかったからだ。
「京香、俺は?」
唯一指示を受けなかったマイケルが左手を軽く上げる。その視線はホムラの右脚に注がれたままだ。
「マイケルには今、特に指示は無いわ。いざという時、霊幻、セバスチャンさん、ホムラとココミ、全員を必ず修理しなさい。それまでは自由よ」
「ヒャッホウ!」
ヒュ~! 嬉しそうにマイケルが口笛を吹いた。このキョンシー技師はキョンシーさえ弄れればそれで良いのだろう。




