⑤ 磁界の女王が支配する
*
「霊幻!」
「おうとも!」
京香は霊幻に抱えられて跳び上がった。直後、彼女達が居た場所に火柱が上がる。
グルグルグルグル! 京香の右手を中心に鉄球が回った。
「撃て」
着地と同時に右手をピストルの形にして京香は鉄球をパイロキネシスト達に放った。
前方へと続く磁場のレール。京香にしか見えていない不可視のライン。
それに沿って、八つの鉄球はパイロキネシスト達へ吸い込まれていく。
「ちっ!」
パイロキネシストがテレパシストを抱えて左に飛んだ。
「曲がれ」
京香は即座に磁場を変形させ、鉄球の軌道は瞬時に捻じ曲げられ、敵へと届いた。
「ココミ!」
最早回避は叶わぬと、パイロキネシストはテレパシストを庇う様に鉄球達へ背を向けた。
ド、ドドドド、ドドド! 八の鉄球がパイロキネシストの小さな背中へと衝突し、骨を砕く鈍い音を周囲へ響かせた。
――背骨は砕けなかったか。
手応えから京香はパイロキネシストへのダメージ量を判断する。
ゴロゴロとパイロキネシストはテレパシストを抱えたまま転がり、京香は新たな磁場のラインを引き、追撃の鉄球を放つ。
「舐めるな!」
ゴオオオオオオオオオ! ゴオオオオオオオオオ! ゴオオオオオオオオオ!
三つの火柱が京香達の周りに生える。一つは京香達の前方であり、視界が塞がれた。
ガンガンガン! 鉄球が屋上の床に激突する音がし、京香は避けられたと判断する。
「ラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
裂帛とした叫び声を上げながら、火柱の名からパイロキネシストが現れた。
戦装束たる炎のドレスは猛々しく、激烈な勢いを持っている。
「広がれ」
京香は新たに磁場の膜を作り、左側の周囲に漂っていた砂鉄の雲をシャルロットの前方に貼り付ける。黒い薔薇の形をした盾は強度を増し、パイロキネシストの拳と衝突した。
バキィ! 砕けたのは攻撃をしてきた側の拳だった。
「蹴り飛ばせ」
京香の命令通り、霊幻の蹴りがパイロキネシストの腹へと突き刺さる。
「ぐっ!」
宙へ飛ぶパイロキネシストをエアロキネシストが受け止めた。
そして、エアロキネシストとエレクトロキネシストが力球と炎を放ちながら跳んで来る。
――遅い。
「霊幻、後ろ」
「ああ」
霊幻を使って一歩後ろに跳ぶだけで京香は放たれたPSIを回避し、反撃を放った。
「薙ぎ払え」
作り出す磁場のレールは屋上の左右に動かしていた鉄球達の直線運動を生んだ。
高速で左右より挟み込む様に飛ばされて来た鉄球達はたった今攻撃をしていたはずのキョンシー達の全身を破壊する。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドド! ボキバキボキボキバキバキバキボキボキ!
ドドドドドドドドドドドドドドドドドド! バキボキボキボキバキボキボキバキバキ!
二体のキョンシーは錐揉みの回転をしながら弾き飛ばされ、屋上より落下した。
「ッ」
テレパシストが小さく眉根を歪めた。
グルグルグルグル! モヤモヤモヤモヤ。鉄球と砂鉄が京香の周囲へと戻った。
再び右手のピストルの周囲へ京香は鉄球を周回させる。
京香がPSIを発動して僅か一分強。戦況は一変していた。テレパシストが使役していたキョンシー達は全て消え、パイロキネシストの身体へのダメージも深刻だ。
大勢は決した。磁界の女王がこの場の主だった。
「投降しなさい。アタシ相手にテレパシーは通じない。パイロキネシスも霊幻が居れば避けられる。あんた達に勝ち目は無いわ」
「い、や、よ!」
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオ! 京香は霊幻に抱えられて火柱を避ける。
「ねえ、そこのテレパシスト、あんたなら分かっていたでしょう? テレパシーがエレクトロキネシスの一種である時点で、アタシ相手に勝ち目は無いのよ」
磁場中において、電子にはその運動方向に対して直角の力ベクトルが働く。
京香のPSIはマグネトロキネシス。磁力使いだ。
彼女自身が名付けた固有名は『アクティブマグネット』。任意の磁場を作り出すことで、任意の磁力を与え、任意の対象を操作する。それが京香のPSIだ。
磁力の壁を突き破るのにはテレパシーの糸はか細過ぎた。
「あんたのテレパシーは強力ね。ただ、出力が足りない。重さが足りない。力が足りないのよ。アタシの思考ももう読み取れないんでしょう? 霊幻の考えを読み取っても無駄よ。もうこいつには考えさせない。アタシの命令通りにだけ動いてもらうから」
「業腹だがな! ハハハハハハハ!」
腰を霊幻の右腕に抱かれながら、京香は命令を続ける。
持ち主から勅令を受けたキョンシーは一挙手一投足に至るまでキョンシー使いの命令が無ければ動くことが出来なくなる。京香はあまりその姿を見たく無かった。
姉妹のキョンシー達はフェンスに背を預けていた。二人は手を繋いでいて、キッとした瞳と、ボウッとした瞳の対称的な四つの瞳が京香を見つめている。
――ああ、本当に仲が良いのね。
京香は在りし日の兄弟姉妹を思い出した。キョンシーの愛は、キョンシーの恋は、場合によっては人間よりも遥かに純粋で激烈である。
「わたし達はあなた達には絶対に従わない。あなた達にココミを渡さない。わたし達を引き離させない。そこをどきなさい。わたし達は帰るのよ」
何処へ? とは、京香は聞かなかった。パイロキネシストの眼は不規則に揺らいでいる。足は覚束なく、フェンスに体を預けなければ立つことも難しいのだろう。
「それはできない。許されないのよ。この社会においてキョンシーに自由は認められていない。誰かの所有物じゃければ存在を許されない」
――おかしいと思うわよ。
本心を京香は語らない。この場で語るべき内容ではない。取る行動は変わらないのだから、この感情はどうでも良いことだ。
「私達は、二人きりで、居たい、だけ」
テレパシストの言葉は短く途切れ途切れだ。
「きっと、あんた達は誰にも何処にも迷惑をかけないんでしょうね」
二体のキョンシーの感情は互いに向いて、強固に結び付いていた。
「アタシ達があんた達にちょっかいを掛けたから、今こうして戦っているんでしょうね。放っておけばみんな幸せだったかもね」
「そうよ! 何で静かにしておいてくれないの!? わたし達が何かしたの!? ただ二人で居たいだけなのに! ここに来れば幸せに成れるって思ったのに!」
ハハッ! 京香は笑った。
「うん。偶に、偶にね、勘違いするキョンシーが居るのよ。シカバネ町はキョンシーのための町。でもね、それはキョンシーを生産するためであって、キョンシーが幸せに暮らす為ではないの」
「ッ! 何よそれ!」
パイロキネシストの怒りは何に向けた物なのだろう。京香は理解しようとはしない。理解したからと言ってその想いを汲み取りはしないのだから。
しばしの時間が経った。呼吸にして五つ分。
京香と霊幻の第六課の最終兵器、そしてキョンシーの姉妹が向き合った。
何の偶然か、動き出しは全くの同時だった。
「放て」
「燃えろ!」
マグネトロキネシスとパイロキネシスが交差する。
勝敗はすぐに着いた。




