⑦ スズメの羽切り
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「スズメ!」
京香が葉隠邸に到着した時には全てが終わっていた。
スズメの寝室。そこでは無数のキョンシー達が折り重なるように倒れていた。
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ、カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ、カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ、カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ!
時折途切れる打鍵の音。それらはオクトパスに繋がれた八体のキョンシーが奏でている。もの言わぬ屍と成った同胞の体を文字通り支えにして、残るキョンシー達が目を見開いてキーボードを叩いていた。
「きょうか、来てくれたんだ」
オクトバスの中心に居るのはスズメだった。サルカに上半身を支えさせ、ヘルメット上のデバイスを被っていたから、眼は見えない。
――あ、駄目だ。
けれど、眼以外の頬であったり、首筋であったり、手であったりのスズメの体を見て、京香はもうスズメは死ぬと悟った。
もうスズメには京香へ顔を向ける力さえ残っていない。
何を言おう。何が言えよう。京香の思考がループする。
もう延命処置は不可能だ。今実施しているハッキングでスズメの命は終わる。なぜ、こんなことをスズメはした? 決まっている。清金京香のためだ。
自分のためにスズメは死のうとしている。それはもう止められない。
「……サルカ、そこを退いて」
「承知いたしました。お任せいたします」
サルカと入れ替わり、京香はスズメの後ろに座ってその体を抱き支えた。
「あ、きょうかの体温だ。うれしいなー」
「うん。あんたの仕事が、終わるまではね、こうしてあげるから」
声が上手く出ているのか分からない。スズメの体はとても冷たくて、心臓の音もか細かった。
「よーし。なら、私はがんばっちゃうぞ。これが終わったらハネムーンだー」
「そう、ね。行きたいところに行こうか」
腕を回したスズメの体は薄くて細くて脆い。ああ、もうすぐ死んでしまうのだろうな、と分かってしまう感覚がとても京香には嫌だった。
パタリ、パタリ。
周囲でキョンシーが倒れる音がする。身動ぎの音を立てて、次のキョンシーがオクトパスを端子を頭に刺した。
「あと、すこしなんだよね。かべがたかくてさー。なんか罠がいっぱいあるの。あれだあれ、シューティングゲームみたいなかんじ」
「弾幕系?」
「そうそう」
かつて二人で遊んだゲームを京香は口にする。今、スズメがどの様な世界を見ているのかは分からない。そして、どうやってモーバの居場所を突き止めようとしているのかも不明だ。
しかし、スズメの小さな体越しに見える液晶画面には眼で追うのも馬鹿らしい程の数字の羅列が無限に流れている。
この数字の一つ一つがきっとスズメの命を削っていて、この数字の一つ一つが今スズメが生きている証なのだ。
パタリ、パタリ。
キョンシーが倒れていく。次のキョンシーが代わりを務める。もう替えは数えられる程しかない。
「よ、し。いけた」
スズメの声がする。どうやら何か関門を突破したらしい。だが、そのすぐ後に「っ」と小さくスズメの舌が打たれた。
「どうしたの?」
「ラスボスが出てきた、感じかな。だいじょうぶ。何処を目指せばいいのかはヨダカがおしえてくれてるから」
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ、カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ、カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ、カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ!
打鍵の音が強くなる。キョンシー達の眼から血が溢れるが、それを拭う動作も無い。
スズメはラスボスと言った。きっと大きな障害が目の前に現れているのだ。
成功にするにせよ、失敗するにせよ、このラスボスとの戦いが終わった時が、スズメの最期なのだ。
「っ」
京香の腕の中でスズメの舌が鳴る。苦戦しているように見えた。もしも腕がまだ動くのであれば手を振り上げて叫んでいたかもしれない。
鬼気迫る雰囲気でスズメはキョンシー達へ指示を出す。
「スズメ様、二体目のカラスが倒れました! 後一体です!」
「こわれていいっ。ここを、とっぱして」
サルカの声をスズメは取り合わない。カラスとは葉隠邸で最も情報処理に優れた三体のキョンシー達の事だ。それが倒れている。
本当に全てを終わらせる気なのだと京香は知る。
どうすれば良い? 今、何が自分にできる?
死のうとしている友人。それも自分の為に命を使い終わろうとしている友人を腕に抱き、一体何ができるのか。
京香はスズメを抱く力を強くした。暖かいとは思えない、今から死んでいく体へ少しでも密着する。
「がんばって」
口から出たのは無責任な言葉だ。こんなこと言うべきではない。
それでも、今京香にできることは応援だけだった。
スズメと過ごした日々を思い出す。
幸太郎を失って、霊幻に出会って、第六課の主任に成るのだと意気込んだ初めての任務。
脳特殊開発研究所の撲滅が京香に与えられた任務だった。
京香は初めて人を殺し、暴走の果てでスズメと出会った。
その後の思い出は葉隠邸の中で完結している。
スズメは外に出られなかったから、そんなには会えなかった。一つの季節に一度か二度。話せても精々半日。
短い滞在の度にスズメは喜び、二人で遊んで満足する。
そんなことしか京香はスズメに与えられなかった。
駆け巡る思い出の終着点が今だった。今ここでスズメは最後の勝負に挑んでいる。
スズメに敗北は許されない。何よりも彼女自身がそれを許さない。
「勝つのよ、スズメ」
ならば、京香に言えるのはそれだけだ。
「うん」
スズメが返事をし、またキョンシーが倒れた。残っているのは後四体。
その時、スズメの腕が、布団越しに置いたキーボードに伸びた。
「ふ」
細い息を短く吐く音がした。
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ!
そして、スズメの指が動き出す。人智を超えたタイピングの速度。オクトパスで繋いだキョンシー達よりも早い。
ディスプレイに映る文字列はもはや文字としての体裁を残していない。それをスズメは理解して行使している。
あり得ざる事だ。あり得ざる事だから、京香の腕からスズメの命が失われていく。
更に二体キョンシーが倒れた。残った二体ももう壊れる寸前だった。
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ!
失われたキョンシーを補う様にスズメの打鍵は加速する。何処にこの力を隠していたのか。考えるまでも無い。死の直前の命の輝きだった。
「勝ってスズメ。お願い、がんばって」
同じ言葉しか京香に言えない。腕の中からスズメの命が逃げていく。
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ!
更に一体が倒れ、オクトパスに繋がるのは後一体だけに成った時、一際強く、スズメの打鍵が部屋に響いた。
タァンッ!
「わたしのかち」
そして、戦いが終わり、スズメは京香へと体を倒した。




