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③ エンバルディアを始めよう




***




「皆、いよいよだ。いよいよエンバルディアを開始できる」


 ハカモリとの戦いから一週間が経ち、シロガネはタルタロス0の中央塔、そのメインコンピュータールームの中で、一彦の声を聞いていた。


 シロガネの隣では椅子に座ったクロガネが何が起きているのか良く分かっていない表情で頭をゆらゆらと揺らしている。


 シロガネ達がタルタロスに戻って来られたのは、シカバネ町での戦いが終わって三日後の事だった。


 アネモイのおかげで、シロガネ、カーレン、ヨシツネとベンケイはどうにか帰って来れたが、犠牲は多かった。


 まず、シロガネの弟妹たるチルドレン達ほぼ全機の破壊。そして、ガリレオの破壊とカケルの死亡。ただでさえ少ないモーバの戦力がまたこれで減ってしまった。


 けれど、ココミは手に入った。それだけでもお釣りが出る程の大戦果だ。


 ココミを奪還できたという知らせは事前にタルタロスには伝えていて、シロガネ達英雄の帰還にタルタロス中のキョンシー達は沸き立ち、最も歓喜していたのは高原一彦だった。


『良くやった! これで本懐が遂げられる!』


 そう言って一彦、ゲンナイ、ラニはココミとホムラを受け取り、タルタロス0のメインコンピュータールームでの作業を開始した。


 それから数日、本日やっと一彦達の作業が終わり、エンバルディアを開始するという連絡がタルタロス中に通知されたのだ。


「やっとだやっとだやっとだ! これでキョンシーの世界に成る!」


「ほんとにほんとにほんとに! これで僕達は先に進める!」


 部屋の中で、ジャックとキッドが手を合わせて飛んでいる。アリアドネやペルセポネと言ったモーバの中枢たるキョンシー達も集まっていた。


 ココミが手に入ったという連絡を受け、世界中に散らばっていたモーバの仲間達がここに集まったのだ。


 見れば、数は随分と減っていた。ハカモリとの戦闘が本格化して一年弱、元々居た顔ぶれは半分も残っていない。どこかで何かに破壊され、稼働が停止したのだ。


「さあ、本当に今日まで良くやってくれた。見たまえ。我らの本懐を遂げるためのテレパシストの姿を」


 メインコンピュータールームの中央部にはリペアカプセルを思わせる大きな容器があり、そこにココミとホムラが設置されていた。


「カッカッカ! これは壮観だねぇ!」


 カーレンが「見てみなよセリア!」と笑いながらココミ達へ指をさす。


「いえ、私は、アネモイと、話、していますから」


 セリアとアネモイは部屋の上部で浮かび、こちらへ耳だけを向けていた。


 シロガネの視界の中で、ココミとホムラの様子が見て取れる。そこには筋弛緩の溶液に付け込まれた二体。どちらも意識は希釈させ、虚ろな目を開いている。


 そして、ココミの頭を覆う様にヘルメットが付けられ、そこから無数の電線コードが伸びている。ヘルメットの中で、これらのコードはココミの頭に刺さり、その脳からの電気信号を受信している。


 時折、ココミの手がビクンと動き、それと握り合っていたホムラの手もまた小さく動く。硬く繋がれた二体の手だけがまだ意志が僅かに残っていることの証明だった。


「大仕事だったな。テレパシストの脳を使って装置を作れるなんて楽しくて仕方なかったぜ」


「高原が昔作っていた装置をひな型にして正解でしたね」


 ゲンナイとラニが数日の徹夜を物ともせず、興奮して装置の説明をする。


 シロガネの鼓膜はそれらの説明を上手く脳で変換できていない。傍らのクロガネの様子が気に成って仕方が無いのだ。


 ハカモリとの戦いのため、しばらく離れている間に母の症状は更に悪化していた。


 言語は崩れ、記憶は溶け、残っている物は家族と過ごしたいという執着だけだ。


「一彦、可能な限り、早く作戦の実行を。カアサマのために」


「ああ、分かっているシロガネ。お前達のおかげでコウも早くココミが手に入ったのだ。その気持ちは組むとも」


 一彦がカプセルの前まで歩き、そこに繋がれた制御パネルを操作する。


 制御パネルはココミと繋がっていて、その脳へ無数の電気信号を入力していた。


「流石ココミだ。これだけ意思を希釈化されても抵抗できるのか。ゲンナイ、ラニ、手伝ってくれ」


 ビクン、ビクン。一彦がパネルを操作する度に、ココミの手が跳ねる。ゲンナイ、ラニがすぐに別の制御パネルを操作し始めた。


「……プロテクトが強固ですね。ゲンナイ、外せそうですか?」


「ああ、何とか行ける」


 天才と呼ばれる三人がその能力を全て使ってココミの脳内プロテクトを突破する。


 ゴオオオオオオオオオオオオ!


 その時、小さな火柱がゲンナイの多腕の一つを焼いた。


「おっと!」


 ゲンナイが即座に火の付いた腕を外す。


「ホムラか。ココミの護衛として作ったが、執着が強くなり過ぎたな。素晴らしい」


 一彦のが髭が笑う。今の炎はホムラのPSIだった。ホムラはこちらが攻撃したり、ココミから引き離そうとしたりするとパイロキネシスを発動し、防衛反応を取る。


 自我を希釈化しているのにも関わらず、ココミを守るという機能は失われていない。


「ゲンナイ、大丈夫ですか?」


「問題ないぜ。俺様には見ての通りまだまだ腕はいっぱいあるからな」


 ホムラの炎は断続的だ。一度、ビクリと強くココミの腕が震えたから、おそらく何かプロテクトを突破したのだろう。


 特にゲンナイの多腕が激しく動き、一彦達の制御パネルの操作が進んでいく。




 一彦達が手を止めたのはそれから一時間後の事だった。


「……皆、準備ができたぞ」


 そう言った一彦の言葉に、部屋のどれもが色めき立った。


「やっとです。やっとですよカアサマ」


「やっと? ああ、京香がオムライスでパパと走るのね。改造のチルドレンは油を飲むかしら?」


 クロガネは何が起きるのかを理解できていない。シロガネにはそれがとても辛かった。


 けれど、やっと準備が完了したのだ。モーバの目的、エンバルディアを実現するためにシロガネ達が目指してきた作戦がとうとう始まるのだ。


 ふぅっと一彦が自身の髭を触り、息を整えている。最後の作戦開始を前にこの人間にも覆うところがあるのだろう。


――やっとカアサマの夢を叶えられる。


 正確にはその可能性が出たというだけだ。シロガネも認識している。この作戦はあくまで必須条件であって、クロガネの目的を果たすための必要十分条件にはまだ満たせていない。


 だが、モーバにとって、エンバルディアにとって、シロガネにとってこの作戦の実現は彼岸に他ならない。


 自然と部屋の中の人間とキョンシー達が一彦の周りに集まり。彼が触る制御パネルへ視線を向けた。


 制御パネル中央にはプロジェクト・エンバルディアの実行ボタンが浮かんでいる。


 最後に一彦は部屋の全員を見渡した。


「ここまで付いて来てくれてありがとう。キョンシーである君達にはきっと我ら人間の感動は伝わらないだろう。けれど、君達がここまで付いて来てくれたその事実に私は喜びを覚える」


 そして、息を強く吸った後、一彦が実行ボタンを押した。


「さあ、エンバルディアを始めよう」

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