〇〇八
治安維持に努める必要はない。この城塞都市の警備システムは王国一を誇っていた。勿論ここは過去形になる。
ここは多種族混合共和国イ・ガランである為。もうここは王国ではない共和国となったのだ。
まだ、正式上は王国の領地ではあるがもうそれは時間の問題である。
元都市長館にある貴賓室をヨルの執務室として割与えられている。そこにエイは八時ちょうどに着いていた。
「——それで閣下、御命令は」
エイはヨルの事を『閣下』と呼称している。元より『ヨル』という偽名を併用していないためこういう呼び名をいつもしている。
「これといってないが、まあ冒険者が消えて行ってるから」
「——殺害ですか」
自分の本業は暗殺。それは変わりない。冒険者という職業に就いていようが暗殺者たるエイが受ける仕事と為れば暗殺しかない。
もう、ここで冒険者をやる必要はないのだから本業に戻るのは当たり前だと考えている為である。
「いや、違うよ!? 確かにさ。お前はそれが得意だとは思ってる。けど今回は違う」
自分の義弟がこれ程までだったとは思っていなかった。職業意欲は低く、積極性に欠けると思っていた。
しかしここまで勤労意欲を出しているとは想像してなどいなかった。評価を改めて修正するしかない。
コホンと咳払いをして続ける。
「周辺にいる村単位で仲を良くして来い。相手の種族は関係ない」
「亜人族異形種も?」
国を建国後、周辺諸国とある程度の関係を築かねばならない。そこまでは同意しうる。しかし亜人や異形種がその対象になるかは些か疑問を生じる。
それも村単位。つまり都市には近づかず、村にはお近づきにならねばならないとなればここも疑問が現れる。
「ああ、勿論。なる丈交渉して来い。出せる物はこの場にある作戦に不要な物、全てだ」
何故、ここまでヨルは村と仲を作らねばならないのか。
残念ながらエイには解らない。
エイは分かろうともしていない。気になどしていないのだ。必要がないと判断している為である。
自分は兵器。軍人。上からの命令に絶対に従う為そのような物は必要ないと思っている為である。
「……はあ」
「ほら、善は急げだ。国の防衛、運営は俺達に任せろ。もし、何か軍隊単位で必要な物が出てきたら連絡しろ。なるべく早く助けに向かう」
ヨルが急がせる訳はなにかあるのか。
それを言わないという事は必要ない事である。故にエイは首肯する。
「了解しました」
敬礼をして退出する。
そういった事もあり冒険に出てみたは良いもののエイは残念ながら気が乗らない。
それはパーティー内の女性陣の中があまりよろしくないからである。リリスはエイに尽くそうとし、マリアは主に尽くそうとする。二人は違う者に尽くそうとするが故に衝突するのか。否、同じじゃないだけましではないのか。
馬車を走らせる事三時間。人の近似種——亜人種ならば人種をある程度歓迎するだろう。だが、それ以外ならばほぼ百パーセントで襲うだろう。
そして城塞都市シェイ・フープから馬で三時間の所は村。
「エイ殿、そろそろ話をしてくれないか」
今、馬車はマリアが走らせている。そのお目付け役としてその隣にはリリスが座っている。後台にはエイとヨルズが座っている。
何故司教であり王女であるマリアが馬の手綱を握っているのかというと彼女がそれをやりたいと言ったからである。
それ以上でもそれ以下でもない。
「どこからどこまで?」
エイの前にはヨルズが座っておりこういう逃げる場所がない所でそんな事を聞くのは逃がさない為であるのと同時幾つかの理由がある。
「全てだ。貴様はどこからやって来て何をしようとしている」
「なるほど。だから二人を他所に行かしたのか。いつも通りには行かないようだな」
エイはため息を吐く。彼——ヨルズは常備している大剣ではなく狭い場所でも使える武器——片刃剣を腰に差している。
「言葉を濁せばその剣で殺すのか。それともただ、脅しで終わらせてくれるのか」
影を動かすのと剣を動かすのとではこの場、相対する二人の能力を加味すればエイの方が圧倒的に不利である。
ヨルズの片刃剣にはある魔法が付与されている。光系統の魔法が仕込まれている為に不利である。
「内容次第だな」
圧倒的な不利の下力を誇示するよりかは話し合った方が何かと良い。わざわざこの場で本気を出すのは止めた方が良い。
そう判断した故話し合う。
「全て、何もかも」
「はあ、そんなにも知りたいとかどんだけ、ご執心なんだ」
ため息を漏らさずにはいられない。
ヨルズは王国に居る最強の魔導士と呼ばれる者の筆頭騎士である。その者がそれを気になっているからなのかもしれない。
「不穏分子は排除せねばならん」
「わーったよ。だからまずはその剣を納めろ」
ならば最小限で済ませばいい。話せる範囲を話せばいいだけで終わってくれる事を願い語り出す。
「俺らの国、まあ今は『本国』と呼んでる。そこにはこの世界にある『魔法』というものは存在していない。近しい『神法』、『魔術』なんていうのはあったがな。んで俺が使う『陰』はお察しの通り『神法』と呼ばれる能力。『神法』とは特化型で『魔術』は汎用型。と簡単に大きく分けられている」
これが全てである。エイがヨルズという劣等者に教えられるのはここまでこれ以上は流石に規制されている。
「そんな事はいい。どこにある『国』で何を目的としてここにやって来ている」
先程エイが言った内容は既に聞かされていた物である。ヨルズが知りたいのは場所である。エイらが言う『本国』の座標を知りたいのだ。
もしもの時に備え敵になる可能性のある国の場所を知っておかねばならない。そうヨルズは判断している。
「残念ながらそこは教えることはできない」
「信用が欠けているからか」
ヨルズが言った内容に笑ってしまう。
確かにこれは信用性に欠けているから教える事が出来ない。そう思われてしまうが、真実はそんなに優しくなどいない。
「いや、まさか。信用してんだよ。知っていたら教える」
エイが言っている内容は可笑しいだろう。
信用している。それはエイはの話である。エイは同じ冒険者チームとして命を預け預かれている間柄。そんな相手を信用していない訳はありえない。
「じゃあ、なんで?」
ヨルズの疑問もそうなるだろう。
信用出来ているくせに教えれない。その理由が知らないと理由で。
「知らない事を相手に教えるなどどうやって行う」
知らない物を教えると言う偉業をどうやれば行う事が出来るか残念ながらエイには解らない。
「待て。お前は自分の国の事を知らない、忘れたと言うのか」
本国の場所を知らないというのはあり得なくない。しかし場所だけであるのなら。それ以外の事でも構わない。だと言うのにエイはそれすらも知らないと言っているのだ。
彼の頭は特殊である。
「んー違うな。頭にはある。が、それを外部に引き出す事が出来ないんだよ。脳にちょっとした物が入っていて常人を超える力を手に入れる為とおれらの監視を目的として『本国』が情報規制を行う為の物」
話そうとすれば記憶を引き出せない。だから知らないと言っているのだ。事実一瞬ではあるが忘却した。彼らの脳にはある物が仕込まれておりそれは情報規制だけという役割ではない。もう一つ、身体能力、反射神経などを向上させる事が出来る。
「……嘘では無さそうだな」
エイの言葉には嘘はないと判断した。
嘘を言おうとはしていない為これが嘘と言われてしまえばもう、何を言えば彼の気が治まるのか考えずに済んだ事に内心安心した。
「まあねえ。これを信じて貰えなくちゃ殺るしかないからな」
殺気など放っていなかったがいつでも殺れるよう準備していた。光でこの後台を照らしたとしてもエイなら確実に殺せた。
影に刃を仕込んでおき光で覆われた場合であろうとも光が全てを覆える訳がない。光ある所に必ず闇が生まれる。それを上手く利用し、刃で首を掻き切る。
「まあ良い。この場はここまでにしよう。だが、貴様が殿下を裏切るような行為に出た場合容赦はせん」
ヨルズとてエイを殺せるとは思ってなどいない。彼は脅しという手を使って、もし力を行使しなければならなくなったとしても殺せる訳がない。彼は理解しているのだ。自分の全てを賭してでもエイという悪魔を討つ事は敵わない、と。
神に願ったとしても。
「あいよ」
エイは手をひらひらさせ去って行く。
ヨルズは理解している。エイという人物はどれ程の力を持っているのか。そしてどれ程の者なのか。彼は気づいている。
エイという少年がどれ程の事を使用としそして、して来たか第六感から勘づいている。
後、もう少しで目的地であるターユン村へと着く。そうすれば彼らの殺気も消えているだろう。
時間にして見れば少しではあるが世界で『今』起こっている事を加味すればそうは言ってはいられない。