〇〇九
時刻にして見れば午後七時。陽も地平線の彼方に落ちていてしまい道や室内を照らすのは魔導街灯。大体の家庭が夕飯を食べている時間帯。そんな夜にエイはヨルの下を訪れていた。
「で、こんな時間に何のようだ?」
面会をするはずではなかった。疲れているから、一応は休暇を与えているからではない。エイからの報告は明日で良いと言っておいたにも関わらずやはり、彼は報告にやって来ている。それに来たという事は他にも用件があるという事である。これだから仕事人間はと言われてしまうのだ。
「はっ、任務完了の報告に来ました。無事、任務遂行致しました次第であります」
休めの姿勢でエイは声を高らかに言った。彼は報告はその日の内に口頭で伝えその日若しくは翌日には文書に書き提出する。
これが仕事に忠実にあろうとするエイである為このように行う。勿論上司が止めろと言われれば止める。だが、今回は別の理由があるが故に今日中に報告する事となったのである。
彼の気が緩いのは食事中である為である。食べた後、消化されるまでが食事とエイは思っている。
「それに先日からより待機させている兵の動機が気になりまして」
アルベルト王が正門前に集めた兵士はその時から何も命令を受けていない。ただ、待機せよ。それだけである。
使わないと言うにも関わらず何故集めたのか。端的に言えば兵力を知る為だけである。
これは包囲網崩壊の第二作戦のための準備も併用している。
「なんだよお前。出撃でもしたいのか」
現存する共和国の武最強の者はエイである。尻拭いを行わなければならないのはエイである。起こり得る可能性を知っておこうとする行為は致し方ない。
エイという切り札を切るような事は極力避けようとしている。その為に出頭を明日にしたのだ。
「こちらの人間種の影は本国の物とは違いますので」
そう、こちらの人間種と自称する者達と本国の人間とは違う。こちらには魔力という物を保管する器官が存在し、本国にはそのような物はない。
そういう事もあり味が違う。味と言っても影に味というよりは好きか嫌いかの二択だけである。味覚でそれを測る事は出来ない。
「……美味いのか?」
美味いか不味いかは別ける事は厳密には出来ない。単なる食べ応え、気分の問題である。
影のテイスティングをしているエイならば答えれるだろう。興味本意からの問いであるがこの場では本気に答える。
「いえ、全体的に劣りますが自分の能力を加味すれば影を喰らっておきたいと思っておりまして」
総合からしては『味』は落ちてしまう。しかし味を気にせず、生きる為に捕食を行わなければならないエイにしてみればしょうがない。喰らうしかない。
味と言えそれは気分から来るもの。ならば堪えるのがエイである。命令を遂行するために必要であるのならば、と。
話が脱線してしまった為本題に戻る。
「まあ、お前が居れば楽に達成できる。だがな。今回送る兵には勝ってもらう気はない」
そう、勝利を目指してはいないのだ。戦争において最終的な勝利を得る為に全てを勝てる全てを勝つ必要はない。完勝などという事をしてしまう訳にはいかない。
もし、完勝などという事をしてしまえば周辺諸国が手を取り合い襲ってくるかもしれないのだ。その為、周辺諸国にはなるべく脅威には思われないようにしなければならない。快勝よりの快勝と辛勝の間を目指している。
「つまり、敗北をすると?」
ヨルは今作戦において敗北をすると言っているのだ。失敗を許されないヨルは本当にそれで良いのか、エイは訊ねる。
どのような『失敗』であろうとも本国に呼ばれ、裁判を経た後に処罰を与えられると言うのに良いのか。
——否、ヨル程の者であるのなら一般普及されていない通信手段を持ってして本国と通信をしたかもしれない。
「まあ、そうなるな。勝利をするのは送る兵だけでも勝利は得られる。但し、今回の目的からすると兵に実践を教えるという方がいい」
「了解しまたした」
義兄が、上官が、参謀閣下が敗北を目指すと仰せになっているのだ。ならばエイはそれに応えるだけである。それが下の者として上からの命令に従うエイである。
疑問など口にしようともそれが失策であろうともただ、従うのみ。
「まあ、でも。お前の理由も尤もだ。敗戦を期した後、敵兵の殺戮を頼もうとしよう」
敗戦の後、自軍を持って敵の殲滅を行おうとはしていた。やる気があるのならある内にやらせるのが得策と考え与えた。
エイ、一人に任せるのは得策とは言えない。しかし、だ。彼一人であろうとも圧勝は容易。だが、今回はそうはいかない。圧勝などしてしまってはいけない。
「はっ!」
「では、こちらから呼ぶからそれまでに準備をし、裏門にて待機せよ」
少し、時間を貰いそれまでにエイ一人で勝ち、尚且つエイという最終切り札を隠し通せるか。与える条件を考えなければならない。
明日の自分に投げやりたい気持ちを抑え、エイに最適な命令を考えるという恐らく今日、最も重要な仕事をしなければならない。
「了解しました」
エイは敬礼する。
ヨルは羨ましく思ってしまう。ただ、与えられた命令に従順に忠実に従うだけで済んでしまう義弟を。
赤い月を見上げながら彼は歌う。
歌とは素晴らしい物である。
・老化の防止——口を動かすことは老化を食い止める効果がある
・感染症の予防——唾液の分泌量が増えると感染症にかかりにくくなる
・嚥下機能低下の防止——飲み込む力を保ち、誤嚥性肺炎のリスクを抑える
・認知症予防——脳に刺激を与えると認知症予防になる
・免疫力アップ——六〇兆の細胞に働きかけることにより免疫力が向上する
・自律神経が整う——交感神経と副交感神経のバランスが整う
・腹式呼吸の効能
・精神の安定
・記憶力の向上、脳の活性化、認知症の防止
などと幾つも良い点が挙げられる。
しかし、彼の歌はそれらに加え付け加えられる。
身体能力の向上である。彼の歌——声は特別でありただ、その声に呼応し能力が向上する。最高のコンディションへと仕上がる。
「——————」
「——不気味過ぎですよ」
人気のない場所で歌う少年。絵面は確かに不気味だろう。不気味な少年に赤い月光が付け加えられると不気味としか言えない。
だが、もしそれが見えていたらだ。
不可視化とまでは行かないがそれなりの隠密性を発揮している彼を常人には見えないだろう。それを看破する方法をヨルらは保持している。その為、エイは潜んでいたのだ。
今から行う作戦は隠密性が重視とされていると思った為にこのように隠れていたのだ。
「そうでしょうか。万全の状態にせよ。そう命じられたと思ったんですが」
確かにヨルの命令をそう解釈をする事は出来る。しかしここまでの事をするとはヨルも思っていなかっただろう。
「そうは思いますけど」
「————」
「まあ、それはヨル様にお伝えしておき。ご命令をお伝えします」
ヤミの手には一丁のライフルがある。それが何を意味するかは大体の予想は付く。しかしそれを口にするような野暮な行為はしない。
ヤミはヨルの命令の下、エイに任務を伝えに来ている。同僚の邪魔をするような行為はしない。と云うより邪魔をすればそれ相応報いが襲ってきてしまうからである。ヨルに絶対の忠誠を誓っている女性。命令に絶対に忠実であろうとするエイ。
二人には二人にしか分からない何かで共通している。
「本作戦は匿名で行ってください。ヨル様は冒険者エイのこれ以上の戦争への参加を危惧しております。ですのでこちらを使用してください」
ライフル。
魔導銃とも言われるそれは銃弾に魔法——術式を込め弾丸として発射し、遠方の敵を倒す事を可能とする物である。
下級魔法の殆どは遠距離向きではない。近距離系が多く、中距離は数十種類しかない。それで中級魔法を扱える者は下級魔法使いより圧倒的に少ない。
その為魔導士を戦争には活用されていない。
だが、連合王国は魔導士の使用により列強と化した。周辺諸国で最も魔導に力を注いでいる国である。
「えーっと、ヤミさん。魔法を使用せよ、という事ですか」
「いいえ。これは念の為です。貴方に他に方法がある場合はこちらは使用せずとも平気との事です」
「了解しました。それで銃弾の方はどう致しますか」
「こちらは一二〇〇個用意しました」
魔導銃は銃弾を使用しなくてもエイならば使う事が出来る。例えば影を装填し射出する事も可能である。
その場合魔法を込めるのが大変ではある。
「有難く使わせてもらいます。それで時間制限など他に条件はありますか」
鞄に入れられた一二〇〇個の銃弾を受け取りそのようにエイは訊いた。ヨルから与えられる条件がこんなに優しい訳が無い。
他にも条件は与えられていると分かっている為に詳細を続けるように促す。
「時間は陽が昇るまで。それに加え他には燃焼術式のみとなります」
「? それだけで良いんですか」
緩い。そうエイは思った。
事実それは緩過ぎる。元々エイは幾つもの機能の使用を禁じられている。それらを考慮しようとも随時任務によって能力の使用許可などある。
その為訊いたのだ。本当にそれだけで良いのか。
「はい」
ヨルから伝えるように言われたのはこれだけである。付け加えるようなことはもうない。
「了解しました。では明朝出頭します」
エイは敬礼する。報告は明日になってしまうのは致し方ない事ではあるが通信がままならないこの世界において情報は早いに越した事はない。
なので早く報告に行くとエイは語っている。
装備など魔導銃を使う可能性を考慮すると変更しなければならない事が増えてしまった。だが、時間は有限である。
エイは迅速に行動を開始する。




