〇一〇
鼻歌を歌いながらエイは地を泳ぎながら進んでいく。勿論その鼻歌はエイ以外の鼓膜は揺らしていない。
敗退し後退しているイ・ガラン国の兵を他所にエイは進んでいく。
影の中に潜み、影のみ、黒い物が動いているだけで目的の場所に着く。
「さて、行動を開始したいところではあるがどうしたものか」
敵の新しい作戦本部が置かれている都市の中心地に彼はいる。しかし、これからどのようにして事を為すかまだ、決めかねていた。
前回は恐怖を与える事に重点を置いて行動した。だが、今回は前回とは違い共和国の力を誇示すると共に正体をバレないようにしなければならない。
よって──、
「魔法で殺っていくか」
魔法という手を以てして殺戮をする。Ⅵ級冒険者『エイ』は魔法適性皆無と周辺諸国に知れ渡っている。故に今から起こる現象に冒険者エイが行ったとは誰も思わないだろう。
そう思い、エイは殺戮を開始する。
熱源センサーを用いり殺戮を開始していく。が、やはり彼は魔法の才は皆無である。
疲労は感じないものの怠さを感じてしまう。
「燃焼術式展開」
燃焼術式を銃弾に込めライフルの引き金を引く。そして当たった者が燃えだし、炭と化した。一つの魔法によりそのような事を為せてしまう彼の能力は凄まじい。
と、そこで燃焼術式を込めた魔弾が弾かれた。貫通力や殺傷能力が低いと言ってもそれなりの技術の基に作られた物である。
本国による最高水準の下に作成された一品のそれを悪く言おうなどという行為はしようとなどはしない。
だが、弾かれるという事は弱いという事を物語ってはいないだろうか。
「新手か」
空より魔弾を放っていたエイは誰にも聞こえない——勿論、最低限の隠密性は行っている為、聞こえないが——声量で呟いた。
「──降りてこい!」
エイは影を羽織る事により守備を高めている。『陰』は変幻自在故にこういう事を可能としている。そんな彼は闇と同化している。それを目視で見付けるのは難しい。
それだというのにその者はエイを見付けた。
エイの目下には髪が白くなってしまい、顔付きもそれに相応しい程に引き締まり殺気立っている古老兵である。
練度も歳相応に卓越しており、王国で名高いライヘル・クロス・アールト・メランカである。クロスの姓を受け継ぐ英雄の家系である。
「他人に物を頼む時はさ。頭を下げたりそれ相応の対価を支払うべきだと俺は思うけどな」
相手が英雄の家系の者であろうともエイは気になど止めない。相手を嘲笑し、感情のままに行動をしてくれるのならそれはそれで有難い。
「ま、良いよ。その代わり貴方のお名前を訊いても?」
エイは気になった。看破した者を。魔弾を弾いた者を。そして——
「ライヘル・クロス・アールト・メランカだ!」
「クロス? あ、ああかのクロスを受け継ぐ方でしたか」
エイは頭を下げるのと同時に降下した。エイは思わぬ敵に驚いていた。王国の近衛騎士に就いていた経歴のある者が敵なのだから。
この戦場には『雑兵』しかいないと聞いていたために強い敵と相対する事に高揚している。
「これは! 『剣聖』の! 英雄の! 家系とは!」
ライヘル・クロス・アールト・メランカ。
その者は『剣聖』と英雄の家系に連ね、王国近衛騎士団に所属していた程の実力を持っている。老いた今でもその実力は折り紙付きであるのは間違いない。
「貴殿は何者だ!」
ここでどう答えるか困る。
「相手が名乗ってこちらが名乗らないのはいけない。しかし、私とて隠密行動中の身。何か私を呼称する名称は無いか。クロス殿に付けてもらいたい」
「ならば、悪魔。そう名乗れば良い」
「分かりました。では今宵は『悪魔』と名乗らせてもらいましょう」
彼の御仁がそう称するなら、今回、本日限りは『悪魔』という不本意な名を名乗ろうと思った。
ライヘルの武器は片手直剣。エイ──基、悪魔の武器は歩兵銃。
悪魔は飛行せずにライヘルのお望み通りに地上戦を行っている。
「その銃に、技能、貴殿は連合王国の者か」
「さあ、でも一つ言えるのはイ・ガランの者だよ」
このような銃を扱っているのは近くでは連合王国だけである。他の周辺諸国は銃などいう物は扱っていない。純粋な魔法のみで闘っている。
共和国と連合王国との関係は何もないはずである。だというのにもその者は共和国を名乗り連合王国の技術を使っている。
「死なないでくれ。情報が得られないからな」
剣速が一層に速くなった。その速度に悪魔はついて行けていない。だが、ダメージを与えているかと問われれば与えていない。
影に触れるという事はない。触れそうになった時影に呑まれ、そして抜けて行く。
「悪魔、か!?」
「酷いな。さっきは憶測、見た目から来たというのに関わらず敵の能力からそう来ると答えに詰まるな」
「以前一度手合わせをした事があるのでな」
「へー、倒せたのか」
「ええ、その時は軍隊で向かいましたので」
「ああ、悪魔騒動の件か。なるほど、そこには確か連合王国、フィオリ王国に加え法国で迎え撃ったとか」
「その時に比べれば」
──弱い。
あの時の悪魔は想像を絶する破壊力を有していた。しかし目前の者はどうであろうか。防御に特化しているだけ。それを突破さえすれば殺すのは容易。
で、あるのだが、その防御を討つ方法が見つからない。何か良い方法がないか。
「闇に反する光がこう見えて弱点なんだよな」
悪魔は己の弱点を言った。勿論、それを鵜呑みする訳では無い。それは範囲が広すぎるが実際に彼の弱点である。
「闇に生きる者は光を嫌うと聞く。ならば! アンデッドか!?」
彼がそう称するのもしょうがない事である。エイを覆っている影の正体を掴めないライヘルは己が知る最も近しいものに置いて置く方が良いだろう。
ライヘルの片手直剣には魔法が付与されている。所謂魔剣と称されるものである。
その為アンデッドであろうとも傷を与える事が出来る。それだというのに関わらず何故悪魔には傷を一つも付けられないだろうか。
「さあ、どうだろうな。でも、今回の殺戮劇は陽が昇る頃には終了致す事を頭に置いておいてくださいな」
一礼。
「──だが、尤、尤尤尤尤もーっとぉ。踊ってはくれないか」
狂人と化した。
命令に絶対に忠実であろうとする悪魔は遂に破目が外れてしまった。
「──黙れ」
老人の声がエイの耳に届いた頃にはライヘルの攻撃は悪魔に届いていた。彼の片手直剣には何も汚れは付いてはいない。
だが、その剣で悪魔の右腕を地に落としたのだ。
「速いな」
反応出来なかった。対処が出来なかった。という理由は全くない。
ただ、する必要がなかっただけ。高々腕一本、身体一つ、生命。自分には必要ないもの。己の物は全て君主の物だから。
それに──、
「な、なんだと!?」
悪魔から落ちた腕から影が蠢きその影は本体に戻る。
そしてその影は一度影の形を失くす。血肉となり、腕となった。その後身体の全てを黒い影が覆った。
地平線の彼方が赤くなりつつある。
「──今宵は終わりと致しましょう」
身体には多くの傷があり、生々しいくらい肉、骨が見えてしまっている。本来、常人であればそのような程に傷が付けられていては立っては、生きてはいないだろう。
しかし、老いても英雄と謳われた過去がある。英雄の家系は今も尚彼に力を与えているのだ。
「また、どこかで会いましょう。遠くないうちに……」
悪魔の殺戮はこうして幕を閉じた。悪魔は太陽の明かりによって闇が消されるかのようにいつの間にか消えていった。
「────」
ライヘルは気配がなくなった事に安堵し、そして倒れた。老いた英雄は限界であった。しかし、廃れてはいなかった英雄は最後に何かを使用とした。が、それは闇に消えていってしまった。
その何かは悪魔を打倒する可能性があったのか。それすらも闇の中へと消えてしまった。
イ・ガラン共和国──王都に戻って来たのは陽が上り辺りを完全に照らしている時間であった。
時刻は──七時前である。
「任務ご苦労」
エイが執務室に入った時、最初に聞こえてしたのがそれである。
最初がそれであるとなると何かをあると思ってしまう。一番可能性があるのは己の失敗。若しくは自分の下の失敗であると予測した。
「はっ、有り難きお言葉です」
「報告をして貰いたいところではあるが任務を通達する」
ヨルは今から言う事は予想はしていたが、それは可能性の低いところであった。もし、やると思ってもまだ、先の事だと思っていた。
「アルベルト王と共に共和国に随行し、行進を邪魔する者を排除せよ」
警備任務という事になる。恐らくエイを呼んだのは彼の冒険者チームにも任務が与えられると言うことにもなる。
先日、エイに本日八時に出頭した際に与えようとしていた任務をこの場でいうと考えられる。
「攻め込むという事でありますか?」
「いや、別働隊の報告によると王国に不穏な動きあり、と来た。これに対し共和国と同盟を結び、備えようと思う。それに伴い貴官を除く〈迷い星〉には周辺農村に行ってもらう」
別働隊とは拠点の入手を目的としたヨルの部隊とは違い、本国より王国と共和国の偵察を主にした任務を与えられた、獣人で構成された増強大隊規模の戦士である。
「了解しました」
これ以上聞くよう事はしない。兵士たる者与えられた命令に忠実に行動すれば良いのだから。




