〇〇四
フィオリ王国を拠点とする冒険者はⅠからⅩまで階級別けされる。これはこの世界に点在する冒険者組合が提示しているものであるため王国だけではない。
そして冒険者チームで最高位はⅧ級の冒険者が一つしか存在していない。そしてⅦ級が四つ。
東の城塞都市には王国六つあるⅥ級冒険者チームが一つ〈迷い星〉がある。
聖騎士、軽戦士、魔導士、聖職者各一名ずつの計四人で構成されている。四人という人数はⅥ級以上では彼らを含め三つしか存在していない。
Ⅵ級以上の冒険者チームともなれば汎用型ではなく一人一人が特化型になっている。数の暴力により敵を殲滅する。相手の弱点を突き殲滅する。十人前後で構成されている場合が多い。中には三十人で一チーム作る冒険者もいる。
これが人間種の弱き劣等種の闘い方であるのだ。肉体的に弱い人間種は数的有利若しくは魔法器、魔導具などの武器で有利。それかその両方で敵と闘っていく。
これこそが人間種の他族との闘い方である。
「これは〈迷い星〉の皆さん、如何なさいましたか」
上級冒険者ともなれば既知されている。顔だけまではいかないが名前なら周辺諸国には知れ渡っている。彼には構成メンバーと狐の面で〈迷い星〉と断定した。
「亡命だよ。亡命」
「……そうですか。ではこちらに……」
たとえそれが嘘であろうとも国家の貴重な『戦力』を見捨てはならない。それが兵士という国家の一部である為。
それ程までに上級冒険者には待遇が良い。勿論上級者には、だ。それ以下の者達への待遇は最悪。辞めろ、とまでは行かないが下級に二、三年も居れば待遇は劣等。
数ヶ月で今の地位に就いた彼らはそれなりの待遇に相応しい。とは言ってもパーティーメンバーに『司教』がいる時点で高待遇は間違いない。
彼らが案内されたのはテュ・ラーンの都市長館である。ここが都市で一番お高い場所であるのは間違いない。理由は至って簡単だ。彼らを案内している軍隊長は冒険者の必要性を強く謳っているからである。
「ここをお使い下さい。何かありましたら兵に言ってください。今は戦時中ですがお望みの物があれば直ぐにご用意させますので」
そう言い残し軍隊長は去って行った。戦時中だというのに荷物がまた一つ増えた、と考えてでもいるのだろう。
「こんなにも守備が悪いともなれば……」
マリアはエイの零した言葉を聞き眼を輝かせながら言う。
「言ったでしょ。わたしの戦略級魔法で一気に終わらせよって」
エイの作戦の下、今は動いている。自分が主導を握っていない為にマリアは不服そうに彼を否定する。
理性ではなく感情で動いていくが故の弊害である。
「いけません。そうも、容易に使用されてはなりませんぞ」
「ワタシはエイに賛成だから」
エイ側に就くのはいつもの通りである。マリアに就く事はそうそうない。否、ある時はエイが反対しない時くらいであろう。
まあ、殆どマリアが反論をするのだが。
「ほら、三対一だろ。お前の阿呆な考えは止めろ。主は何と仰せになってる?」
エイはため息まじりに言った。元々このような手に打って出たのはある条件がマリアに課せられているからである。
それがあるからこそエイという者の下に就いてまでお勤めを果たそうとする彼女の信仰心は言うまでもない。
「……エイの指揮下に入れ。必要とあれば惑星級魔法の使用も出てる」
「……マテ今何って言った?」
渋々言った内容が以前訊いた時よりも情報が増えておりそれが流すわけにもならない事であった為に聞き直す手に出た。
「無神論者のクズの指揮下に入れ」
破顔した。
二人は破顔した。一度で理解出来なかったエイに。愛しの相手をこうも何度も馬鹿にするマリアに。
背に悪寒を感じ取ったエイはなるべく優しい口調に気を掛け言う。無論そのような事をすれば少女より殺気がより一層強くなる。
「んーと、さっきと違くない? その後の惑星級魔法だよ!?」
「? 知らないの?」
マリアは鼻で笑う。
そのような初歩の初歩たる魔法知識を有していない彼に対し馬鹿にした声音。このような冒険者チームが何故継続し続けるのか王国での都市伝説となっているほどに不思議である。
「いや、知ってるよ。範囲、威力で魔法を位分けする。作戦級、戦術級、戦略級、国防級、大陸級、世界級、惑星級、創造級となり。その『惑星級』ともなればこの作戦に必要ないと思うんだが」
もう少し細かく分類する事が可能ではあるがエイは省いた。今、この時は不必要と判断したからである。
「いやいや、惑星級使ったらわたしも死んじゃうから。もしもの時の為だから」
しかしマリアは死を厭わない。それが主のお望みであるのなら喜んで死ぬであろう。それ故にエイは怖いのだ。やれ、と命じられれば行う彼女の絶対なる信仰心が。
全てを終わらせる事が可能な力をこのような齢一五歳という少女に持たせ、尚且つその少女が狂信者である事に。
「使わないって約束できないか」
「無理。約束って同等の者同士がするような者でしょ。主の教えを請わない阿呆なエイなんて神に呪われろ!」
神に呪われる。というのが正憤教における悪口であるのだ。それを始めて知った時のエイは表現のしようがない素晴らしい表情であった。
正憤教は神という存在を肯定すると共に否定もしている。否定しているのは神は救済を行わないそして信仰しか求めていないからである。
これらは『聖戦』における神の行った事が基とされている。
「はあ、ブリーフィングをしたい所だが、ヨルズどする?」
「すまないとは思うが殿下がこの調子だ。時間を少し開けてくれないか」
流石の彼でもここまで来るのにかなりの疲弊しておりこのまま、マリアの暴走に耐えられるかどうかが微妙なところである。
そういう事も含み今は止めた方が良いと求める。
「おーけー。じゃ、作戦会議は明日未明で良いな」
本来であるのなら就寝する前に一度したい所ではあるがこれ以上は話す雰囲気ではない為起床時間を早め陽が出る前にやる方がパーティーとして良い。今までもそうでありこれからもそうである。
「ねぇねぇ、エイこっち凄いよ」
リリスの集中力もこのチームでの問題である。
「何かあったのか」
今日はもう話す事出来ないとなりリリスの無邪気な行動に付き合わなければないと思い心身共に怠くなっていく。
「凄いよっ」
彼女の嬉しさは見た目からも分かる。彼女の尻尾の右往左往する動きをみればそこからも分かる。
腕を引っ張られリリスに連れられて行く。
「キッチン完備だよ。冷蔵庫もあるよっ」
魔法器は現代社会においてこのくらいの都市長館ともなれば常備されている。もう少し大きい所であったら別館にあるはずなのだが。
本館にあるのならばここの都市長は金を掛けていない。もしくはお金がない。この二つに分けられるがこの場合は後者に当たるだろう。
「で、何があるんだ」
休みたいところではあるがまだ、エイには行わなければならない事が残っている。
「んー、甘味ない」
冷蔵庫の中には残念な事にリリスの求めていた物はなかった。やはり子供だなと思うリリスの言動である。
無い物はしょうがない。それをわかってるリリスは強請る事は視線だけで終わりにする。ただ、見るだけ。
「分かった。でも明日の朝な」
「えー、なんで」
リリスはエイならば用意してくれると考えていた。自分の為ならば時間に余裕があるのだからと。
しかしそれは起こらなかった。
「まあ、準備だったり、他にも色々とあるだろ」
一目見ただけではあるが中には甘味を作る材料は足りていない。勿論、作れない事はないが今、作る気がない。
「……エイがそういうなら……がまん、する」
ここで粘ってはいけない。と判断した為に退いた。リリスがここで退くということは明日の朝、しっかりとした物を作らなければならない。
エイはそんな事に考えが至ってしまうとため息を漏らさずにはいられないを
「悪いな」
エイはリリスの頭を撫でる。リリスの顔が朱に染まる。それと同時に彼女の尻尾も右往左往動き回っている。
彼女のそのような変化は気にせずにエイは続ける。何となく、子供をあやすように。
これはいつもの事である。
「えへへへ。一つ聞きたいんだけど」
「ああ、良いぞ。でも手短にな」
エイはリリスの事を思って言っている。まだ、齢一〇歳の獣の子の成長を心配しているのだ。人間は成長期にあたる。彼女の種族もこの歳は成長期に当たる。
明日早く起きなければならない。その為本日は早く寝かせようと考えている。
そういった理由を含め最後の方が語気が強くなっていた。
「明日、ワタシにやらせて」
「……悪いな。作戦内容は変えるつもりはない」
リリスの気持ちを尊重したいところではあるが作戦上リリスは必要ない。エイ一人で行える作戦であるのだ。わざわざ危険を犯してまで彼女を使おうとは思っていない。
なので否定する。
「ワタシに! やらせて」
が、リリスは退こうとはしない。彼女はあの女より必要とされたい。その為あの女がやるのなら自分も少しは何かをしたい。
そう思い考えているからこそリリスは退かない。
「無理だ。お前の力じゃ無理だろ?」
「うっ。そうだけど……でもワタシにやらせて欲しいの」
エイから必要ないと言われようとも彼女は退かない。何故それほどまでにも彼の為にことを為そうとしているのか。
「まあ、残敵掃討の時ならな」
明日は残敵掃討作戦など行われない。彼ら——〈迷い星〉は残敵掃討を行わない。だからこそ彼はそう言ったのだ。
エイは何故、そこまでにも彼女に闘わせたくないのか。
いや、今だけなのだ。
「……わかった。でもワタシがいることをわすれないでね」
必要にはされてはいない。しかしそれはこの作戦でだけ。そう自分に言い聞かせ彼女は漸く退いた。
「ああ、分かったよ。もう遅い。早く寝た方が良いんじゃないか」
今はまだ、陽が沈んで間もない。それだというのに寝かせようとする、エイ。何故彼はこうも彼女を寝かせようとしているのか。
残念な事にその真意を知っているのは当の御本人しかいない。
「わかった。おやすみ」
エイの言い付けを守る。なんとも従順な子供であろうか。親代わりであるエイの言う事を聞く。そんな子。それが獣人——リリスである。
「おやすみ。いい夢が見れるように」
「ワタシ、子供じゃないよっ」
「はいはい。さ、早くお行き」
リリスの子供じゃない宣言を聞き苦笑が止まらない。確かにエイの常識の範疇では子供には当てはまらない。しかし、少女の言動を見て取れば子供である。
「むぅー」
これ以上何を言っても無駄だと知り本日はここまでとする。リリスはエイに一人前の異性の者となる為に子供扱いを止めてもらおうとしているのだ。
リリスが報われることは一生来ないだろう。なんせエイがそれを望んでいないからである。