22(真夏のにおい)
わたしは必要? それとも不要?
それは誰が決めるの? わたし自身が望んでいいの?
どんな位置にいて、どう在りたいか──。
それが明瞭に分かっていれば幸いだ。でも、それが分かっていないから、いつも自分の立ち位置に自信が持てないまま、ぐらついてばかり。甘そうな水を見つけるたびに、気持ちがふらふらする。決心なんて呼べるほどの覚悟が足りない。そして何より、あの水道水のカルキのにおい──わたしは赦されるのだろうか、わたしは自身を赦せるのだろうか。
到底、自身と折り合いをつけられるとは思えなかった。
マエダは云った。「愛の文字って、分解すると心と受けるになるんですってね」
わたしは頭の中で「愛」の文字を思い浮かべた。
マエダは続ける。「心を受けるから、愛なんだって、心を受け取ること、それを愛と云うそうですよ」
わたしは小さくかぶりを振った。「愛を気安く云う人は信用しないよ」
そうですか? とマエダ。
そうだよ、とわたしは頷く。
愛してると云ったその口で、同じように残酷な言葉も紡げるのだ。だったらそんな口はつぐんでおくべきだ。
「僕なら、気安くない愛なんていらないですね」
マエダは、はっきり云った。
わたしにはマエダの言葉をどう受け止めたら良いのか分からなかった。
気安いから愛なの?
気安いことこそが愛なの?
「受けて、受け取り、受け渡す」
詩の暗唱をするかのように、マエダ。「愛はリレーですね。受け取った愛は、別にそれに応えなきゃいけない必要なんてなくて、別の誰かを愛おしく思ったりすることでも充分じゃないかなって思います」
わたしは黙って、風に流れるタバコの煙を見つめた。
「愛の反対語は無関心だそうですね」
わたしは黙ったまま、最後にすぅと煙を吸い込んで、その火を消すと、フィルタだけになった吸い殻を携帯灰皿に入れた。それからビールくさいマエダの作る影の下で横になった。
愛のリレー、か。小さくごちた。
カムチャッカの若者もメキシコの娘も、ニューヨークの少女もローマの少年も、きっとそんな風に愛を受け取って、誰かに受け渡しているのカモシレナイ。わたしはその輪に入っているのだろうか? わたしはその輪に入ることを赦されるのだろうか?
水道水のカルキのにおい。折り合いをつけること。そして愛のリレー。
わたしがその輪に入ったとしても、いったい誰に渡せばいいのだろう。そもそもその輪には、最初から入っている者だけでなく、つまはじきにされている者だっているカモシレナイ。それ以上に、その輪にハナから入りたくない者だっているカモシレナイ。
輪なのか環なのか、それこそ和なのか。がたがたと揺れる荷台の上、心の中で思いがぐるぐる絡み合う。マエダの云いたいことは分かるけど分かるけど──現実には鬱陶しいだけのような、そんな思いも同じくらいにわたしの中に在った。わたしはいつだってアンビバレンス。
やがて意識はとろりとした深い深い闇に落ちて行く。そこはほのかに金気くさいカルキのにおいが漂っていた。
※
積んだ時と同じようにして、顎ヒゲ男と助手席の二人でマエダを降ろしてくれた。わたしは深く頭を下げて、お礼を云った。
気をつけてな、と二人は夏の空みたいな笑顔と共に走り去った。トラックの白い影はどんどん小さくなり、わたしたちはそれが見えなくなるまで見送った。それから再び、海へ向かって歩き出した。高くなった陽が肌をちりちりと焦がした。眠ったお蔭で、調子は少し戻っていた。
交錯する国道を越えると、そこは青々とした田んぼに囲まれた、最近舗装されたばかりのアスファルトの道だった。ほとんど車の通りがないようで、路面もやはり青々としていた。引かれた真っ直ぐで真っ白なラインが眩しかった。
わたしは頭に濡らしたタオルをかぶってマエダを転がした。道伝いに進めば、海に着く。もしかしたら、今日中に海が見えるかもしれない。しかし、その甘い期待は高く高く登った夏の強い日差しによって打ち砕かれた。
頭の中が沸騰しそうで、少し朦朧としながらこのままだと危険ではないかと思った所で、ちょうどトタンで組まれたバス停小屋を見つけたので避難した。
外にマエダを置いて、中に入ってベンチに座って、汗を拭って、シャツの襟を引っ張り、通る風に肌をさらした。小屋の影の外は、ゆらゆらと景色がたゆたっていた。陽炎。まるで巨大な地獄釜。夏が茹だっている。セミがジージー鳴いている。空気にたっぷり含まれた、真夏のにおいが圧迫する。




