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金の繭  作者: 長束真
13/28

13(先輩も一緒に)

「ご家族のご連絡先とかご存知ですか?」

 直接マエダに聞けばいいじゃない。「知りませんが」

 弱ったなぁ、と警官は云った。言葉と裏腹に、あまり困ったように見えない優しげな微笑みが四角い顔全体を覆った。

「あの、マエダが何か?」

「ちょっとですね、公園の美観って云うか、ホラ、保護者がいないところで小さなお子さんとかがね、昇ったりして、落ちたら危険ですし、そのね」

「つまり、どっかへ行けと?」

 それを云ったらミもフタもないんですけれどもね、と白くてきれいな歯並びを見せて、警官は笑った。

「マエダ、アンタ邪魔だって」

「まぁしょうがないですね」

「でもどっか行けと云っても、その図体じゃぁ……転がれる? あ、突起が邪魔かな」

 なんとかなりませんかねェ、と警官は云った。なんとかします、とマエダは答えた。

「分かりました、なるたけ急ぎでお願いします」

 そう云って警官はピッと背筋を伸ばし、立ち去った。

「なんとかって、アンタ考えあるの?」

「無いけど、なんとかなりますよ」

 なんて無責任な。

 わたしはため息をついた。「どこに行っても邪魔は邪魔よ。それこそ山奥か海にでも行かないと──、」

「海がいいな」呑気にマエダは続けた。「山じゃ登るのが大変そうだし。海の方ならひとたび転がれればそのまま行けると思います」

 そうねぇ。

 確かにごもっとも。わたしはごろごろ転がる金のタマゴを想像して、それは何とも奇妙でマヌケな光景だと思った。

「先輩も一緒にどうですか?」

「え、何?」

「一緒に海、行きましょう」


   ※


 金色のタマゴがごろごろ転がる横をわたしは歩いてついていく。その光景は、やっぱり奇妙で、やっぱりマヌケ。

 かと云ってマエダが一人で転がるのは難しいだろう。

 あの突起。

 あれがクセモノだ。

 途中で変なところにハマって動けなくなったり、もっと悪いことに変な輩に捕まって悪戯されたり、もしかしたら車にぶつけられたり、つまり良からぬことの可能性を考え出したらそれこそ幾らでも出てくるのだが、って云うか、だいたいなんでわたしが身内でもないのにこんなにマエダの心配しなくちゃいけなくて、そりゃマエダのお蔭でため込んでた毒を外に出せるようになったけど、何? マエダ式カウンセリング? だからわたしなの? わたしの責任なの? だいたいその結果として印象変わっただの、眉間の皺だの、そんなこと云われたりして、だからますますわたしがするようなことなの? 海までって軽く云うけど、転がって何日よ、いったい何日かかるのよ、日帰りじゃないでしょ、車に乗っていくわけじゃないし、第一デカいし、夏だよ、今、夏も夏も真っ盛りだし、暑いし会社もあるし実家に説明するにも面倒だし──ああもう!

 寝つけぬままわたしは何度も布団の上で寝返りを打っていたけれど、勢い良く起き上がって、Tシャツとジーンズに着替え、裸足のまま足をスニーカーに突っ込み、外へ飛び出した。

 真夜中の公園は静かだったけれど、祭りの余韻が靄のように残っていた。それはほんのさっきまで大勢の人が居た気配。マエダはやっぱり街灯の下で、金色のタマゴだった。

「マエダ!」

「なんですか先輩、夜中でしょ?」

「なんでわたしなの、なんでわたしがアンタのことでこんなに悩まなきゃいけないの!?」

「それはちょっと一方的すぎません?」

「いやそんなことはない、だいたいアンタが海に行くのに、なんでわたしなのよ!?」

「なんでって──」

 マエダの物云いは何処か歯切れが悪い。まるで奥歯にモノが挟まっているかのように。

 わたしは金色のタマゴを小突いた。「なんでさ、なんでわたしなの? アンタがその殻から出てくればそれで問題ないじゃない、解決じゃない。なんで出てこないの? なんで閉じ篭ったままなの? わたしに対するアテツケ? それとも嫌がらせ?」

「まさか!」

「何がまさかよ、こっちはトサカにきてんの!」

 わたしは踵でタマゴを蹴っ飛ばした。忌々しいことに、強く蹴ったところで、力は全然響かない。「さっさと出て来い、出てきなさい!!」

「出るの出ないのって、云ったじゃないですか」出来の悪い生徒に云い聞かせるように語を継いだ。「そう云う次元の話じゃないんですってば」

「それはアンタの都合でしょ、わたしを巻き込んだ以上、責任取りなさいよ!」

 するとマエダは。

 至極当たり前のように、ぽつりと云った。「僕は先輩と海に行きたいんです」

 虚を突かれた。

「……なによ、それ」

 わたしの中で高ぶっていた感情が、冷水をかけられたかのようにすうっと冷え静まった。

 マエダはゆっくり、含み、噛みしめるように云った。「先輩と、海に行きたいんです、僕は」

「わたしじゃなきゃダメなの?」

「ダメじゃないです」

「なら他を当たって」

「イヤです」

「イヤって……」

 わたしは頭を掻いた。髪がぼさぼさになった。

 マエダと海に行くことについて考えた。家族とか会社とか色々考えたけど、色々考えて考えて、色々考えてみたけれど──たぶん結論は最初から決まっていたと、そんな気がした。

 わたしはいつだって、覚悟が足りない。だらだらと時間を無駄に捨てられるだけ捨てている。生きることに少しも必死でない。

 カルキくさいぬるま湯に浸かって気持ち悪い気持ち悪いと不平不満ばかりこぼしながら、でも決して自ら望んで抜け出たりしない。

 金色のタマゴがごろごろ転がる横を歩くのは、奇妙で異様でありえない。例外で想定外で予定外だ。例外で想定外で予定外だから──何かが変わる、そんな甘い期待がないと云えばウソになる。けれども、だらだら生きて、ぬるま湯に浸かり、不平不満をたらすだけで何一つ変えようとしないままなら、降って湧いた異様なことが──たまらなく魅力的に思えた。

 そんな破壊的な感情がわたしのわずかな正気に勝った。

 分かったよ。

 わたしは云った。明日、準備してくる。

 マエダと別れ、てれてれと夜道をだらしなく歩いて帰った。遠くでトラックの走る音が聞こえた。ふと、夜空を仰ぎ見たら、一面を雲が覆っていた。その雲に月が隠れ、滲んで見えた。

 世界もずっと、こんなふうに滲んでいたらいいのに。

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