第49話 『刻印について』
結局、残りの騎士たちにまでは剣を入れなかった。
まだ幼いムシュキとジェナの前で、これ以上続けるのはどうしても違うと思ったから。
そのことをクルエルに説得したら、剣で刎ねないことを許してもらえた。
残った騎士たちは氷に侵された身体で、その場に取り残された。
クルエルの話によると、氷が徐々に身体を蝕んでいき、最終的には眠るように意識を失って心臓が停止するんだとか。
その後僕たちは、少し離れた森の縁で、数時間ほど身を横たえていた。
眠れたかと聞かれたら、たぶん...ちゃんとは眠れていない。
目を閉じても、暗がりの奥で落ちた首が見えた気がしたし、刃を通した時のあの手応えが、まだ右手に残っている感じもした。
それでも夜はどんどん明けていくから、いつまでも休んではいられなかった。
ベルクレアからの追手が来る前に少しでも移動しなければならない。
そんなこんなで今、僕たちはムシュキたちの住む街――アバンダスまで歩いて向かっているのだ。
周辺の木々では、夜の虫が『リーッ、リーッ』と鳴いている。
夜と朝の境目みたいな薄暗さの中で、僕はクルエルに尋ねた。
「アバンダスってどんな街なんだ?」
「アバンダスは《武具の街》と呼ばれるくらい、冒険者や騎士が、武具の購入や手入れのために度々足を運ぶ街だ」
前を向いたまま、クルエルはそう言った。
「ふーん。すげぇ街なんだな」
だがまぁ、武器を自在に創り出せる僕にとっては、縁のない場所なのかもしれないが。
「ところでよ。ムシュキたちを家族の元まで送り届けたら、すぐに旅立つのか?」
「いいや。そのあとギルドで討伐証を換金して、知り合いの鍛冶屋に少し寄るつもりでいる」
この男、本当にどこへ行っても顔が利くらしい。
外の世界に顔見知りがいない僕には、それが少し羨ましく感じてしまう。
そんな事を考えていると、今まで黙っていたティエラが、淡々とした口調で会話に入ってくる。
「私、丁度自分に合う武器が欲しいと思ってたのよ」
彼女はジェナの手を握ったまま、クルエルの背中を見つめながら言葉を続ける。
「討伐証を換金したお金で、その知り合いの鍛冶屋から、安く武器を買わせてもらえないかしら?」
そう言うと、クルエルは小さくため息をついた。
「お前に武器を渡したとき、実は思ったんだ」
「なにを?」
「お前に合う武器が必要だって」
ティエラは眉をひそめた。
「私に合う武器って?」
「俺にだって分からん。お前が一番よく分かるんじゃないのか? 自分にはどういう武器が合うのか」
「.....」
「ところで、お前は刻印の力を使ったことがあるのか」
「刻印? なにそれ」
「お前の二の腕に刻まれている印だ。ドロームを発つ時、風で袖口が揺れた拍子に偶然見えたんだ」
(やっぱり...)
あの時、ティエラの二の腕にあるエレクトリックブルーの印を見ていたんだ。
ティエラは自分の二の腕を、空いた右手でそっと押さえながら「あぁ。この印の事ね」と口にした。
「けど私、生まれてから一度も刻印なんて使ったことないわよ? まず、これがどういうものかも知らないわ」
「そうか、刻印について聞かされてこなかったのか。ムシュキたちもいることだし、簡単にだが説明してやる」
そう言って、クルエルは一度ムシュキたちを見た。
「刻印には、表向きに知られているものだけで、大きく六つの系統がある」
「まずは青の刻印――《操刻》。これは炎や水、雷、砂、そういった属性や現象を操る能力のことだ。その場にあるものを操るだけじゃなく、自分のマナを使って、それらを発生させることも出来る」
(ってことは、ウェインの砂鉄も操刻か...)
「次に緑の刻印――《変刻》。これは身体や物の性質を変える能力で、身体能力を強化したり、皮膚を硬くしたり。あとは獣に完全変身したり、特徴を身体の一部に出す...さっきのナシランハイエナのように、部分的に変身することも出来るんだ」
(相手の姿形を変えれたりもするんだろうか...?)
もし存在するなら、絶対に戦いたくはないが。
「次に橙の刻印――《律刻》。これは条件や契約を利用して、空間に結界を張ったり、相手を一定の条件で縛ったりと、決められた条件で力を発動させることが出来る能力だ」
(ドロームで見たあの結界か? あれは律刻の力か...)
なんらかの能力だとは思っていたが、まさかそれが律刻の力だったとは。
「で、次が赤の刻印――《錬刻》だ」
クルエルはそう口にして、ちらりと僕を見てきた。
「お前の持つ刻印だから、説明する必要はないと思うが、簡単に言えばマナを錬って物を精製する力だ。剣、盾、服...そういった形ある物を創り出すことが出来る」
そう言われ、僕は思わず右手へ視線を落とした。
するとクルエルは、その様子を目の端で捉えたのか、鼻で笑ってきた。
「けどまぁ、喜べイザヤ。俺がこの八年見てきた中で、《錬刻》を持った奴なんてお前含めて三人しかいない。それだけ《錬刻》は、珍しい刻印なんだ」
(なかなか出会うことのない珍しい刻印...か)
これを素直に喜んでいいのか分からないが、この印の正体を知れたことで少し心が軽くなった気がした。
そして話は戻り、クルエルは再び説明を続け出す。
「残りは二つだな。一つは桃の刻印――《心刻》だ。これは心や記憶に干渉する能力だ。幻を見せたり、記憶を曇らせたり、相手の心を読んだり。そういうことが出来る力だ」
なるほど。
身体的な攻撃というより、精神的に相手を追い詰めていくタイプの力ということか。
それはそれで、厄介なタイプの刻印かもしれないな。
「そして最後が、灰の刻印――《遷刻》。これは、位置や空間の繋がりを移し替えたり出来る能力だ。物同士、人同士の位置を入れ替えたり、物を亜空間に保管したり...とまぁそんな感じに」
クルエルは、そこで一度言葉を切った。
「今話したのはほんの一部の能力に過ぎない。もっと色々紹介してやりたいが、今回はこのくらいにしておく」
これら以外にも、まだ色んな力があるのか。
僕の頭は、これだけでかなりいっぱいだというのに。
「一つ聞いていいか? 刻印は力を使う時にしか光らないのか?」
「そうだな。刻印は力を使う時しか光らない。たとえ武器に強いマナを流し込んだとしても光らないんだ」
顎の先端を軽く小突きながら、僕は数回頷いた。
「なるほど...」
「もしかして刻印持ちっていけないことなの? これまで街を歩いてても、見かけなかったわ。それにイザヤ、手袋を付けて隠しているみたいだし」
「実は刻印持ちを嫌う奴は珍しくない。元々この世界に存在していたものではないから、国や人によっちゃ、つまはじきにされることもあるんだ」
やはりこの印は、バレちゃまずいものか。
これまで、隠しておいて正解だった。
でも、使い方次第では人を助けるための道具にもなり得るだろうに。
ドロームの光景みたく、誰もが刻印に寛容になる、そんな世の中になってくれたらいいのにと僕は思った。




