第10話 社長と幼児と戸籍上パパ
珍しい3人組
「じゃあ、兄さん、お留守番頼んだ」
「いってらっしゃい、はるっち」
「いってらっしゃい、遙」
「え、え、いってらっしゃい……?」
「え、待って、聞いたことない呼び方」
「みらいのやつとはづきのやつ、まぜた」
「あー、ハルちゃんってやつと遥っちのね。なるほど。腑に落ちました。じゃあ、いってきます」
「いってらっしゃい、はるか」
その日、工藤家は2人の男の1人の幼児のみが在宅する家となった。それも1人の男は工藤家に住所のない芸能事務所社長であった。
「……」
「……」
現在、工藤家に在宅している人間は明仁、神風、そして偶然、工藤家に来ていた春人の3人だった。成人男性2名、男児(幼児)1名。そんな3人だけの時間と空間が今の工藤家の居間には広がっていた。
遙は早々に仕事に行き、偶然、工藤家に来ていた兄の春人に神風の世話を押しつけた。明仁も在宅しているので明仁が面倒を見るつもりだったらしい。が、遙が春人に神風の子守を任せたため、明仁は2人がいる居間で読書を始める。
「……はると」
春人は致し方なく、神風の面倒を見る。愛しの妹である遙に任せられた仕事は嫌だと言えないのが彼の悪いところであった。
「はい。どうしたの、神風、くん」
「はるとはしゃちょーなんだよな」
「うん」
「おれ、アイドルになれる?」
「うーん、多分? ダンス頑張ればなれるんじゃないかな」
「よかった、ありがとう」
「どう、いたしまして?」
「はてなマークを浮かべるな、山宮くん」
自身の隣でお気に入りのクマ「まーちゃん」を弄りながら、唐突に話しかけてくる幼児。慣れない幼児との会話に春人は内心、ヒヤヒヤしていた。特に「工藤神風」という幼児はアイドル志望の訳あり幼児であることを彼は妹である遙から聞いていた。そのために話題、返答、反応全てが手探りだった。
当人である神風本人はそんな春人の心知らず、「まーちゃん」をイジっている。若干、神風の表情は嬉しそうだが、本人はその顔を春人に向けない。明仁は本人のその表情に気付き、細く笑みを浮かべた。
「いや、浮かべるのが普通のでは。というか、何故、僕が子守をする必要があるのですか、工藤さん。遙からのお願いですからやりますが」
春人は自身の背後の窓際で日に当たりながら読書をしている明仁に視線を向ける。
明仁は春人からの視線を気にも留めず、「幼児教育とは」という本を読んでいた。
「甘い社長様だな」
「どこが。業界内では僕は真面目で冷静、で通っているんですが」
「遙に対してって意味だ」
「それは当然、甘くなるでしょう。だって、妹ですから」
本を読みながらも自身の言葉に反応する明仁に春人は溜息をつきながら返答する。
春人は芸能界で大手の芸能事務所の社長であり、32歳にして、いくつものアイドルグループをその手腕で輩出してきた。つまり、芸能界では若手でありながら非常にやり手な社長だということだ。そして、そんな彼に「甘い」と言えるのは今、彼の前にいる明仁1人だけだった。
「そういうところを言っているんだよ」
「うるさいですよ、工藤さん」
「まったく、君は口が悪いな。というか、俺が仕事に行った彗月の代わりに子守をすると言ったら、遙が、山宮くんが来るからいいと断ったんだ。俺より、子どもの扱いには慣れているはずだと」
「ふっ、年下の僕より子ども扱いが苦手なんですね。こう見えて僕は多くのアイドル達を育ててきた。勿論、遙もその1人。つまり、養育は得意ということ。流石、遙、それをしっかり、分かってる」
春人は静かに人形遊び(?)に興じる神風の頭を少し撫でると明仁に妹自慢をする。春人にとって「こんな言葉」は褒め言葉にも自慢にもならないため、妹自慢をしているつもりはないが、第三者から見れば、明らかな妹自慢であった。
「こう見えても、子ども相手の仕事もしてきたから子ども扱いは得意なつもりなんだけどな。それにしても、君の遙への溺愛振りは変わらずだな」
「できあいってなんだ?」
春人は明仁の言葉にひっかかりを感じた。
「大々々好きって意味だ」
そして、気付く。
春人が遙から聞いている情報、各々の持っているツテを用いて調べた情報には「工藤明仁」という人間が『子どもに携わる』仕事をしている過去はなかった。春人が明仁について知っていることは「工藤明仁という人間は41歳の日本人男性であること」「工藤明仁はアイドル達によるシェアホーム「工藤家」の家主であること」「前職が芸能関係者であること」「芸能界での活動時は本名ではなく、別名・別の姿で活動していたらしく、詳細が分からないこと」だった。
つまり、工藤明仁という人間が子どもに携わっているという情報は一切ないということだ。
「ちょっと、幼児に何を教えているんですか。確かに遙のことを愛してはいますが、それを神風くんに教える必要はないでしょう」
「じゃあ、はるとはマナとおんなじなんだな」
「今、愛しているとも言ったから彗月とも同じだな」
「マナさんと彗月くんの恋愛感情が本人達のいないところで第三者にバラされていることに無情さを感じます」
春人は引っかかりの原因を把握しながらもそれを口には出さない。というか、現時点で、神風が起きている時点で明仁にその点を聞いてもはぐらかされると分かっているから、彼は疑問を呑み込んだ。
まあ、疑問を口に出す前に明仁と神風の会話がおかしな方向に向かい始めたので、言う時間も与えられなかったが。
「隠してるからだろう。お互いに言わない2人が悪い」
「はやく、くっつけばいいのにな」
「な」
神風の言葉に明仁は本を閉じ、頷く。春人は知った。再確認した。「工藤明仁」という人物は人間であり、人格者でもあるものの、倫理的にちょっと変な人間であることを。
「2人とも手加減を学んだ方が良いのでは」
春人のその言葉に頷く人間はこの場にはいなかった。なぜなら、意識して容赦ない発言をしている男と意識せずに容赦ない発言をしている幼児しかいないのだから。
「なあ、はると」
「はい、どうかしましたか、神風くん」
「おれ、『みんなみたいなアイドル』、なれる?」
「それ、は、」
「それは?」
「……はあ。神風」
「うい」
「あ、工藤さん?」
「まずはダンスと歌の練習だ。いいな」
「あい」
アイドル達が帰ってくる数分前、そんな会話をしたことを帰宅後の春人は忘れることができなかった。
社長は幼児と家主に振り回される。
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