・エピローグ 誰かにとってのバッドエンドは私たちのハッピーエンド
今でもふい思う。ミレイ・アーヴィンはいったい何者だったのだろうと。あの夜、アドニス王子とミレイの間で何があったのか詳しくわからないけれど、それが彼女にとって決定的なものだったようだ。ミレイ・アーヴィンはこの国から忽然と姿を消した。それこそプレイに飽きてリセットボタンを押してしまったかのように、何も残さずに私たちの前から消えた。うちの担任や公子はミレイが忘れられないようで、今もその行方を追っている。
彼女は私たちと同じ転生者だったのだろうか。あるいは別の世界からこの世界へとアクセスしているだけの、ただのプレイヤーだったのだろうか。真実はもう誰にもわからない。確かなのは、ハスタが私たちの前に帰ってきて、今度こそ運命を乗り越えたという点だけだ。
保養地テーバイと王都を繋ぐ大橋では、朝晩を問わず多くの人々が行き交っている。全長500mにも及ぶ7つのアーチを持つ大橋は、王都以南の流通の全てを変えてしまった。当然デルフィニウス商会の収益は落ちたけれど、テーバイ男爵領は宿場町として栄えた。石炭や綿花をわざわざ王都に輸送せずとも商人に売れるようになり、街道には商人街が拓かれて、連日かなづちの騒がしい音が響いている。
その現場責任者はもちろん私だ。橋の周辺に宿場町を築いたり、移民希望者のための借家を建てたり、毎日が忙しかった。
そんなある日、王都からハスタとアドニスが休暇にやってきた。私もその日に合わせて休みを取って、大好きな2人を歓迎した。お屋敷の裏にあるあの岸壁沿いの草原に腰掛けて、彼方にそびえる王都や海を眺めた。
「がんばってね……」
「そう言われても、ハスタには一生勝てる気がしません……」
「ふふふ……あのときわたしを見捨てたら、ダナエーが手に入ったのにね」
「意地の悪いことを言わないで下さい。幼なじみを見捨てられるわけがないでしょう……」
「そうね。わたしもそう思う……!」
私がうたた寝をしていると思ってか、2人はコソコソ話を始めていた。それがちょっと気に入らなくて、私は飛び起きてその間に割って入った。
「ねぇねぇ、川に水浴びにいこっか!」
「いえ、あの……僕たちもう17歳ですよね……?」
「そうよ、誰かに見られたら恥ずかしい……。せめて、アドニスがいないときに……」
「じゃあ決まり! アドニスがいないときに2人だけで行こうっ!」
「ちょ、そんなの酷いですよーっ?! 僕を仲間外れにしないで下さいよぉっ!」
「あははっ、なんかこういうの昔に戻ったみたいだね! 懐かしいなぁ……あの頃は――あ、あれ……?」
あれ? 今のこの感覚、あの頃と全く同じだ……。ハスタと2人だけでここを歩いたときは何かが足りなかった。だけど今は本当に、初めて出会ったあの日に帰ったかのような、ありのままの充足感がある。あれ……あれ? え、あれ、これって……。
2人は何も言わずに私を見ている。何かを待っているかのように、私を刺激しないように顔色だけうかがっていた。私はハスタではなく、アドニスを見た。いかにもモテそうなかわいい系のイケメンだ……。けど私より身長が高くて肩幅がある。
私は犬みたいな四つんばいになって、草の上に座り込んだアドニスに顔を近付けた。そしたら、急に頭の中が弾けた! 絶対に一致するはずのない2つの記憶が1つになって、私たちがまだ8歳だったあの日、ハスタと一緒にうちのお屋敷に泊まっていた少年と重なった。
「え……もしかして、アンタって……。アンタって、あのときのアドニスッ!? あのちんちくりんで、金魚のフンみたいに私たちにくっついてきてた、どう見ても年下にしか見えなかったあのチビのアドニスッ?!!」
「はい、あのチビが僕です。ああ、やっと思い出してくれたんですね……凄く嬉しいです……」
男の子の成長って凄い……。あのチビが、こんな立派な王子様になるなんて、芋虫がカブトムシになるくらいの神秘だ……。
「えーーーっっ、どうして言ってくれなかったのっ!?」
「言おうとしましたよっ! そのたびに毎回毎回、ダナエーが言葉を挟んでくるからそのまま、ずるずると……」
あーー、だからコイツ、最初から私に慣れ慣れしかったんだ……。
だから私たちを助けてくれて、ここまでテーバイとハスタのために戦ってくれたんだ……。今さらだけど、これで全部納得だ……。
「ハスタ、知ってたでしょ……?」
「うん、知ってた。でもあえて黙ってた」
「ひ、酷いですよ……。僕の代わりに伝えてくれてもよかったじゃないですか……」
「ごめんなさい、色々あって、最初は敵だと思ってたから……」
「僕が2人の敵なわけないじゃないですかーっ!」
「ごめんね、アドニス。でも今はアドニスのこと信じてるよ! こんなに信用できるやつ、他にいない!」
私は子供の頃みたいにアドニスの手を取って、明るく笑って励ました。するとアドニスが真っ赤になって、それからちょっと情けないんだけど感動に涙ぐんだ。こういうところも全然変わってない……。
「なんで泣くの?」
「だ、だって……やっと、僕のこと思い出してくれて、それが凄く嬉しくて……。ああ、ダナエー……僕を思い出してくれて、ありがとう……」
ちょっとお婿さんにいいかなって思ってたのに、この情けなさがいかにもアドニスだ。だけどあの頃から何も変わらない2人が嬉しくて、私はハスタの手もとって3人で結び合った。あの頃は何もできない子供だったけど今は違う。今から私たちは始まる!
「これからは3人で助け合ってがんばろう! ハスタとアドニスがピンチになったら、私が助けに行くよ! これからも一緒にがんばろうね!」
「わたし、またダナエーにまた借りを作っちゃったし、恩返しがんばる……」
「これからは僕のこと仲間外れにしないで下さいよ……? お2人は必ず僕が守りますから……」
私たちは堅く手を結び合って、今度はアドニスも加えてもう1度誓いを交わした。そうするとこの先何があっても大丈夫だと思えて、ますますハスタとアドニスが愛おしくなった。ハスタをお嫁さんにしたい。アドニスをお婿さんに――してやらなくもない。身分の差という壁が、とてつもなく高かったけれど……。
もっともっと功績を高めて、父さんか私が伯爵位に就けばそれも可能なのだろうか。もっとバリバリ働いて、トンネルを掘り、道路を造って、橋を建てよう。そうすればいつかは……。
「じゃあ、ダナエー……今から2人で、水浴び行こうか……?」
「もち喜んで! あ、アドニスはダメだよ、ハスタの無防備な姿を見ていいのは私だけだから」
「後で僕とも川遊びをしてくれるなら考えます」
「あ、うん。別にそれなら――」
「ダメ。悪いけど、ダナエーはまだアドニスに渡さない……」
「えーっ、自分だけそんなのずるいですよーっ!?」
いつになく積極的なハスタに引っ張られて、私は保養地テーバイの岸壁からなだらかに下る坂を駆け下りていった。あれから9年も経った。だけど私たちは変わらない。変わらない友情と笑顔を向け合って、背中の後ろで抗議する未来のお婿さんを置いてけぼりにした。
私はハスタが好きだ。アドニスも好きだ。みんなが好きだ。私はこの美しい保養地テーバイを愛している。ここがゲームの世界だろうと関係ない。私はこれからも、この世界を拓いて生きる。
なぜなら私は、私こそが、ガテン系令嬢だからだ。画面の向こうの誰かにとってのバッドエンドは、私たちにとってのハッピーエンドだった。
―― 開発コード ガテン系令嬢 終わり ――
ここまで読んで下さりありがとう。これにて本作は完結となります。
このお話は元々は短編として書き始めたものでした。
ですが文章量がどんどん増えてゆき、この結末まで描き切った頃には5万字を超えてしまっていました。
ダナエーとハスタはどちらも書いていて楽しく、それでいてどちらも難しいキャラでした。
ダナエーは暑苦しくなり過ぎないように、ハスタは暗くなり過ぎないように、色々と気を使いました。
この物語はここで完結しましたが、保養地テーバイと3人の人生はこれからも続いてゆきます。
重ね重ね、ここまで読んで下さりありがとうございました。
で、宣伝なのですが、本日から新作【ビルド&クラフト 〜世界がブロックなのを俺だけが知っている〜】の連載を開始します。
ゲームのマインクラフトや、ドラゴンクエストビルダーズみたいに、ブロックを積み重ねて荒れた土地に町を築くお話です。
女性男性問わず楽しめるお話になっていますので、よろしければホイホイと新作に誘導されちゃって下さい。
読めばきっと、マインクラフト、ドラゴンクエストビルダーズ、どっちもプレイしたくなるはずです。
それでは、楽しんで下さりありがとう。
これからも様々な物語を作って参りますので、応援して下さい!




