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 橋の完成に町はお祭り騒ぎだった。明日の除幕式を前に多くの野次馬がここテーバイに集まり、富裕層は別荘地で、庶民はたくましくも野宿をして明日の夜明けを待っていた。労働者のために建てた仮設住宅の方では、今日までの感謝の印として酒樽とご馳走がダナエーより寄贈されて、こうして夜が更けた頃には誰もが泥酔状態、あるいは騒ぎ疲れて眠りこけていた。


 ダナエーの次の仕事は、宿場町の建設になるだろう。僕たちのエルトリアに帰ってくる日はまだまだ遠そうだ……。でも、明日の除幕式では僕たちの愛するハスタトゥースが帰ってくる。除幕式の場で王と王太子による恩赦が下され、僕たちは日常を取り戻す。……ダナエーとここで一緒に暮らせるのも、僕にとっては明日までということだった。


 きっとダナエーはハスタトゥースが帰ってきたら、僕よりも彼女に夢中になるだろう。彼女はいつだって友情に厚い女性で、友達とのひとときを大切にしていた。


「おっと……僕たちの橋に何かご用でしょうか?」

「アドニス王子……どうしてここに……」


「それはこちらのセリフです。ミレイ(・・・)さん、貴女こそどうしてここに?」


 彼女は答えずにカンテラを足下に置いた。説明しがたい感覚だが、僕には予感めいたものがあった。彼女は必ずここにくる。それは祝福ではなく、ダナエーとの最後の決着を付けるためだ。剣に手をかけて、沈黙を守る彼女を注視した。


「そこをどいて……」

「嫌です」


「あたし、貴方ごと橋を吹き飛ばしたくない」

「吹き飛ばす? でしたらますますお断りです。この橋は僕たちの希望です、爆破などさせません」


 ミレイの手には炎を閉じこめたかのような水晶玉が握られていた。確かあれはフレアオーブとよばれる物で、通常は魔法使いたちが武器として使うそうだが、強い衝撃を受けると内部に秘められた魔力が暴走する。


「どうして……?」

「これがダナエーの夢で、ハスタを取り返す引換券だからです」


「違う……そういう意味じゃない!! どうして……どうしてあたしを選んでくれないのっ?! 貴方は、最初からあたしの物だったはずなのにっっ!!」


 僕は薄ら寒いものを感じた。彼女は僕たちとは何かが違う。今日まで多くの男たちを狂わせて、自分の都合の良い踏み台に変えた。あまつさえハスタを2度も陥れ、ここテーバイ男爵領にも3倍の通行料という最悪の嫌がらせをした。ミレイは僕たちとは違う。何かが決定的に。ミレイという存在は僕たちとは全く異質な何かだった。


「僕のことなんて、もうどうでもいいのではなかったのですか? ハスタを踏み台にして、兄上に近づいたのでしょう。なのに今さらなぜそんなことを言うのですか?」

「王太子様はもうどうでもいいわ……。あんなおじさんより、私はアドニス王子の方が好き……」


 ミレイは兄上に近付いたが、兄上はミレイを相手にしなかった。ダナエーとハスタが言うには『攻略対象外』だからだそうで、ミレイの魔性はなぜか兄上には通用しなかった。


「ねぇ……ダナエーなんて捨てて、あたしと恋人になりましょ……? 本当はアドニス王子だって、あたしのことが好きなんでしょ……?」


 僕はその言葉にドクンと己の胸が高鳴るのを感じた。心の底から彼女に失望し、憎しみに近い感情を抱いているはずなのに、僕は彼女に魅力を感じている。この女性が欲しいと本能が僕に向かって叫び、僕は何度か自分を失いかけた。


「今からでも遅くない。この物語をハッピーエンドにしましょ。きっとあたしと結婚すれば、アドニスはいつか王様になれる。あたしは最初から全部知ってるの……」

「ミ、ミレイ……ぼ、僕は……いや、なんだ、この感覚……っ、ぅ、ぅぅ……っ」


 こうやって公子と先生を籠絡したのか……。強制的に植え付けられた恋心が僕の胸を発作のように締め付けて、感情を敵意から愛情へと書き換えようとした。


「さあ、一緒にこの橋を吹き飛ばしましょ、アドニス様……」

「ああ、ミレイ……」


 僕はミレイの差し出したフレアオーブに手を伸ばし、受け取って、橋の方角に振り返った。これを吹き飛ばせば僕は幸せになれる。僕の中にいる別の僕がそう言っている。


「さあ、やって……橋にそれを叩き付けてっっ!!」


 僕はオーブをアーチ橋に向かって振りかぶり、そして――寸前のところで我に返ると海の方角に投げ捨てた。海面への衝突により、酔客をも叩き起こす轟音が岸壁の向こうに響き渡った。


「な、何やってるのよ!! なんでっ、なんであたしのお願いを拒むのっ!!」

「……僕は、君に燃えるように激しい恋心を持っているようです。強制的な恋愛感情……とでも呼べるような、とても奇妙な感情です……」


「当然よ、貴方はあたしと恋をするために存在するの! それこそがこの世界では正しいことなの!」

「残念ですが僕にその気はありません。僕の中の何かが貴女に恋をしろと叫んでいますが、どうやらその命令はダナエーとの思い出が壁となって、僕を踏み留まらせるようです」


「う、嘘……そんなのおかしいっ、あり得ないっ!! あたしのことが好きならその衝動に身を任せるべきよ!! あんなゴリラ女のどこがいいのよっ!!」


 全部。僕は彼女の全部が好きだ。顔も、性格も、生き様も、ダナエーの全てが大好きだ。


「僕とダナエーは幼なじみなんです。彼女と出会う前に貴女と出会っていたら、きっと僕は貴女に恋をしていたと思います。まだ8歳だった頃のあの日、母を失い、アエネア侯爵に預けられてこの保養地テーバイを訪れたあの日から、僕の中にはダナエー・テーバイしか存在しません。よって、僕はこの強制的な恋心に従う気はありません」


 ありのままの気持ちを伝えると、ミレイはうろたえるように後ずさって、よっぽど衝撃的だったのか地に倒れ伏した。


「ミレイ、本当に申し訳ないと思っています……。ですがどうかお願いですから、僕を想うならば僕の大切な人たちを傷つけないで下さい……。僕たちはただ、静かにこの世界で暮らしたいだけなんです……」

「……。そう、わかった……」


 ほとんど聞き取れないほどに小さな声だった。ミレイはフラフラと危うい様子で立ち上がると、右に左に揺れながら夜の闇へと姿を消した。

 それと入れ替わりで爆睡していたダナエーが僕の前に飛び込んできて、さっきのもの凄い音はなんだと僕の肩を揺すった。


「見張り番してたのアドニスだけなの!? みんな酔いつぶれてるとかそんなのハメ外し過ぎだよっ!」

「みんなそれだけ完成が嬉しかったんですよ。それに、お酒とご馳走を差し入れろと命じたのはダナエーですよ」


「そうだけど……はぁ、しょうがないなぁ……。今夜は私が番をするから、アドニスは戻って私のベッドを使いなよ」

「お気持ちは嬉しいですが、女性のベッドで眠れるほど僕はふてぶてしくありません。……というわけで、その……今夜はここで、ダナエーとご一緒してもよろしいですか?」


「んー……それはそれで面白いかな。いいよっ、アドニスが眠くなるまで一緒に付き合ってあげる!」

「……ああ、彼女の誘惑に乗らなくて正解でした。確かに刺激的ではありましたが……」


 ミレイに感じたあの燃えるような恋心に、こんな安らぎは存在しなかった。ダナエーと一緒にいると僕は気持ちが安らぐ。ダナエーは不思議な女性だ。


「ん、彼女って誰のこと……?」

「実はそのことなのですが……」


 僕は都合の悪い部分だけ割愛してミレイの襲撃を伝えた。ダナエーはわかりやすい女性なので、憤慨したり、誘いを断った僕を不思議そうに見たり、とても素直に褒めてくれた。


 僕はこの女性が大好きだ。8歳のあの日、河原で舞い踊るあの姿を見て、僕は彼女の虜になってしまった。一緒にいるだけで笑顔がこぼれて、僕とハスタの手を引いて色々な世界に連れて行ってくれた。ずっと憧れ続けてきたダナエーと、一夜限りとはいえこんな夜を過ごせるなんて僕は幸せ者だ。


「アドニス、今日までありがとう」

「こちらこそ。ハスタには悪いですが、なんだかんだ楽しかったです」


「私も! また暇があったら一緒に何か作ろうね! 約束だよ!」

「はい、喜んで!」


 星を見上げながら僕たちは夜を明かした。


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