・悪役令嬢の恩返し - 踏破不能の岸壁に、船着き場を作ろう -
金貨は私の部屋に隠した。それからとにかくやってみようということになって、私たちはあの思い出の岸壁へと歩いた。お互いにすっかり大きくなっちゃったけど、一緒に歩いているだけであの頃に戻ったかのようだった。
ここで私たちは誓いを捧げて、1月前にはついにハスタの運命を書き換えた。……それとそうだった。あの約束は私がハスタを守るのと引き替えに、私のピンチにハスタが助けにくるという約束だった。彼女は今日、誓いを守るためにここにきてくれたのかもしれない。
「綺麗だけど、ここからだと海が遠いね」
「そうだね、ここは私としても残したい。……となると、アクセスを考えると……あの辺りかな」
童心に返った私たちは手を繋いで、横並びになって岸壁沿いを歩いていった。……でもなんか物足りない。あれ、なんだろう……。
「どうしたの、ハスタ?」
「いや、うーん……こんな感じだったっけ、私たちの昔って。なんか、足りないような気が……」
私が首を傾げると、ハスタも真似をして首を傾げた。それだけで私のお姫様はかわいかった。
ああ、嫁にしたい……。こんなに綺麗な親友を、どこの誰かもわからない男に奪われることがあったら、私はしばらく寝込むことになるだろう……。
「もしかして、あそこ?」
「そう、あの辺り! あそこなら岸壁が比較的にだけど低くて現実的だし、道路も通しやすいよ」
「あ、本当。あそこに道を通したら……あ、いいかも! なんだか面白そう……!」
「へへへ、ハスタも土方色に染まりつつあるね。でもわかるよっ、これは面白いアイデアかも!」
目的地に到着すると、岸壁の下をのぞいて高さを確認してから、ここへのアクセスを確認した。南の公都セントシルからここテーバイにやってきた人たちは、ここに渡し船が始まったら必ず利用してくれる。断言したっていい。
「え、そんなの持ってきたの? なんか準備がいいね……」
「これでも中学の頃は美術部だったの」
「あれ、文芸部じゃなかったんだ?」
「それは高校からだから。……ダナエーは何部だったの?」
「サッカー部だけど?」
「あ、ダナエーっぽい……。きっと格好良かったんだろうな……」
無駄話をしながら、ハスタは平たい石ころを台にして紙に鉛筆を滑らせていった。どうやらそれは設計図のようだ。海を目指して右へ左へとスロープ道がジグザグを刻んで、私が夢中でそれを眺めていると立派な船着き場が紙の上に完成していた。
「どうかな……? 建築のこととかよくわからないから、ただの思い付きなんだけど――キャッッ?!」
「最高っっ!!」
ハスタに両肩に手を置いて、それだけじゃ情熱の炎が収まらないので抱き締めた! 最高の設計図だった!
「ほ、ほんとう……?」
「うんっ、こんなのあったらみんな喜ぶよ! 結構厄介な工事になると思うけど……でもこれ欲しい! ありがとう、ハスタッ、私ハスタが大好き!」
最高の恩返しだ。私は設計図を空に掲げて夢を見た。
「わ、わたしも、ダナエーが大好き……え、ちょっと、どこ行くのっ!?」
「ツルハシとヘルメット取ってくる! スコップの方がいいかな!? 待っててハスタ!」
「えっ、い、今から作るのっ!?」
「当然! こういうのは最初が肝心!」
私はお屋敷に戻って、ヘルメットをかぶって、ツルハシとスコップを猫車に乗せてハスタのところに戻った。ハスタはそんな私にちょっとあきれていた。
「まずは表面を削ろう! ハスタはそこで見てて!」
「わ、わたしも手伝う!」
「そう? じゃあ私が地面をツルハシで崩すから、ハスタは崩れたのをスコップで猫車に移して、海の方に捨てて」
「わかった」
「深く掘り返さなくてもいいよ。少しずつ地面を削って、旋盤加工みたいに形を作っていくから」
「旋盤加工って、何……?」
「知らない? 金属とか木をドリルで削って、形を作るやつ。えーっと、ほら、こんな感じ」
ハスタのスコップを拝借して、地面を段階的に削って見せた。やがてそこに小さな下り階段が完成すると、ハスタも理解してくれた。この階段をスロープに変えれば、理論上はハスタの設計図通りの船着き場が完成する。
「ダナエーって……頭良いのね……」
「え、そう? 私、ハスタみたいに大学とか行ってないよ?」
「そんなの関係ない。さ、やりましょ!」
「うんっ、がんばろーっ!」
反論したい気もするけど引っ込めて、私たちは地表を削っていった。岸壁沿いは土と岩が入り交じっていて、なかなか一筋縄にはいかなそうだった。
「ふぅ、ふぅ……もうダメ……」
「早っ、また30分も経ってないよっ!?」
「ごめんなさい、腕が痺れてもう動かない……」
「よく考えたら、こんなことしてたら休暇にならないよね。ハスタは休んでて、私はもう少しやってみる」
「ごめんなさい。ふぅ……王都に戻ったら、わたしは中古船を買っておくわ。それに人や馬、積み荷を載せて向こうに運べば、立派な渡し船屋さんになると思うの」
「船かぁ……そっちは全然わからないし、ハスタに任せた! あ、でもあの金貨は?」
「あれは工事予算と運営費。船とは別」
「え、どんだけお金持ちなのさ……アエネア侯爵家って……」
言葉を交わしながら私はまた工事に熱中した。ハスタはそんな私を飽きもせずに見つめて、体力が戻っては手伝いをしてくれた。
それから海が薄桃色に染まり始めた頃、メイドが呼びにきたのでお屋敷に戻ることになった。
「これ、いけるね。メチャクチャ工期はかかりそうだけど、絶対いけるよ! どうせ休学にさせられた身だし、これはいい暇潰しになりそう!」
「ふふふ……彼が見たらきっと驚くね」
「え……。彼って、誰……? まさか、ハスタの彼氏……っ!?」
ツルハシを猫車に投げ捨てて私はハスタに迫った。すると彼女はおかしそうに笑って、首を横に振る。
「彼氏なんていない。いたら、1人で保養地になんてくるわけないと思わない……?」
「あ、言われてみればそうだ。じゃあ、誰のこと?」
ハスタは質問に答えなかった。私の様子を慎重にうかがっていた。ハスタトゥースと呼ばれるこの女性は、単純な私と違ってかなり複雑な精神構造をしている。
「わたしと一緒なのに物足りない感覚、まだある?」
「え、ああ……さっきの話? あるよ、なんか変な感じというか……。で、彼って誰っ!? 彼氏ができたらちゃんと言ってくれなきゃヤダよっ!?」
「……気づいてないみたいだからやっぱり止めておく。それにわたしの王子様はハスタよ。ハスタ以上に王子様らしい人なんていない」
それ嬉しい。手が泥まみれでなかったら今すぐ抱き締めていた。
「じゃあ、ハスタは私のお姫様だね!」
「うん……そう思ってくれてるなら、とても嬉しい……。あ、でも、変な意味じゃなくて! あっ、えっと、会社の名前っ、どうするっ!?」
「ダナエー・ハスタトゥース商会、とか?」
なかなか悪くないと思うのにハスタが顔をしかめてしまった。姫はお気に召さないらしい。
「嫌かぁ……」
「ごめんなさい……。だって、自分の名前をあてるなんて、自己主張が強過ぎないかしら……」
「ハスタが控えめ過ぎるだけだと思うけど……。じゃあ、ハスタが決めて。言い出しっぺなんだから、どうせ考えてあるんでしょ?」
「う、うん……なら、デルフェニウス商会とかどうかしら。ほら、アポロデルフェニウスの伝説があったでしょ、あっちの世界だと。わたし、あの伝説が好きなの……」
「誰? ロックバンドの歌手?」
「……うん、デルフェニウス商会で決まり」
「ハズレかー。じゃあ、お笑い芸人とか?」
「違う……。デルフェニウスは、イルカに変身する神様よ……」
そういうことで、まだスロープの1段目も完成していないけれど、ここに渡し船会社デルフェニウス商会が始まった。細かな経営はハスタの担当で、私の方は力業担当だ。巨大スロープと船着き場が完成したら王都を訪ねる約束になり、私たちは肉体労働とは無縁の休暇に戻っていった。
・
夢のような日々は駆け足で過ぎ去りハスタの休暇が終わった。
「またね、ダナエー。来年は必ず、エルトリアに戻ってきてね……?」
「そのときはハスタの後輩だね! 私、実は一度ダブってみたかったんだーっ!」
「ふふふ……本当に変な人♪ それじゃ、またね……」
「うん、また……」
私たちは長い抱擁をして別れを惜しみ、そしてそれぞれの道へと戻っていった。今日までの日々はまるで子供時代に戻ったかのように輝いていて、だけどやっぱり何かが足りなかった。
彼女を乗せた6頭立て馬車が丘の彼方に消えるまで、私は一時も目を離さずに見送った。
さあ、始めよう。名残惜しさに踏ん切りを付けると、ハスタの滞在中ずっと止まっていた工事を再開させた。ハスタと同じ夢を見れるなんて夢のようだ。それもこれも、ハスタが己の運命を克服して、強くなってくれたおかげだ。
立派な船着き場を作ろう。私たちの夢はまだ始まったばかりだった。
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