・悪役令嬢と渡し船
王都のハスタを訪ねられたのは、それから一ヶ月と少し先のことになった。岩盤ばかりだった南の山岳とは異なり、潮風による侵食のある海側では十分な補強が必要なことがわかり、予定よりもかなりの手間がかかった。
地盤ごと崩れないようにスロープをアスファルト舗装して、そのスロープを荷馬車で下る実験も幾度となく繰り返した。交易商人たちは町から町へと渡ってこそ商売が成り立つので、荷馬車ごとここを渡れなければ彼らには都合が悪かった。
王都に着くなりエルトリア学園を訪ねると、まだ授業中だというのにハスタが校門の前に飛んできた。私は罰を受けての休学中のため、敷地に入ることは許されなかった。
「待たせてごめん、やっとできたよ」
「えっ、まさかもう完成したのっ!? だってまだ、1ヶ月しか経っていないのに……。ダナエーって、やっぱり凄い……」
「準備を急いでおいて正解でしたね。どうも、お久しぶりです、ダナエー」
不満なのは、なんでかお邪魔虫の王子もいたことだ……。いや、彼には感謝の言葉を伝えようと前から思っていたのだけど、どうしてもこの顔を見ると素直になれない。
「あの後、彼も出資してくれることになったの」
「嘘……なんで?」
「そんなの当然ですよ。僕にとってあそこは――」
「あっ、それより私たちの船を見に行きたい! 放課後まで待つから後でどう!?」
「ちょっとっ、僕の話を聞いて下さいよっ! 僕は――」
「アンタなんかどうでもいい! それより今は船の方が大事!」
「そ、そんなぁ……僕も出資したのに……そんなのないよぉ、ダナエー……」
女々しい。軟弱だ。あの陰謀の夜はちょっとカッコイイかなと見直したのに、普段のアドニス王子は軟弱だ。
「今から行く?」
「いいのっ!?」
「わたしたちはそれなりに信用あるから、大丈夫だと思う」
「え、これも連れてくの……?」
「だから僕も出資者だって言ってるじゃないですかーっ?!」
私とアドニス王子は目を向け合った。軟弱だけど、約束通り彼はハスタを守ってくれている。私は彼に微笑み返して、素直にそう思っていることを伝えた。彼はそんな私をずっと見つめて、なぜか赤くなって照れていた。……やっぱり、軟弱だった。
・
王都の港に着くと、ついに我が社の渡し船とのご対面だった。ただ……それは私が思っていた以上の凄い船たちだった。2隻くらいかと想像していたのに、大きな船が4隻もそこに停泊していた。
「こっちが人員輸送用のスクーナー! とにかく速くて取り回しがいいのです! どうです、立派ではありませんか!?」
「うんっ、凄くいい!!」
「そうでしょうそうでしょう! そしてこっちが、物資輸送用のナオ船です。鈍足ですが、見た目以上に多くの荷物を運べるところが魅力です!」
「こっちもでっかくて最高っ、これなら馬車なんて余裕だねっ!!」
「そうですよねっ!」
「うんうんっ、アンタ意外と話わかるじゃん!」
私と王子は人の目があるのに港でついはしゃいでしまって、ハスタは恥ずかしそうに周囲の視線を気にしていた。ところがそこに水夫の格好をした男たちが乗り込んできた。
「ダナエー、この方たちが渡し船会社デルフェニウスの社員よ。みんな、こちらがダナエー社長よ」
水夫たちは一斉に敬礼をして『ダナエー社長これからよろしくお願いします!』と、声を張り上げた。この船たちは中古船なので、安全に出航できるようにメンテナンスをさせていたと、ハスタが説明してくれた。
「ええ、こっちのスクーナーの方ならもう乗れます。我々も噂の船着き場に興味がありますね」
「え、じゃあ、今から乗せてくれたりするの……?」
「ダナエー社長、貴女がそう命じて下されば我々は喜んで! ただし、労働時間内に限りやすが」
「今は労働時間?」
「へい! 後4時間も残ってやす!」
「じゃあ、遠慮なく……保養地テーバイに出航だーっ、野郎どもぉーっ!!」
私たちはスマートでカッコイイスクーナーに乗り込んで、横からの風を受けながら港を出た!
潮風が気持ちいい! 帆船がこんなに気持ちいい乗り物なんて知らなかった!
「お、思ったよりこれは、速いですね……」
「アドニス、ダナエーは小心者はあまり好きじゃないと思う」
「わ、わかってますよ、そんなこと……っ。でも、想像より揺れて、う、うわっ……?!」
「あははっ、情けない声! 揺れるのがいいんじゃん」
「社長はたくましいっすなぁ!」
私とハスタは王子に隠れて手を繋いで、横風を受けて膨らむ三角帆と青空を見上げた。ただの少女だったあの頃は、自分が憧れ続けた海の向こうで、快速船に乗って波の上を走っているとは思わなかった。
「ありがとう、ハスタ。これがあれば何もかもが変わるよ! 父さんも領地のみんなも喜ぶ! ありがとう、ハスタは最高の親友だよ!」
「どういたしまして。これで、少しは恩返しになったかな……?」
「なったに決まってるよ! ハスタ、私やっぱりハスタのことが大好き!」
「ぼ、僕も出資したのに……ずるい……」
人前だったので私とハスタは短いハグで我慢して、お邪魔虫の王子と一緒に彼方にそびえる岸壁の土地、保養地テーバイを見つめた。
あ……なんか、この感覚は昔に似ている……。あれ、なんでだろう……。
理由がわからないので私はハスタにもう1度ハグをした。
「その、俺なんかの言葉なんて響かないかもしれませんが、同情しやすぜ、殿下」
「ぅぅ……。ありがとう、船長さん……」
そんなにハグが羨ましいなら、男は男同士でハグをすればいいと思った。
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ところがしばらくすると魔法が発動した。魔法の力は私たちを包み込んで、王都からたった1時間弱で保養地テーバイの船着き場へと運んでくれていた。陸路なら馬車で2日はかかる距離なのに、海路を使ったこの快速線ならばたった1時間だ。これはきっと魔法に違いなかった。
私たちは試験的に船着き場に停泊して、この事業が完璧であることを実感した。この岸壁が、今日までどれだけテーバイ男爵家の発展を阻んできたのかも色濃く感じた。水夫も私もハスタも王子も、あまりの到着の早さに呆然としてしまっていた。
「父上に頭を下げて、船をもう1、2隻買い足せないか出資をお願いしてみます……」
「わ、わたしも実家に手紙を書いてみる! これ……凄いっ! ここを通れば、南のグランシルまであっと言う間に行けるってことよね!?」
「普通なら馬車で6、7日はかかりますからね……」
「えー、始める前にそんなに投資して大丈夫かな……?」
水を差すようだけど、手堅くやった方が無難ではないかと思う。
「大丈夫です、僕が保証します! こんな都合のいいルートがあったら商人たちが黙ってません!」
「わたしもそう思う。忙しい立場の人は必ずこの渡し船を使う。むしろわたしが使いたいくらいよっ、ここが混んでたら困る!」
……そうだった。これがあれば私だって王都のハスタにすぐ会いに行ける。王都へと集まる美味しい食べ物がこっちに流れてくる。保養地ではずっとお預けだったスイーツ屋さんにだって行ける! 混んでたら困る!
「そう? じゃあ……私もがんばってみる! 儲かったらみんなに倍にして返すからね!」
「うん、一緒にがんばりましょ! わたし、もし迷惑じゃなかったら……これからもずっと、ハスタと同じ夢を見たい……」
私とハスタはもう1度手と手を繋ぎ合ってこの素晴らしい友情を確かめ合った。私が元気に笑いかけるとハスタは恥ずかしそうに目をそらしたり、控えめな微笑みを返してくれる。
そうしていると王子が物欲しそうにこちらを見るのでしょうがないから混ぜてあげると、どうしてか楽しさが倍になるのだから不思議だった。
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こうして王都と保養地テーバイを繋ぐ渡し船事業は――その後、いともあっさりと大成功を収めた。たった4隻の船ではまったく足が足りず、港で停泊中の船や、近隣の漁師を総動員してもまだ足りなかった。
1時間で王都に行ける海路がある。対する陸路は法外な通行料を払わされる上に2日もかかる。需要は引く手あまた。保養地テーバイは船と交易商人と、王都を目指す旅人たちでごった返した。
この様子ならば避暑地としてだけではなく、いつかは王都から日帰りで帰れる観光地としてもやっていけるかもしれない。船着き場があるのだから宿場町にだってなれる。ハスタの思い付きから始まった渡し船事業は、私の愛する故郷に希望と繁栄の夢を生み出してくれていた。




