七月二十日日曜日
誠一郎の五メートルほど前に座っているジェイソン、そしてその彼のそのまた五メートルほど向こうにツリーオブライフがあった。
ラウンドとラウンドの間、ダンサー達はツリーオブライフの細い影に身を寄せあうように座っていた。あと一日の儀礼。乾きと飢え、強い陽差しに炎症を起こしている上半身、そしてピアシィングされブレイクされ切り裂かれた皮膚の一部、それらに押しつぶされそうになりながらも、矜持を胸に秘める姿に誠一郎は魅了された。ここに至ってもそこへ自分を置いてみることは困難に思えた。誠一郎は彼らの背中を見据え、彼らの背後七〜八メートルのアーバー外縁にいた。目の前には、プレイヤータイと黄色く塗られた石の境界線があった。誠一郎は彼らの背中や赤黒い横顔を見ながら地面に座った。彼らの先にあるツリーオブライフを視界の中央に置き瞑想したいと思った。ラウンドとラウンドの間、休息は時として二〜三時間に及ぶ。午後の光が少し斜めに傾き始めていた。時折涼しい風が吹く度に、ダンサー達の表情にわずかな起伏が見られるような気がしたが、その表情のほとんどは疲労で覆い尽くされていた。誠一郎は彼らになんとか自らの力を送りたかった。祈りに飢えと渇きと疲労を凌ぐ力を込めて、彼らの体内に送り込みたいと願った。それは四度のハンブレイチャの際に、常にワレスが口にしていたことだった。山に籠もる者達のかわりに、ベースキャンプのサポーターは、食事と飲み物を摂り、摂取したエネルギーを意識して山の者に送ることによって彼らは支えられるという教えだった。当時、山の中でハンブレイチャを行っていた誠一郎は特別な力をサポーターから感じとることはなかったが、かといって著しい飢えや渇きに悩まされることもなかった。しかしこのことを意識し始めたのは前年、啓宇が肝硬変で入院し食事を摂ることが出来なくなり意識が薄れた時だった。医者からはあと数日の命と宣告されていた。鼻には酸素を送る管が備えられ、腕には点滴の管、そして排尿を手伝う管とありとあらゆる管に体は覆われていた。症状末期、誠一郎が彼を訪れた頃には、少しだけ回復していた意識も、その頃にはほとんど目を開けることはあっても焦点は合っていないようだった。その時はじめてワレスの教えを信じたいと誠一郎は思った。
山の中で誠一郎は飢えや渇きを感じた時、彼はよく昔の事を想い出した。精子が他界してから、啓宇と誠一郎は一緒に食事に出かけることもなくなった。誠一郎が進学も決まらず、高校の卒業式さえも欠席しようとした時、啓宇は誠一郎に親として参加したいと伝えた。その言葉は誠一郎にとっては意外だった。映画制作を学ぶため留学を希望していたが、学校にも親にも反対され、高校三年後半の誠一郎は、級友が大学入試に専念し十八歳という情熱と希望を勉学に注ぎ充実した時間を過ごしている間、空振りの毎日を送っていた。その時の誠一郎にとって、目標に向かってただひたすら情熱を燃やしている級友と同じ空間を共有することは苦痛であり、結果として卒業のために必要なぎりぎりの出席日数しか登校しなかった。当時、一流と言われた国内の大学へ、生徒を進学させることを目的とした誠一郎の高校には、留学という選択肢はなかった。そして決められた道筋を外れる者は、おちこぼれとして扱われ、その者の偏差値に合わせた国内大学・学部を自動的に割り振られる以外、指導方法は存在しなかった。そういった学校側の対応は、誠一郎にとって無関心やら無感覚にうつり大人や社会への不信感を増長させた。そしてその学校の卒業式に参加することは、誠一郎にとって形骸化した教育を肯定することに思えた。過剰な反応を示す年頃だったにせよ、当時の彼にとってもはや必要ではなかった。しかし啓宇がその形式にこだわりの姿勢を見せたことは少なからず誠一郎にとって意外に思え、高校最後の年の初夏に行われた進路面談を想い出させた。留学に対して全く理解を示さなかった啓宇だったが、同時に高校側の提示する進路対応、本人の適応性を無視した防衛大学校や、総合事務職への専門学校斡旋に落胆していた。誠一郎の提案した留学と、高校が提示する進路、敬宇はどちらにも納得しなかった。しかし進路面談の場で、父親が高校側の示す進路を本人の前で否定したことは、精子が他界して初めて敬宇が誠一郎に見せた関心と情熱に思えた。卒業式前後においても、二人は全く会話を交わさなかった。誠一郎も留学をそれ以上願い出ることを諦めていた。啓宇は式の後、誠一郎を市内にある鰻屋へ連れて行った。啓宇はビールを飲むだけで、今後の進学について何も口にしなかった。誠一郎も目の前にある鰻を黙々と口に運ぶだけで、手をつけずにそのままになっている啓宇の鰻までをも、無言で勧められるままきれいに平らげた。満腹感から誠一郎はその時初めて気持ちが和らいだ。高校三年間、ずっと内側でくすぶっては爆発を繰り返していた束縛と疎外感からようやく解放された気がした。ハンブレイチャの山で空腹に悩まされると、誠一郎は啓宇の前で食べた光景を繰り返し想い出した。そして再び誠一郎はその鰻屋を訪れ、二人前を購入し、啓宇の病室で一人無言で食べた。隣で横になっている啓宇にその鰻の匂いや温もりが伝わったかどうか分からなかった。あの時の味はこんなものだったのかと確かめながら誠一郎は二人前を食べた。そしてこの体にわき上がる満腹感や活力が、啓宇の体内に流れ込んで欲しいと心から願った。
それに似た想いを初めて他人に対して誠一郎は抱いた。自分の子に対してそう強く感じたことがあったかあまり自信はなかった。目の前にいるダンサーに対して、三度の食事と飲み物を摂取しているこの肉体から、彼らの体内へこの想いと活力を届けたかった。誠一郎の目の前にはくっきりと境界線が横たわっていた。プレイアータイが結ばれた三十センチほどの赤い木の枝の列、そして南東を指す黄色いペンキの施された石の列が、ダンサーとツリーオブライフの円陣の聖域、ラコタ語で「ホコカ」、英語で「アーバー」と呼ばれるその舞台との境界を示していた。誠一郎にはそのアーバーに踏み入れる勇気もなく、そのアーバーで繰り広げられているピアシングとブレイクという行為、そこに含まれる痛みと恐怖に緊張を強いられているだけだった。野蛮な振る舞いと洗練された様式が複雑に交錯し、観る者を激しく揺さぶった。そしてわき上がる疑問に論理的であろうとする誠一郎の思考を凌駕し混乱させた。論理的であろうとすればするほど、彼の思考は右往左往するのみで狼狽えてしまった。そして誠一郎はいつしかそのような思考と判断を放棄した。
誠一郎は目の前の境界線を越えたアーバーで疲れ切ったジェイソンの背中を見ていた。ジェイソンとは、一度だけ、誠一郎が参加したハンブレイチャで顔を合わせていた。そしてこのサンダンスにダンサーとして参加している唯一の知人だった。しかしながら彼とは挨拶を交わすのみで、白人の彼がどうしてネイティブアメリカンの儀礼に参加するようになったかなど知らなかった。彼は四十代後半でずいぶんお腹も出てきており、その穏和な表情からしても落ち着いた人生を送ってきたように誠一郎には思えた。その彼がなぜこの祭儀に参加し、自分の肉体の痛みを捧げなくてはならないのか誠一郎には興味があった。誠一郎がこのサンダンスに参加する前に、この祭儀に対して想い描いていた疑念も、常に目の前で浮き沈みを繰り返していた。それは痛みを克服することによって得られる達成感、コミュニティーのなかで得られる声望、それらを通して生まれる虚勢だった。それらを確実にその場で感じていたし、それだけの為で参加したのではないのかと思わせる言動を見聞きもした。しかし全てのダンサーがそうであるということもなかった。ネイティブアメリカンの美徳でもある謙虚さばかりが感じられる多くの者とも出会った。そしてジェイソンは、その謙虚さを既に身にまとった人物だった。しかしその謙虚さを既に身につけているジェイソンが、なぜこのサンダンスに参加しなければならないのか。勇気やら犠牲の精神を他人に見せつける行為は、誠一郎にとっては虚栄心としてしか映らなかったし、その誠一郎の猜疑心は祭儀が三日過ぎても消えてはいなかった。誠一郎は毎日、時間にばらつきはあるものの、ダンスと歌の合間、ジェイソンがアーバー内で休んでいる頃合いに彼の背中を見ながら瞑想を試みた。そしてこの日初めてジェイソンの胸元のペグからのばされた縄、そしてその先端がつながれたツリーオブライフを注視しようと思った。誠一郎の五メートルほど前に座っているジェイソン、そしてその彼のそのまた五メートルほど向こうにツリーオブライフがあった。誠一郎は座禅を組み、意識を集中させゆっくりと深呼吸を始めた。その引き延ばされた呼吸を幾度か続ける間、誠一郎は彼の体に力が入っている箇所がないか、ゆっくりと意識を体内に張り巡らした。そしてそれら力みを見つける度に、一つ一つほぐしていった。座禅を組み折り曲げられ、重なりあった脚の接点さえ力が入らないように確認した。そうすることによって、重心がゆっくりと肺から腰のあたりに沈んでいった。その間も彼のまぶたは半分だけ閉じられ、ジェイソンの背中と縄、そしてツリーオブライフが、薄暗く見えていた。それはこの山で初めて迎える、あの日蝕の陰に包まれた空間の現出だった。ジェイソンとツリーオブライフを結んだ縄が垂直に見えた。その縄とツリーオブライフを注視すると、その縄が誠一郎の体から延びている錯覚を覚えた。そこに足りないのは、誠一郎の胸を切り裂き組み込まれたペグと、その傷口からくる痛みだった。しかしそれさえも忘れてしまう静けさと心の落ち着きを誠一郎はその瞑想から享受した。目の前に青い空が広がった。それは空だと誠一郎は最初思った。だがそれは空色であり数ミリ程目の前に突如現れた空色の壁だった。それは誠一郎自身がその空色に含まれている距離感と浮遊感を与えた。一呼吸置くと、その空色の壁は左から右に目の前を通り過ぎる地下鉄の電車の様に流れ、誠一郎の視覚は今まで焦点の合っていた空色の壁の表面を認識することが出来なくなるほど急速に流れた。それは自分自身が急速に移動しているようにも感じられた。しばらくして流れていた目の前の壁がゆっくりと止まり、木の幹の表面が視界全体に二次元のように平たく広がった。誠一郎はその壁に飛び込みたいという衝動に襲われると、次の瞬間、既に体半分が吸い込まれていることに気づいた。そして上の方に吸引される重力を感じ、再び目の前の木の表皮が上から下に流れた。視界が突然明るくなると、誠一郎は俯瞰で地面に座る自分の姿を捉えていた。ジェイソンともう一人の自分の間にある黄色いペンキの施された石の列、曲線を描いたその境界線の外縁に茂る低木、木陰で談笑している長老たち、そして休息中の鼓手と歌い手達の姿が見えた。
「小さき者、私はあなたより背丈は大きいがここにいる一部の人間よりはまだまだ若い。私の幹に小さき者が触れるのは気持がよいものだ。私の体は枝が切り落とされ、根が切断されている。その痛みは確かに存在するけれども、その痛みは比較されるものではない。子犬が頭や体をなでられることを喜ぶように、私自身小さき者からさすられたり、体を寄せられたり抱擁されることがとても気持ちよい。」
その声は声でありながらも、人が口に出し空気を振るわせ相手に伝わる時間を要し耳に響く声ではなかった。声はその感情と共に固まりのようなものとして瞬間的に誠一郎に預けられた。その固まりを解凍し言葉に置き換えようと心が動いた時、誠一郎は木の先端の俯瞰の位置から自分を見下ろしてはいなかった。地面で座禅し目の前にあるツリーオブライフと向き合っていた。そしてこの瞬間に起きた出来事に動揺した。何が起きたのか一瞬理解できなかった。目の前の木の温もりと、その慈愛らしき感情が自らの体内で力強く揺らいでいた。それと同時に理解した。誠一郎はツリーオブライフの意識に招かれ、その木の視界に留まり、その感情と声を知覚共有し、地に座るもう一人の自身に照射した。そして再び誠一郎自身の肉体に戻り、その意志を自らの軀に馴染ませるようにゆっくりと浸らせた。
それまで境界線の外から眺めていた光景、ダンサー達の疲れ切った肉体、日焼けし炎症を起こした皮膚、そしてピアシングによって切り裂かれ血が流れている傷口、それらから受ける印象とは程遠い情景がその俯瞰の位置には広がっていた。少なくともそう感じた。ダンサーの内面で起きている現象、彼らの胸から伸びた縄で結ばれたツリーオブライフの慈しみと犠牲、四日間の祭儀の間、交わされている交感は誠一郎の思索を超越していると確信した。彼がそれまで抱いていた疑念は、自分の器の小ささを改めて認識させるだけだった。誠一郎はほんの半時間ほどの瞑想で受け取った教示と、目の前のダンサー達が四日間昼夜を通し享受する内的現象の巨大さを比較し想像せずにはいられなかった。だが彼がその未知なる巨大さを想像できるはずもなかった。この祭儀に辿り着いたネイティブアメリカンの歴史と文化の象徴でもある神聖なるものとの結びつき、その顕現の一部を垣間見てしまったあと、彼が過ごした母国の儀礼を考えずにはいられなかった。誠一郎にはそれらが既に風化し形骸化されてしまったように感じられた。ここにいるネイティブアメリカンの長老達が、その風化を防ぐべき毎年これだけの人々を集め、儀礼の享受、恩恵を伝承していた。誠一郎は初めて彼の心の中にある喪失感は、母親の喪失感だけではないと感じた。