初めての選択
「……圭太」
誠の声が少し低い。
「……なんだ」
「さっきの話」
「……」
分かっている。
「……選ぶってやつか」
「ああ」
短く答える。
「……マジで来るのか」
誠が空を見上げる。
「……来るだろうな」
逃げられない。
「……」
二人の間に沈黙が落ちる。
⸻
その時だった。
「――すみません!」
後ろから声がした。
振り向く。
「……あんた」
ギルドで見た受付の女だ。
「……どうしたんですか、そんな顔して」
少し息を切らしている。
「……いや」
誠が答える。
「なんでもねえよ」
「……」
だが受付の女はじっと俺を見てくる。
「……?」
「……あの」
少し戸惑いながら言う。
「さっき……何かありました?」
「……何かって?」
「いえ……その……」
言葉を選んでいる。
「……誰かが、いなくなったような……」
「……っ!」
心臓が跳ねる。
「……気づいたのか」
思わず口に出る。
「え?」
受付の女が首を傾げる。
「……」
やっぱりだ。
「……圭太」
誠が小声で言う。
「こいつ……」
「ああ」
完全じゃない。
まだ“ズレ”を感じている。
⸻
その時。
ドクン――
「……っ」
頭に強い衝撃が走る。
「……来たな」
誠が低く言う。
「……ああ」
視界の端が白くなる。
『……けい……た……』
声が響く。
「……くそ」
来る。
今、このタイミングで。
⸻
「……圭太!」
誠が肩を掴む。
「……今か?」
「ああ……!」
息が荒くなる。
「……やばいな」
誠が周囲を見る。
「人が多すぎる」
「……」
その通りだ。
ここで“思い出す”と――
「……誰か消える」
確信がある。
⸻
「……どうする」
誠が聞く。
「……」
答えは出ている。
だが――
「……まだ、選べねえ」
「……だよな」
誠は苦笑する。
「じゃあ止めるか」
「……」
止める。
つまり――
「……思い出さない」
「そうだ」
誠が言う。
「今はな」
⸻
『……けい……た……』
声が強くなる。
「……っ!」
意識が引っ張られる。
「……くそ……!」
膝が崩れそうになる。
⸻
その時。
「――大丈夫ですか!?」
受付の女が駆け寄ってくる。
「……触るな!」
思わず叫ぶ。
「……えっ」
驚いて手を止める。
「……近づくな」
息を整えながら言う。
「……」
受付の女は困惑している。
「……」
そして、気づく。
「……まずい」
「何がだ」
誠が聞く。
「……こいつ」
受付の女を見る。
「……消える側だ」
「……!」
誠の表情が変わる。
⸻
『……思い出して……』
声がさらに近づく。
「……くそ……!」
選ばされる。
「……」
頭の中に浮かぶ。
⸻
少女の手。
「思い出して」
⸻
「……」
もう逃げられない。
⸻
「……圭太」
誠が言う。
「決めろ」
「……」
「どっちだ」
⸻
思い出すか。
止めるか。
⸻
「……」
拳を握る。
「……悪い」
小さく呟く。
「……今回は」
⸻
「……止める」
⸻
その瞬間。
意識を無理やり引き戻す。
「……あああああっ!!」
頭を押さえ、踏ん張る。
「圭太!」
誠が支える。
「……戻れ……!」
必死に抗う。
「……今じゃねえ……!」
⸻
数秒。
いや、もっと長かったかもしれない。
⸻
ふっと、静かになる。
「……はぁ……」
息を吐く。
「……止まったか」
誠が確認する。
「……ああ」
なんとか、抑えた。
⸻
「……大丈夫ですか?」
受付の女が恐る恐る聞く。
「……ああ」
俺は答える。
「……助かった」
小さく呟く。
⸻
「……今の」
誠が言う。
「ああ」
「選んだな」
「……ああ」
拳を見る。
震えている。
⸻
「……助かったな」
誠が受付の女を見る。
「……はい?」
意味が分かっていない。
当然だ。
⸻
「……圭太」
誠が真剣な顔で言う。
「次はどうする」
「……」
答えは出ていない。
だが――
「……分かったことがある」
「なんだ」
「……止められる」
小さく言う。
「……でも」
「……ああ」
誠も理解している。
⸻
止めれば――
「……何も進まない」
⸻
俺は空を見上げる。
「……どっちも地獄だな」
小さく笑う。
⸻
思い出せば、誰かが消える。
止めれば、何も救えない。
⸻
「……」
それでも――
「……選ぶしかねえんだな」
静かに呟く。
白の向こう側にある世界は、
ついに俺に“初めての選択”をさせた。
そしてそれは――
ほんの始まりに過ぎなかった。




