引き出した記憶
翌日。
「調子どうだ?」
誠がパンをかじりながら聞いてくる。
「……悪くはない」
正直な感想だった。
頭の重さも、昨日ほどじゃない。
「じゃあいけるな」
誠はニヤッと笑う。
「何がだよ」
「応用だよ」
「……お前な」
ため息が出る。
だが――
「……少しだけならな」
自分でも驚くほど、冷静にそう言っていた。
誠は「よし」と満足そうに頷く。
⸻
ギルドに向かう途中、俺は考えていた。
“浅く触れる”
それはできた。
なら次は――
「引き出す」
ただ見るだけじゃなく、少しだけ“持ってくる”。
「……危険だな」
自分で言っていてそう思う。
「危険じゃないことなんてねえだろ」
誠があっさり言う。
「……まあな」
ギルドに着くと、いつも通りの賑わいだった。
だが、昨日までとは少し違う。
「視線、多いな」
誠が小声で言う。
「星5のせいだろ」
俺も小さく答える。
受付で依頼を確認する。
「今日はこれにするか」
誠が紙を指さす。
・荷物運搬補助(街外れ)
「戦闘は少なそうだな」
「ちょうどいい」
俺は頷いた。
⸻
街外れへ向かう道。
人通りは少なく、静かだ。
「ここら辺なら試せるな」
誠が周囲を見て言う。
「……やるのか」
「お前次第だ」
俺は立ち止まる。
深呼吸。
「……やる」
誠は少しだけ距離を取った。
「何かあったら止める」
「ああ」
目を閉じる。
白を探す。
“浅く触れる”
昨日と同じように。
『……』
すぐに反応がある。
「……早いな」
前よりも、近い。
「ここまで」
線を引く。
それ以上は行かない。
白が滲む。
影が見える。
「……来たな」
「圭太?」
誠の声。
「大丈夫だ」
俺は答える。
まだ、ここにいる。
『……けい……た……』
声が聞こえる。
「……」
今回は、逃げない。
「……見せろ」
小さく呟く。
意識を少しだけ押し込む。
深くは行かない。
“触れるだけ”
その瞬間――
視界が変わる。
⸻
風が吹いている。
白じゃない。
色がある。
「……ここは」
草原。
空は青い。
「……」
足元を見る。
自分じゃない。
誰かの視点。
「……これが」
記憶。
「圭太!」
声がする。
振り向く。
そこに――
少女がいた。
「……!」
息が止まる。
長い髪。
柔らかい表情。
「……高梨?」
違う。
だが、同じだ。
「どうしたの?」
少女が笑う。
「ぼーっとして」
「……」
言葉が出ない。
「行こ?」
手を差し出してくる。
その手を――
「……っ」
触れようとした瞬間。
「――戻れ!!」
誠の声。
視界が引き裂かれる。
⸻
「……はっ!」
現実に戻る。
息が荒い。
「おい、大丈夫か!?」
誠が肩を掴む。
「……ああ」
だが、手が震えている。
「今の……」
確かに見た。
「記憶……だった」
「見えたのか?」
誠が食い気味に聞く。
「……ああ」
空を見上げる。
「色があった」
白じゃない。
ちゃんとした世界。
「……女の子がいた」
「高梨か?」
「……似てた」
だが、違う。
「もっと……」
言葉を探す。
「……近い感じだった」
誠は黙って聞いている。
「……俺はあそこにいた」
自分じゃないのに、自分だった。
「……おかしいな」
思わず笑う。
「頭おかしくなりそうだ」
「元からだろ」
誠が軽く言う。
「うるせえ」
だが、その軽さに救われる。
「で、どうなんだ?」
誠が聞く。
「引き出せたのか?」
「……少しだけな」
俺は頷く。
「完全じゃない」
「でも成功だな」
誠はニヤッと笑う。
「……そうだな」
確かに、前進はしている。
だが――
「……危ない」
はっきり分かる。
あれは、危険だ。
「もう少しで戻れなくなってた」
「だろうな」
誠は真顔になる。
「だから俺がいる」
「……頼りにしてるよ」
素直に言う。
誠は少しだけ驚いた顔をしてから、
「任せとけ」
と笑った。
⸻
歩きながら、俺は考えていた。
「……記憶」
あの少女。
あの場所。
「……あれが元の世界か?」
それとも――
「……違うな」
もっと前。
もっと根本。
「圭太?」
誠が振り返る。
「……なんでもない」
だが、確信に近い感覚があった。
あれは――
「……俺が忘れてる世界だ」
小さく呟く。
白の向こう側にあるもの。
それはきっと――
まだ、全部は見えていない。




