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白の向こう側にある世界  作者: 吉田 みゆな
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引いた線の内側

「なあ圭太」


天井を見ながら、誠がぽつりと言った。


「なんだ」

「線ってさ、どうやって引くんだ?」


「……俺が聞きたい」


ラディンさんの言葉は分かった。


だが、具体的にどうすればいいのかは何も分かっていない。


「感覚ってやつじゃねえの?」

誠は軽く言う。


「それが一番困るんだよ」

俺はため息をつく。


感覚で命の線を決めろなんて、無茶にもほどがある。


「試すしかねえな」

誠が起き上がる。


「は?」

「ここで」


「……正気か?」

思わず聞き返す。


「ラディンの言ってた“浅く触れる”ってやつ、やってみろよ」

誠は真顔だった。


「俺が見てる。ヤバそうなら止める」


「簡単に言うな」

「簡単じゃねえよ」


即答だった。


「でもやらねえと、もっとヤバくなるだろ」


「……」

言い返せない。


確かに、その通りだ。


「……分かった」

俺はゆっくりと体を起こす。


「やる」


誠はニヤッと笑った。

「そうこなくっちゃな」



椅子に座る。


深呼吸。


「……浅く、か」


目を閉じる。


白を“探す”。


今までは、勝手に引きずられていた。


だが今回は違う。


「触れるだけ」


そう意識する。


深く行かない。


踏み込まない。


“線”を越えない。


『……』


何もない。


「……来ないか」


少しだけ安心しかけた、その時。


視界の奥に、白がにじむ。


「……来たな」


ゆっくりだ。


前みたいな急激な侵食じゃない。


「圭太?」

誠の声が遠くなる。


「大丈夫だ」

俺は答える。


まだ、ここにいる。


「ここまでだ」


心の中で線を引く。


それ以上は行かない。


『……けい……た……』


声が聞こえる。


「……聞こえる」

小さく呟く。


だが、前より弱い。


「来い」

俺は逆に呼びかける。


一歩だけ、近づく。


「ここまでだ」


それ以上は行かない。


『……』


白の中に、影が揺れる。


「……見える」


ぼんやりとした輪郭。


あの女性。


「……それ以上来るな」

俺は言う。


影は止まった。


「……」


初めてだった。


向こうの動きを止めた。


「……できるのか」


その瞬間、少しだけ気が緩んだ。


「――っ!」


一気に引き込まれる。


「しまっ……!」


白が広がる。


境界が消える。


『……もっと……』


声が強くなる。


「……っ!」


「圭太!!」


誠の声。


現実が引き戻そうとする。


「戻れ……!」


俺は必死に踏みとどまる。


「ここまでだ……!」


線を思い出す。


越えるな。


越えたら戻れない。


「……戻れ!!」


叫ぶ。


白が割れる。


視界が弾ける。



「……はっ!」


目を開ける。


誠が目の前にいた。


「大丈夫か!?」


肩を掴まれている。


「……ああ」

息が荒い。


だが――


「戻ってこれた」


確かな実感があった。


「……今の、やばかったぞ」

誠が真剣な顔で言う。


「分かってる」

俺は頷く。


「でも……」


手を見る。


震えている。


「できた」


「何がだ?」

「止めた」


「……は?」


「向こうの動きを」

俺はゆっくりと言う。


誠は一瞬固まってから、

「マジかよ」

と呟いた。


「……完全じゃない」

俺は首を振る。


「ちょっとでも気を抜くと引きずられる」


「だろうな」

誠は苦笑する。


「でもよ」


腕を組む。


「さっきのお前、今までと違ったぞ」


「……そうか?」


「ああ」

即答だった。


「引っ張られてるんじゃなくて、自分で触ってた」


その言葉に、少しだけ驚いた。


「……そうか」


確かに、そうかもしれない。


「なあ」

誠が真面目な声で言う。


「これ、使えるんじゃねえか?」


「……使う?」

俺は眉をひそめる。


「さっきみたいによ」

誠は続ける。


「浅く触れて、ちょっとだけ引き出す」


「……危なすぎるだろ」

即答した。


「でも強いぞ」

誠はニヤリと笑う。


「俺の風と合わせたらどうなるか、ちょっと気になる」


「お前な……」

呆れる。


だが――


「……」

少しだけ、考える。


「……やめとけ」

俺は首を振る。


「今はまだ制御もできてない」


「だな」

誠はあっさり引いた。


「死んだら意味ねえし」


その軽さに、少しだけ救われる。


「……でも」

俺は小さく呟く。


「やり方は見えた」


線を引く。


浅く触れる。


引きずられない。


「……次は、もう少し安定させる」


誠はニッと笑った。

「おう、それでいい」


俺は窓の外を見る。


普通の街。


普通の景色。


だが、その奥に――


「……いるんだよな」


白は、確実に存在している。


そして俺は、それに触れている。


「……引いた線の内側」


小さく呟く。


今はまだ、ここにいる。


だがいつか――


その線は、消えるかもしれない。

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