すれ違う存在
翌朝、目が覚めたときには昨日の疲れが少し残っていた。
「……ん」
体を起こすと、誠はもう起きていた。
「おはよーさん」
「珍しく早いな」
「腹減った」
理由が単純すぎる。
「ギルド行くか」
「ああ」
軽く準備を済ませて部屋を出る。
階段を降りると、昨日と同じようにギルドは賑わっていたが、どこか視線が増えている気がした。
「なんか見られてねえか?」
誠も同じことを感じたらしい。
「昨日の依頼のせいだろ」
俺は小さく答える。
正直、あまりいい気分じゃない。
受付に向かうと、お姉さんはすぐに気づいた。
「おはようございます。お二人とも」
「おはようございます」
俺は軽く頭を下げる。
「今日も依頼を?」
「ああ」
そう言うと、お姉さんは少しだけ表情を引き締めた。
「でしたら、こちらなどはいかがでしょうか」
差し出された紙を見る。
・巡回補助(東区・スラム周辺)
「巡回?」
誠が首を傾げる。
「最近、スラム周辺で小さなトラブルが増えていまして。警備の方の補助になります」
お姉さんが説明する。
「戦うのか?」
「基本的には威嚇や抑止です。ただし状況によっては……」
「なるほどな」
誠は納得したように頷く。
俺は少しだけ考えた。
スラム。
ティルが言っていた場所だ。
「これ、受けるか?」
誠が聞いてくる。
「……ああ」
俺は頷いた。
⸻
東区に向かうにつれて、街の雰囲気が変わっていく。
建物は古くなり、人通りも雑多になる。
「ここがスラムか」
誠が辺りを見回す。
「みたいだな」
視線が刺さる。
明らかに、さっきまでとは違う種類の目だ。
「なんか落ち着かねえな」
誠もさすがに気を引き締めている。
指定された場所に着くと、警備の男が立っていた。
「お前らがギルドから来たやつか?」
「ああ」
誠が答える。
「ついて来い」
男は短く言って歩き出す。
俺たちはその後ろについて巡回を始めた。
特に大きな事件はない。
だが、小競り合いや口論はあちこちで起きている。
「思ったよりピリピリしてるな」
誠が小声で言う。
「金と力がものを言う場所って言ってただろ」
俺も周囲を警戒しながら答える。
そのときだった。
「……ん?」
視界の端に、違和感があった。
「どうした?」
誠が聞く。
「いや……今、あそこに」
路地の奥を指さす。
そこに、一瞬だけ――
白い何かが見えた気がした。
「誰もいねえぞ」
誠が覗き込む。
確かに、何もない。
「……気のせいか」
俺はそう言った。
だが、胸の奥がざわつく。
「続けるぞ」
警備の男が言う。
俺たちは再び歩き出した。
⸻
巡回を続けてしばらく。
裏路地に差し掛かったとき、騒ぎが起きていた。
「やめろって言ってんだろ!」
「うるせえ!」
数人の男が揉めている。
「ちっ」
警備の男が舌打ちする。
「おい、散れ!」
大声で制止に入る。
だが、男の一人がナイフを抜いた。
「おいおい、物騒だな」
誠が前に出る。
「圭太、下がってろ」
俺は言われるまま少し後ろに下がる。
「来るぞ!」
警備の男が叫ぶ。
ナイフを持った男が突っ込んでくる。
誠が手をかざす。
風が起きる――
はずだった。
「……っ!?」
その瞬間、誠の動きが一瞬止まった。
「どうした!」
俺が叫ぶ。
「わかんねえ、なんか――」
誠の言葉が途切れる。
空気が、変わった。
ゾワッとした感覚が背中を走る。
「……またか」
俺は小さく呟いた。
視界が歪む。
白が、滲む。
目の前の男の動きが遅くなる。
『……そこじゃない……』
声。
昨日よりはっきりしている。
「……!」
俺の体が動く。
ナイフを持つ男の腕を避け、手首を叩く。
カラン、とナイフが落ちる。
そのまま足を払う。
ドサッ
男が倒れる。
「なっ……」
警備の男が驚いた声を出す。
誠も固まっている。
白が消える。
現実に戻る。
「……はっ」
俺は息を吐く。
今のは――
「お前……」
誠がこっちを見る。
「大丈夫か」
俺は逆に聞いた。
「いや、それはこっちのセリフだろ」
誠が苦笑する。
「今の動き、完全に俺より上だったぞ」
「そんなわけあるか」
俺は首を振る。
だが、否定しきれない。
「とにかく、これで収まったな」
警備の男が周囲を見回す。
他の連中も、完全にやる気を失っていた。
「……助かった」
男が俺たちを見る。
「依頼は完了でいい」
「ああ」
誠が答える。
⸻
ギルドへ戻る途中、誠が言った。
「さっき、変な感じしなかったか?」
「……した」
「風、出そうとしても出なかった」
誠は手のひらを見ながら言う。
「止められたみたいだった」
その言葉に、俺は引っかかった。
「止められた……」
俺が“干渉”した瞬間。
誠の力が止まった。
偶然か?
それとも――
「圭太」
誠が真剣な顔で言う。
「お前のそれ、俺のとぶつかってねえか?」
「……」
言葉が出ない。
「俺は風で動かしてる」
誠は続ける。
「でもお前は……」
「別の何かだろ」
確信に近い言い方だった。
「……わからない」
俺は正直に言った。
だが一つだけ、はっきりしている。
さっきの“白”。
あれは確実に、現実に影響している。
「……近づいてるな」
誠が言う。
「何にだよ」
俺は苦笑する。
「知らねえよ」
誠はいつものように笑った。
だがその目は、少しだけ真剣だった。
俺は空を見上げる。
青い。
普通の空だ。
なのに、どこか遠く感じる。
「……すれ違ってるのかもな」
小さく呟く。
「何が?」
誠が聞く。
「こっちと、あっちが」
風が吹いた。
だがその風は、誠のものではなかった。




