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契約   作者: 時ノやんざ(ときのやんざ)
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9/9

世界


『鏡月』


その名を呼ばれた瞬間。


世界が割れた。


ピシ。


最初は、そんな小さな音だった。


氷に爪を立てたような。


薄い鏡の表面に、一本だけ線が走るような。


だが、次の瞬間。


ピシ、ピシピシピシッ――。


音が増えた。


耳で聞こえたわけじゃない。


頭の奥。


眼球の裏。


歯の根元。


骨の内側に、直接ひびが広がっていく。


「――っ」


俺は息を呑もうとした。


けれど、空気がない。


吸い込むはずの息まで、ひび割れていた。


白い月が歪む。


暗闇が裂ける。


足元のない世界に、蜘蛛の巣みたいな亀裂が走っていく。


パキン。


何かが欠けた。


その音で、俺の胸の奥も一緒に割れた気がした。


「う……」


声が出ない。


逃げようとしても、


パキ、パキパキ、ミシミシミシッ。


世界が耐えきれずに軋む。


鏡が割れる音。


氷が砕ける音。


古い骨が曲がる音。


その全部が混ざって、精神世界の奥で鳴っていた。


バキィッ――!


決定的な亀裂が、白い月の真ん中を貫いた。


女の姿が、その向こうで歪む。


遠くなる。


近くなる。


声だけが、亀裂の隙間から落ちてきた。


『まだ、終わってない』


直後。


ガシャンッ。


世界が、砕け散った。


その破片が全部、俺の意識に突き刺さる。


暗闇も。


月光も。


女の声も。


鏡月という名も。


「――うぐ……っ!」


次の瞬間、俺は現実に叩きつけられていた。


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