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世界
『鏡月』
その名を呼ばれた瞬間。
世界が割れた。
ピシ。
最初は、そんな小さな音だった。
氷に爪を立てたような。
薄い鏡の表面に、一本だけ線が走るような。
だが、次の瞬間。
ピシ、ピシピシピシッ――。
音が増えた。
耳で聞こえたわけじゃない。
頭の奥。
眼球の裏。
歯の根元。
骨の内側に、直接ひびが広がっていく。
「――っ」
俺は息を呑もうとした。
けれど、空気がない。
吸い込むはずの息まで、ひび割れていた。
白い月が歪む。
暗闇が裂ける。
足元のない世界に、蜘蛛の巣みたいな亀裂が走っていく。
パキン。
何かが欠けた。
その音で、俺の胸の奥も一緒に割れた気がした。
「う……」
声が出ない。
逃げようとしても、
パキ、パキパキ、ミシミシミシッ。
世界が耐えきれずに軋む。
鏡が割れる音。
氷が砕ける音。
古い骨が曲がる音。
その全部が混ざって、精神世界の奥で鳴っていた。
バキィッ――!
決定的な亀裂が、白い月の真ん中を貫いた。
女の姿が、その向こうで歪む。
遠くなる。
近くなる。
声だけが、亀裂の隙間から落ちてきた。
『まだ、終わってない』
直後。
ガシャンッ。
世界が、砕け散った。
その破片が全部、俺の意識に突き刺さる。
暗闇も。
月光も。
女の声も。
鏡月という名も。
「――うぐ……っ!」
次の瞬間、俺は現実に叩きつけられていた。




