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お泊り初日の、おまけ話です。

 どうやら柿崎は飲み過ぎている様だった。

 烏龍茶を飲ませつつ最後まで居させたのだが、店を出た時には足元がかなり覚束ないでいた。ちょっと歩けば駅前のタクシー乗り場なのだが、電話で呼ぶ方が良いだろう。

「柿崎。今日の飲み方はいつもと違ってたが、何かあったのか?」

 タクシーに乗り込んで行先を告げた後に聞いてみた。真面目で節度を持った青年だと思っていたので、今日の飲み方に少しの違和感を受けたからだった。

「ははっ。どこまで行っても俺は、必要とされない人間なんすよ。だから朱里だって」

「彼女に別れ話でもされたのか」

「幼馴染っす。告白して玉砕っす。不幸しか呼べない俺は、居ない方が良いんすよ」

 どうやら地雷を踏んでしまったようだ。が、娘にとっては喜ばしい出来事かもしれない。

 まだ起きているだろうから、手伝わせるか。


『まだ起きているか? 起きてたら手伝ってくれ』

 アパートの前に車が停まった音がしたので、父たちが返ってきたのだろうと思っていたら、その父からメールが入った。

 なんだろうと窓から下を見ると、父が先輩を支えて困った顔でこっちを見ている。慌てて下に降りると、先輩は酔いつぶれた感じで何かをブツブツ呟いていた。

「ずいぶん飲んじゃったんだね」

「とりあえず部屋に運ぶから、荷物を持って鍵を開けてくれ」

 先輩のカバンを漁ると部屋の鍵がすぐ見つかったので、部屋の扉を開けて押さえておくと、父が先輩を奥まで運んで行ってすぐ戻って来た。

「鍵は掛けておいて、明日にでも渡しに来よう」

 自宅に入ると父は、こちらも見ずに話し始めた。

「柿崎君は失恋したそうだよ。女っ気が無いと思ってはいたが、幼馴染に告白してフラれたそうだ。彼の心の闇は深いからな、立ち直るには時間が必要かもしれん」

 先輩の就職面談を父がしていて、高校でのあだ名の事も学校側からの連絡で知ってはいた。私が先輩を思っている事も助けられた事も知っているので、気にかけてくれていたのだ。

「今の弱った先輩に、付け入る様に迫るのは卑怯かな」

「彼が望まぬ関係になるなら卑怯だろうし、良い関係が築けるなら善行なんじゃないかな。父親としては複雑な思いなんだが、もし彼の部屋に行きたいのなら止めはしないよ」

「うん。ありがとう、お父さん」


 三日分の着替えをバッグに詰め込んで、吐かれた時ようにとパジャマの予備も入れ、スマホはメモと一緒にテーブルに置いて行くことにした。アドレス交換とかして、苗字が知られるのは好ましくないと思ったからだった。

 メモには一言、『付き合う事になったら、三人で食事して驚かそうと思います』とだけ書いておいた。

 先輩の部屋に入ると、上着だけ脱いだ状態でベッドに寄り掛かっている先輩は、うわ言のように同じ言葉を繰り返していた。

「なんで一緒に連れて行ってくれなかったんだ。なんで俺だけ生き恥をさらしているんだ」

 そんな悲しい事は言わないでほしい。思わず流れてしまった涙を拭いて、そっとネクタイを外し、ワイシャツを脱がせてしまう。ベルトを緩めるまでは出来たが、ズボンを脱がせることには抵抗があったので起してみる。

「起きて。ズボンを脱いでベットで寝ないと」

「う? あぁ。そうだね、朱里」

「っ! ――今晩は一緒にいるから、安心して眠って」

 素直にベッドに入った先輩に袖を引かれて、私も同じベッドに入ってしまう。

 先輩はすがりつく様に身を寄せて来るので、頭を抱える様にして背中をさすり続けた。外が薄っすら明るくなるころになって、やっと眠りについたようだったけど、私のパジャマは先輩の涙と鼻水で、すっかりグチョグチョになってしまっていた。


 朱里というのは、在学中に一緒にいるところを見た事のある女だろう。

 一緒にいる時は普通に接している様だったけど、先輩といない所では先輩の悪口ばかりで、『私は被害者だ。早く離れたい』と言っていたのを知っている。

 それなのに、先輩はあの女の事を忘れられないでいて、今もこうして苦しんでいる。そんな女のことなど忘れて、思いを寄せる私に気付いてもらいたい。私なら、ずっと寄り添ってあげるのだから。

 パジャマを着替えるためにそっとベッドから降りて、不意に悪戯心が芽生えてしまった。

 さすがは男の一人暮らし。洗濯物が干しっぱなしで、そこから着ているだろう状況なので、先輩のTシャツが目に付いた。

 先輩との身長差は三〇センチくらいだから、あれだけを羽織っても下着は見えないだろう。そのまま朝を迎えたら、きっと印象に強く残るだろうし、思わせぶりな事をいたったら、どんな表情をしてくれるだろうか。

 気持ちを抑えきれなくなって、パジャマを脱いでバッグにしまうと、Tシャツを拝借して改めてベッドに入った。

 ドキドキが止まらなくて、眠れないだろうけど構わない。

 先輩と少しでも一緒に居られるなら、それすら幸せに感じるのだから。



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