13
「おじさん、お待たせ。お母さんが、すぐに迎えに来るって」
『ヨカッタ、ヨカッタ』
「おじさん何してるの?」
おじさんは瞳を閉じて、木の根元に立っている。
『ユイ! チョット、ここに立ってオクレ』
「うん」
優衣は荷物を置いて、おじさんの隣りに歩み寄った。
「何、なに!?」
『静かニ!』
大きなモミの木の下で、ライトの消えた真っ暗なゲレンデを見つめる2人……。
しんしんと降り続けていた雪はピタッと止み、ざわめいていた木々達も一斉に静止する。
シーーーンッ……。
全ての生き物が息を潜めているかのような、音のない世界。
「何、なんなの!? どうしちゃったのっ」
身を低くして、小声で問い掛ける優衣。おじさんは、黙ったまま空を見上げている。
スキー場は、嘘のように静まり返っている。
その静寂を破るかのように、周波数の合わない電波のような音が微かに聞こえてきた。
ザザッ、ザザザッ……。
優衣の耳にどんどん近付いてくる……。
ザーッ、ザザーッ、ザザッ……。
(えっ、なんか来るの!? U、F、O? それとも……、まさかまさかの雪女!)
ただならない異様な空気に怯えながら、優衣はおじさんをちらっと見下ろした。余裕でニコッと笑うおじさんは、突然、両手を合わせてパンッ! という音を立てた。
その音が暗い夜空に響き渡ると……。
ついに、その時がきた。
暗いはずの空は徐々に明るくなり、宝石を散りばめたような満天の星がその準備を整える。
次の瞬間、天空の遥か彼方から、緑色に煌めく一筋の光がキラキラと舞い降りてきた。
眩いほどに輝くその光は、まるで巻物が開かれていくかのように、ゆっくりと広がっていく……。
緑色に煌めきながら……、優しく包み込むかのように……、眩しく揺れている……。
やがて、2人が見上げた空一面を、神秘的な緑色の光のカーテンが覆い始めた……。
「へぇ〜……」
胸が躍るようなその鮮やかな輝きに、優衣は息を呑む。
更に、緑色に煌めいていた光は、ゆっくりとその色を変え……。
みるみるうちに、紫の光のカーテンとなって、空いっぱいに広がり始めた。
紫色に煌めきながら……、麗しく誘い込むかのように……、妖しく揺れている……。
「うわぁ〜……」
胸が高鳴るようなその美しい輝きに、優衣は暫し酔いしれる……。
やがて、紫色に煌めいていた光は、その色を青い色に変え……。
今度は、青い光のカーテンが空いっぱいに広がる……。
青く煌めきながら……、生命の儚さを伝えるかのように……、静かに揺れている……。
暫くすると、青い光のカーテンは深い夜空へと少しずつ吸い込まれていき……。
キラッ、キラッ!
と、最後にダイヤモンドの結晶のような小さな幾つもの光を放った。
無数に散った光の粒は、その輝きを保ったまま、優衣達の目の前に迫って来る。
次第に鮮明に映しだされるその光の正体は……。
可憐な花のような衣装を身にまとい、虹色に輝く羽を広げ、キラキラと煌めく光を振り撒きながら真っすぐに近付いてくる。フェアリーと呼ばれるのにふさわしい、あの美しい妖精達である。
「キャーーッ」
この世のものとは思えないその姿に魅了され、ただ茫然と立ち尽くす優衣……。
妖精達はおじさんの前に整列し、その羽を休めた。
お互いに見つめ合い、交信のような儀式が始まる。
大きなモミの木の下で、妖精達の不思議な時間が流れる……。
やがて、羽を広げた妖精達が、優衣の目線まで上がってきて丁寧に会釈をする。
「あっ、ど、どーも」
そして、再び羽を輝かせ、遠い星空に消えていった。
あっという間に空は元の暗さを取り戻し……、再び雪が降り始めた。
木々達は、またざわめき始め……、いつもと変わらない空気が流れだす。
夢のような出来事に、放心状態の優衣。おじさんは満足げに、優衣の顔を見上げている。
『……ユイ』
「……え?」
辺りを見渡し、我に返る優衣。
「おじさん! 今のって、夢?」
興奮しながら、おじさんの前にしゃがみ込む。
『夢じゃないヨ! ワタシからのクリスマスプレゼント』
「プレゼント?」
『ソッ! コノ帽子のお返し』
「……うっそーっ!」
『イヤッ、本当』
「じゃあ、さっきの妖精達は、おじさんの知り合い?」
『知り合いというよりは、モー家族ダネ』
「家族⁉︎ なんか、種類違うような気もするけど……。でも、凄い! おじさんて、凄いよーっ」
『イヤッ、それほどデモ……』
感動を抑えきれなくなった優衣は、立ち上がってもう一度空見上げた。
真っ白い雪が舞う果てしない夜空が広がっている。
「 夢みたい! 素敵過ぎるっ」
ゆっくりと視線を下ろすと、同じように空を見上げおじさんも嬉しそうに微笑んでいる。
優衣は、冷えきったおじさんを揃えた両手のひらに乗せて言った。
「おじさん……。おじさん、ありがとう。最高のプレゼントだよ! 私、おじさんに出逢えてほんとによかったぁーっ」
瞳をキラキラさせながら、おじさんをじっと見つめている。
『ワタシもダヨ。ワタシもユイに出逢えてヨカッタ』
「本当に」
『本当、本当。ヘックシュン! 寒っ』
「大丈夫!? 妖精も風邪とかひくの?」
『ヒク、ヒク。熱もデル』
「まじで!」
慌てておじさんを肩に乗せ、白いマフラーで包み込む。そして、静かに瞳を閉じて心の中で叫んだ。
(神様、ありがとうございます。もう一度おじさんに逢わせてくれて……、あの日あのバス停でおじさんと私を出逢わせてくれて……)
感謝の気持ちでいっぱいになる……。




