①白い山はお砂糖ではないという事実
「なんか、寒くない?」
「そうね」
あれれ、よく見るとシズネが人の姿で温かそうなコート着て、手袋して、マフラーして、耳あてしてるや……。
って完全防備で雪国の格好じゃん!
「なんでそんな雪国みたいな格好をしてるの?」
「もちろん、これから雪国に行くからに決まってるじゃない」
「…………」
「言わなかったかしら?」
「初耳ですけどっ!?」
ライアンフットの街を出て、俺はシズネについて歩いてきた。もちろん、自分がどっちの方角に向かってるかなんて知る由もない。
「上の方に来てるってこと?」
「北の方ね」
「雪……いっぱい?」
「何言ってるのよ? ほら、もう目の前の山なんて真っ白じゃない」
あー、白い山はあるなーって思ってたけど、なんかお砂糖とかだと思ってた。いやいや、冷静に考えればそんな大量のお砂糖が山を覆うなんてありえないじゃん。
よくよく周りを見れば、葉の落ちた枯れ木が散々と立っていた。間を縫って常緑樹が葉を茂らせているから全然気付かなかったよ。
「考え直そう? 寒いのは嫌だ」
「私だって好きじゃないわよ。 でも私が得た情報によれば、赤髪の男が北のクレイジースノーという村で目撃されてるのよ」
村の名前にクレイジーとか、それこそクレイジーじゃん。名前付けた奴出てこいよ。
つーかどんだけ寒いとこなのソコ!?
聞いただけで尻尾から凍りそうじゃん!
「そもそも、【私が得た情報】ってなに?」
「まぁ……その辺は気が向いたら教えてあげるわよ」
簡単に濁された……。
なんでそんな信憑性なくて寒いとこなんかに行かなきゃならないんだよ……。
「トラジ、嫌ならいいのよ?」
シズネの冷えた言葉が耳に刺さる。
「え?」
「ついて来なくても」
あーそうかそうか、ついていかなければいいのか! その手があったのを忘れてたよ!
そうだよね、だって戦闘力ゼロ、生活能力ゼロ、方向感覚ゼロの俺が頑張って生きていけばいいだけのことだもんね――
「すみませんでした」
「わかればよろしい」
すげぇ丁寧に土下座しちゃったよ俺。
そんな頭を下げている俺の頭に冷たい感触が。
空を眺めると、静かに雪が降り始めてきたようだ。
あー、さみぃ。
とりあえずなんか喋って気を紛らわそう……。
「んで、赤髪の男に会ったら殺すんだっけ?」
よくよく考えれば物騒な話だな、おい。
「そうよ」
淡々と答えてるのが逆に怖い。
「なんで?」
「大切な人を殺されたから、よ」
大切な人……。
それはシズネにとってどんな人だったのだろう。
いや待てよ、そもそも人っていうか猫だよな。人の姿になれるけど、猫のことだよな?
おっと、大事なのはソコじゃないか。
殺されたことが動機なら、それはつまり――
「復讐ってこと?」
「そういうことね」
復讐。相手を殺したいと思うほどの憎悪。
今の俺には理解できないな。ご飯を食べる直前で横取りされたら殺したくなるかもしれないけど。
「殺した後、どうするの?」
「考えてないわ」
「じゃあ俺と子供をつく――」
水の刃が俺の一歩先の地面を切り裂いた。
「ば、バカじゃないの!? トラジごときが私を口説けると思ったら百年早いわよ!」
「す、すみません」
またすげぇ丁寧に土下座しちゃったよ俺。
でも以前は鼻で笑われたのに、今回はすごい怒られた……。
も、もしかして――
「お、俺のこと嫌いになりました?」
「べ、別に元々好きでも嫌いでもないわよ」
うーん、よくわかんねぇ。
なんかもしも記憶が戻っても女心は永遠にわからない気がする……。
俺の隣を歩く、人の姿をした雌猫は特にわからない。
「そういえば、なんでシズネは人間の格好で歩いてるの?」
「トラジ、寒いでしょ?」
「うん、すごく」
「この姿、見ての通り服を重ねられるから温かいのよ」
「なるほどね……いや、別に羨ましくはないけどね」
強がってみたけどマジで寒いです。人間の姿が羨ましいとかそんなことは絶対に思わないけどね。でも温かいのはちょっとだけ羨ましい気もしたりしなかったり……。
ここから第二話です。
名付けて「ユキムラ編」です!