聖女の奇跡
シグルドは西部魔獣群の討伐は成したが人心が荒み、賊にも手こずっていた。
軍に支給された食事も残りすくなく補給も当てにできない。王都に戻ろうとしたのならば西部を見捨てるのかと責められることだろう。
食料が必要だった。難民とし北に受け入れることも考えたが、北も食料の問題を抱えている。
物思いに耽りながら、馬を駆っていた
そして、不自然な煙を見つけたのだ。
「助けてくださりありがとうございました」
「姫君は何故こんなところへ」
陣地へ戻り天幕の中で白湯をもらいリディアは落ち着いた。天幕の中は三人、ヨハンは半歩前に出た。
「その前にシグルド様、この無能めを処罰してください。奥様を危険に晒しました」
「やめてください。処罰だなんて。私は無事です。そもそも私が無理にヨハンや騎士達を同行させようとしたようなものなのですから」
「姫君がそう望んでおられるのなら。罰を与えるにしても王都に戻ってからだ」
「ですから処罰はやめてくださいと」
「姫君」
遮るようにシグルドは言った。
「何故このようなところに?姫君が来るようなところではないのはお分かりでしょう?傷薬には感謝しております。ですがここが安全な場所ではないのは身にもっておわかりいただけたかと」
「そうですね……言うなればここを、西を安全にしたくてやってきました」
なんということもないかのようにリディアは言った。
「私は聖女になりにきました」
リディアとシグルドは並びながら歩いていた。
リディアの手には瓶が逆さに握られており中から砂がサラサラと落ちているのだが不思議なことに砂は落ち続け瓶が空になる様子はない。
「姫君、何をしているのか聞いても?」
「浄化の砂を作りました。撒いた砂が風で飛ばされれば浄化の範囲は広がるでしょう」
リディアの答えにシグルドは怪訝そうに聞く。
「何故砂が尽きることがないのですか?」
「最後に早馬で送った薬草水はまだ使っていませんか?白魔石は増幅の効果を持つので白魔石を利用して作ったものに更にカケラを入れると大量に使用できるのです」
「最初に送ったいただいた傷薬、いえ、薬草水で充分に回復できたので」
「そうでしたか。良かったかもしれません。かなり異質なものに人の目には映るでしょうから。その薬草水についても後でお話させていただきたいです」
リディアの言う言葉に矛盾を感じた。
「今の光景も充分異質です。せめて隠れてやるべきでは?」
シグルドは高身長なこととその存在感からもかなり目立つ。リディアも制服姿ということ、またシグルドの妻ということで注目を浴びていた。西の民や騎士が遠巻きに二人を見ていた。
「私がしているということが重要なのです」
リディアはシグルドを見上げた。
「私は今、奇跡をおこしています。奇跡は人の目に触れなければ。聖女には奇跡が必要です」
ようやく、と言っていいほどに逆さにした瓶から砂が尽きた。
「まだ砂を撒かなければいけませんね。いくつか作ってきたので量は問題ありません。この砂を撒けば土地は浄化されます。浄化された土地は魔獣は嫌います。西の地は安全になるでしょう」
「……お手伝いさせてください。馬に乗れば広範囲を短時間で回れるでしょう」
「ありがとうございます!助かります」
シグルドの提案にリディアは喜んだ。
「ではこれから浄化した地に種を蒔くのを西の民と騎士の皆さんに手伝っていただきましょう。その後で旦那様、浄化するのを手伝ってくださいませ」
リディアは斜めにかけた鞄に空き瓶をしまい、新しく別の瓶を取り出した。見守っていた西の民と騎士たちのもとに行き、話し始めた。
「ただいまこの地を浄化しておりました。浄化した地に魔獣は近寄ってきません。なので皆様にお願いがあります。この種を蒔いてもらいたいのです。三日で実のなる穂が生えます」
信じられない言葉に西の民はざわめいた。
「お姉ちゃん知らないの?穂に実がなるまで何十日もかかるんだぜ」
西の民の子供が無邪気に言う。親が慌てたように子供の腕を引く。
「そうね、でもこの種には私が力をこめたからあっという間に実がなるのよ。楽しみにしていて」
リディアは瓶から種を出し、西の民や騎士に配る。信じられない思いだったが、リディアの瓶から種は無尽蔵に出てくる。期待に西の民の顔色は明るくなる。
リディアはその後シグルドに馬に相乗りをさせてもらい浄化の砂を撒き、民に種を配った。
そして三日後、リディアの言った通りに種は成長し実がなり麦畑ができたことに、西の民も騎士も歓喜した。
「姫君には驚かされます」
天幕の中、シグルドはお茶を片手に言った。
「驚いてもらわないと困ります。聖女になるんですから」
リディアも温かいお茶を両手に包むように持っていた。
「薬草水の作り方は送ったもらったものに同梱されていたのでわかります。白魔石の使い方も姫君に聞きました。つまりあれらは姫君の魔法ではないのですね」
「私は無才ですから。それは変わりありません」
「つまり姫君は本物の聖女ではない。……何故聖女になろうと?」
リディアはお茶を一口飲んだ。
「私が作ったものが奇跡に値するからです。最後に送った薬草水についてもお話させてください。あれは使えば死者以外を完全に回復させることができます。白魔石があれば誰でも作れるものと知られるのは危険だと思いました。浄化の砂、早成りの種もそうです」
リディアはシグルドを真っ直ぐに見た。
「私だから、聖女が力をこめたものだと思わせる方が安全だと判断しました」
国王に知られるのは危険だと言外に伝えた。
「姫君の判断は正しいでしょう。お礼申し上げます。これで西の民も救え騎士たちも王都、北に帰ることができます」
「私たち家族じゃありませんか」
驚いたようにシグルドは目を見張った。
「妻として愛せなくとも家族としてならお互い敬愛することはできませんか?私は旦那様を尊敬できる方だと思っています。私たちが望んだ結婚ではありませんが、妹ができたとでも思っていただければ」
結婚式の日は失礼な、嫌な人だと思ったが、彼に仕える人は皆、彼を尊敬し敬愛していた。自分の、北の民でもない西の民のことも見捨てることのない優しい人だ。
「姫君、最初に会った日には失礼をいたしました。そう言っていただけるのならば、私の家族になってください」
「はい、喜んで」
リディアは生まれて初めてあたたかい家族を得られたかもしれなかった。




