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邂逅

 リディアは一人、自室で机の前に立っていた。

 両手をやや広げて机に付き、手の間には小さな瓶がおいてある。

 この小瓶には白魔石を使って作った薬草水が入っている。

 リディアは静かに告げた。


『鑑定 小瓶内容物』


 現れた画面は小さい。

 そこに記された文字は――


 《奇跡の水》


 《効能:死者以外全てのものの全回復が可能》


 《価格:値付け不能》


 ゲームのアルバイトをやりこんだリディアでも見たことのない代物があった。


「これは……危険かも」


《聖花のレガリア》を数周した前世のリディアだが、白魔石は二個しか手に入れたことはない。二周目以降はゲームの所持品を引き継げれるのに、だ。その白魔石一つは溶ける魔石と薬草の組み合わせではないものに使い、もう一つは何に使おうかと《レシピ》を見るだけに終わってしまった。

 その白魔石を数がわからないほど自分が独占している。

 何が作れるのか試してみたい気持ちより恐怖がまさった。

 ゲームだったらこの奇跡の水は外れ枠だと言っていいだろう。薬草がいくつかあればステータス上の怪我の回復は可能だ。ただし、今、この世界を生きるリディアには外れ枠とは言えなかった。おそらくこの水は病気さえ治せる。


(これが前世の世界にあれば)


 前世のことを考えても仕方ないが思わずにいられない。

 同様にこの世界でこれを必要としている人がいるのも確実。ただし王家に知られていいものとも思えない。しかし先日大量に送った、ただの薬草水、これのことは近いうちに知られるだろう。けれど奇跡の水のことはきっと知られるべきではない。

 リディアはこれから自分がどうすべきか迷った。苦しんでいる人がいるなら助けたいとは思うが、自分の手に負えることでもない気がしてたまらない。

 ティナならどうするだろうか。この世界のティナは西には行かなかった。やはり彼女の考えていることはわからない。でも、ゲームのティナならば。


(そうだ……!ティナならきっと)


 自分のやるべきことが見えた。



 朝、制服に着替えヨハンのところへ行く。


「どうなさいましたか奥様」

「私、西に行こうと思います」

「なりません奥様!シグルド様が御帰還されるのをお待ちください」

「白魔石を使ってあるものを作りました。きっとお役に立つはずです。そしてそれは私がするべきことです」


 旦那様にこれ以上の重荷を背負わせてはならない。



 ヨハンは自分が同行することでリディアの西行きを認めた。西の魔獣群の戦地に向かうには馬車で約十日かかるとのことだったが馬を乗り換えれば二日ほど縮めれるそうだ。ただ早馬に乗り換えの馬を使ってしまったのでやはり十日はかかるとヨハンに言われたリディアは軽く笑った。


「私たちには薬草水があるじゃないですか。きっと馬にも飲ませれば体力回復くらいの効果はあると思いますよ」


 リディアは薬草水、奇跡の水に副作用がないか鑑定で確認していた。飲み水としての効果も。


 かくしてリディアとヨハン、そしてリディアは女性なのだからと身の回りのことを任せる侍女が一人、三人の馬車が、護衛の馬を前後に挟んで移動した。


「マルタ、付き合わせてしまってごめんなさい。着いてきてくれてありがとう」


 リディアは侍女に謝罪と礼を言った。


「構いません。これが自分の仕事ですので」


(硬いなー。薬草水作りの時に何人かとは打ち解けたと思ったけどマルタはその時いなかったんだよね。まぁ、旅の途中で仲良くなれたらいいな)

 


 マルタはリディアとシグルドの結婚に反対だった。しかし主人の政略結婚に口を出せる立場でもなかった。

 ローゼンベルクの無才の令嬢、学園で平民を虐げる悪女。

 主、シグルドの妻には相応しいとは思えなかった。ヨハン執事長がリディアを認めたというのも信じられない思いだった。

 今は侍女にもメイドにも優しく接しているが、自室には一人になりたがり怪しいことをしているようだ。服装もいつも学園の制服を着たがり常識知らずだ。

 薬草水のことは後から知り、それ自体はその効能が本物ならば素晴らしいものだと思うがより怪しく感じた。ローゼンベルクがクロイツを支配するためにあらかじめ用意されていたものでは?

 王都にはいるが公爵邸の使用人は全て北の出身の者。北の者は純朴なものが多い。騙されて懐柔されているのではないだろうか。

 十日ほどの旅、途中でボロがでるだろう。マルタはそう思った。


 

 旅は四日程は順調だった。五日目になると宿は荒れており、ヨハンはこんなところにリディアを泊めざるを得ないことを謝罪した。

 しかし六日、七日、もう宿は宿として機能しなくなっていた。宿屋の主人もおらず荒廃していた。

「賊に入られたのでしょう。宿として使うには奥様には申し訳ありませんが、安全面ではご安心ください。王都のクロイツ公爵邸にも最低限の騎士を残す必要がありましたので、皆が西へ向かったわけではありません。今、奥様をお守りしている者たちは、そのために王都へ残っていた騎士です」

「奥様のお作りになった薬草水で動かなかった指が動くようになり、また剣を握ることができました。奥様のお望みを聞かずして何の騎士でしょう」

 他の護衛からも次々とリディアへ感謝の声があがった。


「ありがとう。みなさん」


 リディアは前世も今世もあまり感謝されたことはない。

 じんわりとした感動が胸に広がる。


 マルタはそんな光景を冷めた目でみていた。

 だから北の男は単純なのだと。たかが安宿に文句を言わない程度と怪しい薬ですっかり信奉者になってしまって。

 馬の調子はいい。明日には戦線に着く。シグルド様ならこの娘の怪しさを見抜いてくださるだろう。


 

 安全なはずの夜、宿は賊に襲撃された。

 護衛の騎士を無視し、リディアのみを目的としたもの。

 クロイツの騎士に体を貫かれた者もその貫いた腕を離さない。捨て身の策に、ただの賊だと思っていた騎士は一瞬躊躇し、その一瞬に煙幕を張られリディアは連れ去られた。


「奥様!」

 

 ヨハンの声が響く。

 

「追え!何としても奥様を取り戻すのだ」


 煙が出てる?一人の騎士が気付いた。あれは民家から出る煙とは違う。煙幕の煙とも違う。救難のための煙!?

「あの煙を追うぞ!」

 必死に煙の出所を追う護衛騎士たち。

 しかし煙はある箇所から動かなくなった。攫った者が気付いて捨てたか?しかし追う方向はわかった。まだ諦める訳にはいかない。満月なのは幸いだった。月明かりだろうと味方につけねば!

 

 煙が出ている場所についた騎士たちが見たのは、倒れた馬と上下に分かれた死体と巨大な黒い影。その腕に抱えられている少女。路面に煙を放つ石らしきものが転がっていた。

 

「奥様!」

「奥様を離せ!」

「待て!敵ではない!よく見ろ!」

 


 巨大な影は少女を見、「姫君……?」と呟いた。

 少女――リディアはまだ意識はあり「旦那様?」と呟いた。

 

 シグルドとリディアは邂逅した。

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