はじまりの断罪
「リディア・ローゼンベルク!
私、ヴァルディア王国第一王子ユリウス・ヴァレンシュタインは、君との婚約をここに破棄する!」
講堂に声が響く。
学園の創立記念式典に集まった生徒とその家族がざわめいた。しかし続く言葉に徐々に静まり返っていく。
「王立アストレア学園の創立記念式典という晴れの場にて、このような話をせねばならぬこと……誠に心苦しく思う」
ユリウスは胸の前で拳を握った。
「だが、この場にいる全ての者に知ってもらわねばならない」
――そこには、茶色の髪の少女を庇うようにして立つ、金髪の王子の姿がある。
ユリウスは講堂の中央を鋭く睨みつけた。
「理由は君自身が一番分かっているだろう」
彼は壇上から高らかに断罪するように、いや断罪しているのだ。
講堂の中央にいるただ一人の少女を。リディア・ローゼンベルクを。
「君はこれまで幾度となくティナへ嫌がらせを繰り返した!」
ユリウスの傍らにいる茶色の髪の少女、ティナは不安げにユリウスとリディアに目線を移し戸惑っているようであった。
「教材の破損、使用人への暴行指示、度重なる暴言――」
苦渋を滲ませているかのような声。
「そして昨日、学院中央階段においてティナを突き落とした罪は、もはや見過ごせぬ!」
ユリウスはリディアに真っ直ぐに指を差した。
「よって私は、君との婚約を破棄する!」
誰も声を出さない。出せない。皆がリディアがなんと言葉を発するかと見つめていた。
黒髪が場の雰囲気から陰鬱に見えていた少女、リディアは閉じていた目を開いた。
「今述べられた件について、私は一切関与しておりません」
静かだが揺らぎのない言葉。
「この期に及んで罪を認めないとは見苦しいぞ!リディア・ローゼンベルク!」
リディアの静けさとは反対にユリウスは声を荒げた。
「ティナを階段から突き落としたのを私が見たのだ!私自身が証言できる!」
「私の預かり知らぬものです」
ユリウスは反論されると思ってなかったのであろう。顔が歪んだ。
「君はもう少し潔い人間だと思っていた」
「していないことをしたということはできません」
講堂内はざわつき始めた。どちらの言い分が正しいのだ?
そのざわめきを抑えるかのようにリディアは話し始めた。
「ユリウス様のお言葉は理解いたしました。ですが私達の婚約関係は個人の感情からなるものではなく王家と我が公爵家との契約なのです。ユリウス様の一存で破棄できるものではありません。しかし皆様の、これほどの人の前で宣言した以上私も父の判断を仰がざるをえません」
リディアは制服でありながら優雅なカーテシーをした。
「御前失礼いたします」
講堂にリディアを引き留めるものは誰もいなかった。
(はーーー
断罪回避できなかったわー
いや無理ゲーでしょ)
リディア・ローゼンベルク公爵令嬢、異世界転生者である。
リディアが前世の記憶を取り戻したのは五歳、この世界が乙女ゲーム《聖花のレガリア》と気付くのは約一年後のユリウス王子との婚約が決まる直前の時であった。
五歳になると貴族には魔法適正検査が行われる。神殿に赴き、神の宝玉とも呼ばれる水晶に手を当てる。それにより宝玉が光り神官が判断、及び記録する。
リディアが水晶に手を当てた時、光は現れなかった。
それは魔法の才能が無いのではなく、魔法がないということ。無才。百年に一人のできそこない。それがリディアの評価となった。
それでもリディアは公爵令嬢である。ローゼンベルクにとってまだ使い道はあった。王家との縁戚を結ぶための道具。
しかしその王子の婚約者という使い道も危うい状態。
(私が悪役令嬢だと気づいてから十年くらい?十年、頑張ったんだけどなぁ。ユリウス様のストーカーにならないよう適度な距離を保ちつつ程よく仲を深め、王子のご友人の攻略対象となるふたりとも友人と言っていい程度には仲良くなれた)
二人の友人の顔を思い浮かべる。
(でも、ディートハルトもルーファスも)
もう苦笑しか出ない。
(講堂にいたのに助けてくれなかった。リディアはそんなことしないって言ってくれなかった)
仕方がない。彼らは王子のための、ティナのための存在なのだから。
(……お父様は何て言うかな。お兄様も……)
あたたかい言葉ではないだろう。リディアは期待することはやめていた。
「リディア、お前に失望するのは二度目だ」
リディアの父フレードリヒ・ローゼンベルク公爵は温度の無い言葉を告げた。
父の執務室に呼ばれたリディアは黙って立っている他なかった。
「一度目は無才であったこと。二度目はあの程度の男を御せなかったことに加え平民にしてやられたことだ」
その言葉に王族に対する敬意は微塵もない。
「正義感しかないような浅い男だがお前が婚約して十年。清濁を併せ持つような男にもできず、かと言って傀儡にもできずに平民につけ入る隙を与えた」
「申し訳……ございません」
ユリウスを賢王にするか愚王にするか、父フレードリヒはリディアならできたであろうと言わんばかりだった。
「ただし今回のことで王家には貸しができた。だからこそできることがある」
リディアは嫌な予感がし、それが外れる事を願った。
「北の壁クロイツに嫁げ」
魔獣大南下防御壁。北の壁の主、シグルド・クロイツ。




