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警視庁捜査一課の刑事になって5年。
この仕事を続けていると、人を見ただけである程度わかるようになる。
怯えている人間、嘘をついている人間、罪を犯した人間。その空気は、言葉より先に滲み出るものだ。
だからこそ、俺は確信していた。
目の前で倒れている女こそ、半年ものあいだ警察を翻弄し続けてきた、身元不明の連続殺人犯だと。
人気のない路地裏。古びた雑居ビルの非常階段の下に、ひとりの女が横たわっている。
長い黒髪がコンクリートに広がり、紫色のワンピースには砂埃が付着していた。額から流れた血が頬を伝い、白い首筋を赤く染めている。
どうやら階段から転落したらしい。
「……やっと見つけた」
思わずそう呟いた。
何人もの捜査員が追い続け、それでも捕まえられなかった女。
被害者はいずれも不可解な方法で殺害され、現場には指紋も凶器も犯行の証拠となるものは何一つ残されていなかった。ただ一つ共通していたのは、事件当日、この女によく似た若い女性を見たという証言と現場周辺の防犯カメラ映像だけだった。
ようやく終わる。
そう思い、俺は無線へ手を伸ばした。
そのときだった。
「……っ」
女の指先が、わずかに動いた。
閉じられていた瞼がゆっくりと持ち上がる。
そして、彼女は俺を見た。
「……」
世界から音が消えた。
その瞳は、夜明け前の空のような、どこまでも深い紫色だった。
吸い込まれる。
いや、違う。
心臓を鷲掴みにされたような衝撃が全身を駆け抜ける。
鼓動が速い。
呼吸が浅い。
頭では理解できないほどの激しい感情が、胸の奥から溢れ出してくる。
――守りたい。
その一言だけが、俺の中に浮かんだ。
あり得ない。
俺は刑事だ。
目の前の女は連続殺人犯だ。
逮捕しなければならない相手だ。
それなのに、手錠へ伸ばしかけた手は途中で止まり、代わりに彼女の肩を支えていた。
「……大丈夫か」
自分でも信じられない言葉だった。
女はしばらく俺を見つめたあと、小さく微笑んだ。
その笑顔は、連続殺人犯とは思えないほど穏やかで、美しかった。
「……あなた、優しいのね」
その一言で、俺の心は完全に揺らいだ。
刑事として積み重ねてきた5年間の信念が、音もなく崩れ始めていることに、俺はまだ気づいていなかった。




