3話
玄関のドアが閉まる音が背後で響いた瞬間、翔太郎の生活は外へ押し出された。家の前にはパトカーが停まっていた。赤色灯は消えているが、車体の存在感は異様に大きく、住宅街の静けさを押し潰していた。近所の窓から視線が注がれているような気がして、翔太郎は肩を強張らせた。
「署までご同行いただきます」――淡々とした声。翔太郎は頷くだけで、言葉を返す余裕はなかった。靴音がアスファルトに重なり、パトカーのドアが開かれる。金属の冷たい光が夕暮れに反射し、彼は一瞬立ち止まった。乗り込む足は重く、座席のビニールの感触が背中に貼りつく。ドアが閉まる音は、外の世界との境界を決定的に断ち切った。
車が動き出す。窓の外の街並みは流れるように後ろへ去っていく。見慣れた道、通い慣れた駅、コンビニの看板――それらが次々と遠ざかり、翔太郎の生活は視界から消えていった。胸の奥には、重い不安が沈殿していく。「やばい雰囲気かも」――心の中で呟いた。最初は軽い応対で済むと思っていた。だが今は、車の振動とともに絶望が形を持ち始めていた。
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警察署に着くと、建物の中は蛍光灯の白い光に満ちていた。廊下は長く、壁の掲示板には事件の注意書きや失踪者の情報が並んでいる。翔太郎は警察官に挟まれ、無言のまま歩かされた。足音が廊下に反響し、心臓の鼓動と重なった。
取調室のドアが開く。狭い部屋に机と椅子が二つずつ。壁の時計が乾いた音を刻み、窓はなく、外界は完全に遮断されている。翔太郎は椅子に座らされ、目の前には二人の捜査員が並んだ。机の上には彼の原稿のコピーが置かれている。
最初の質問は淡々としていた。
「被害者と面識は?」
「……ありません」
「大学の記録では、同じ講義を受けていた時期がある」
翔太郎は唇を噛んだ。記憶を探るが、顔は思い出せない。
「あなたの原稿には、ニコチンを針で刺す手口が書かれている。現場の死因と一致している。なぜそんな具体的な方法を知っていた?」
「ただの想像です」
「カメラでは、彼女が倒れた後もあなたは席を立たなかった。なぜ助けを呼ばなかった?」
「……気づかなかったんです。眠っていると思った」
捜査員は机を指で叩いた。
「喫煙所に残っていた吸い殻は、あなたの銘柄と一致している。これは犯行の証拠ではないが、事件当日の行動を裏付けるものだ」
沈黙が落ちた。翔太郎は喉が乾き、唾を飲み込む音が自分でも大きく聞こえた。捜査員の視線は揺るがない。だが、決定的な証拠は提示されないまま時間が過ぎていった。
やがて、別の捜査員が入室し、短く告げた。
「証拠不十分だ。保釈する」
翔太郎は椅子から立ち上がった。足は重く、取調室のドアを出るときに膝がわずかに震えた。廊下の蛍光灯の光がやけに眩しく、外の空気を吸った瞬間、胸の奥に張り詰めていたものが少しだけ緩んだ。
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帰宅したのは夜だった。玄関の鍵を回す音が妙に大きく響き、部屋の静けさが彼を迎えた。机の上には原稿が置かれたまま。だが、もうそれを手に取る気力はなかった。椅子に腰を下ろすと、体の重さが一気に押し寄せ、背中が沈み込むように感じられた。
スマートフォンが震えた。画面には「店長」の文字。翔太郎は通話ボタンを押した。
「……はい」
「翔太郎、今日は来なくていい。騒ぎになってるから、店に顔を出すな」
短い言葉だった。だが、その一言が胸に重く沈んだ。自分の生活が、事件の影に呑み込まれ始めていることを実感した。
通話が切れた後も、翔太郎はスマートフォンを握ったまま動けなかった。外の街はいつも通りの音を立てているのに、部屋の中だけが別の世界に閉じ込められたようだった。窓の外に広がる夜景は、彼にとってもう安心を与えるものではなく、ただ遠ざかる日常の象徴に見えた。




