小さな日常 強くなりたい
「お母様、私もっと強くなりたいので武術の時間を増やして欲しいです!」
テオと話した翌日は帝城へ行く日だったので、これ幸いとお母様の皇妃殿下に頼み込んでみた。
常々、色んなことを学びなさい、と私が興味を持ったもの何でも学べる環境を整えてくれるのだけど、今日は考え込まれてしまった。
「シルフィアはどうして強くなりたいの?」
「あの人たちをボッコボコにしたいからです!」
「ボッコボコ!? まあ、そうなの。それはぜひ応援してあげたいところだけど、貴方は自分を客観的に見て大の男を殴り倒せると思う?」
「たくさん練習すればできると思います! お義母様も自分より大きなパトリック様を投げ飛ばしていました」
その興奮を伝えるべく、大きく身体を動かしてその時のお義母様を再現してみせれば、お母様が口元に閉じた扇子を当ててニヤリと笑った。
「あら、まあ。エミーリアも随分と上達したのね。確かに投げ飛ばせないこともないのだけど、かなり年数積まないと難しいわ。それでもやりたいの?」
「はい! 私が強くならないとテオがずっと心配しなくちゃいけませんから。それに、ルイーゼ達も私が強ければ護衛が楽なんじゃないかと思うのです。私が弱いといつまでもお世話にならないといけないから申し訳ないのです」
「あらあらまあまあ。貴方が強くなっても守られる側なのは変わらないけれど、そうねえ、強くて悪いことってないわよねえ」
よし、と言ったお母様がにっこりと笑って扇子を手に打ちつけた。
「こうして考えているより、まずは強くなる努力をしてみましょうか!」
■■
「……うう、腕と足と他もあちこち痛いです」
翌朝、全身の痛みで目が覚めた。
テオを起こさないように細心の注意を払ってヨロヨロとベッドから抜け出し、居間へ降りてソファに倒れ込む。痛みに唸っていたら、ソファの後ろの広い場所で朝のストレッチをしていたルイーゼが誘ってきた。
「シルフィア様、筋肉痛には運動がいいですよ。一緒にやりましょう!」
「えっ、痛いのに運動するんですか!?」
「そうなんですよ、頑張ってください」
さあさあ、と腕をひっぱられてルイーゼの横に並び、足をのばす。
「いったーい!」
あまりの痛さに声を上げれば、ドダダダッと音がしてバターンと居間の扉が開け放たれた。
「フィーア、どうしたの!? どこを怪我したの!?」
寝起きがものすごく悪いはずのテオが、私のために飛び起きて居間まで駆けつけてくれた。
「怪我ではなくて筋肉痛なのですが、きてくれて嬉しいです」
「フィーアの悲鳴が聞こえたら、いつでもどこにでも飛んでいくよ」
テオが言うと本当にしか聞こえない。テオがきてくれると思うだけで、何でも頑張ってみようと思える。
「テオ、見ててくださいね! ルイーゼとストレッチして筋肉痛を治すんです!」
うーんと身体を曲げて痛みに顔をしかめたら、テオがおろおろと手を彷徨わせた。
「フィーア、君は今まで痛い目に遭ってきたのだから、そんな痛みに耐えてまで強くならなくてもいいんじゃない?」
「いいえ、叩かれたり殴られた痛みは辛くて悲しいだけですけど、この痛みは私が自分で決めた強くなるためのものですから、いくらでもどんとこいなのです!」
そう、この痛みはただ痛いだけじゃない、これからに繋がるものなんだ、と力を込めて身体を伸ばしたところに何か美味しそうな飲み物が差し出された。
「はい、フィーア。フリッツ特製の疲労回復する飲み物。ストレッチもいいけれど、身体の中から痛みを和らげる方法もあるからね」
顔を上げればお盆を持ったフリッツさんがテオの横で、筋肉痛にもよく効きますよ、と勧めてくれた。
「いただきます! ……ふ、複雑な味がします」
勢いよく飲みこんだものは粉っぽいミルクのようで遠くに果物の味がした。
これは、飲み物なの!?
残りを飲むのに躊躇してじっと眺めていたら、片眉を上げたテオが私の手から取って一口飲んだ。
「…………フリッツ、これはかなり不味い。これをシルフィアに飲ませるなんて! 美味しいレシピはないの!? フィーア、ごめんね。僕が味見してからにすればよかった」
テオが謝りながら言った内容に私は目を見開いた。
私、いつの間にか食べるものの味をアレコレ言うような人間になってます!
ちょっと前までは食べられることに感謝して、どんな味だろうと気にしなかったのに。
「私、今、ものすごく自己嫌悪中です!」
「えっ、急にどうしたの!?」
「私、以前は食べられないものまでかじっていたというのに、いつの間にか贅沢に慣れて美味しくないというだけで飲むのを躊躇するなんて! 許されません!」
あまりにショックで、テオの腕にしがみつくと。その手が持ったままの謎味の飲み物を一気に喉へ流し込んだ。
ゴホゴホッ
味と舌触りの悪い飲みにくさが相まって、思いっきり噎せた。
「フィーア!」
「シルフィア様!?」
「……そんなに、不味いですか?」
「……大丈夫です! ありがたく、いただきました!」
「そこまで無理しなくても」
「いいえ、私はこんな贅沢言っちゃダメなんです!」
「いや、フィーアはこれからいくらでも言っていいんだよ!」
「そうです、シルフィア様は不味いものを一生分食べてこられたので、これからは美味しいものしか食べちゃダメなんです!」
「……美味しく魔改造しますね」
だから、思ったことを隠して飲み込まないで。
口々に告げられた優しい言葉に涙がでそうになる。
「でも、やっぱり好き嫌いは言っちゃダメなんです。だから、フリッツさん、魔改造はしないでください!」
しがみついたままだったテオの腕を離して、その身体へ腕を回して顔を埋める。
「本当はテオと一緒食べられるなら、なんだって美味しいんです」
これは間違いない。テオと出会ってから食べるものは美味しくて温かくて幸せな味がする。
頭を動かして見上げれば、薄青の瞳が優しく細められた。
「僕も。フィーアと一緒に食べる食事の味は格別だよ。だけどね、」
君が我慢して食べるのは許せないんだよね、と笑顔で言い放った彼は、棚からキラキラした砂糖菓子の詰まったびんを持ってきてひとつつまみ出すと私の口へポンと入れた。
「甘いです」
「お口直しね」
こういう方法もあるね、と言ったテオにそのまま頬へキスされて顔が熱くなる。
こういう方法ってどっちのことなんだろう? どちらも、効果抜群なのだけど。
これから君が痛みや不味さを我慢せずに済むような方法を色々探して試してみようね、と気遣ってくれるテオは優しい。
時々、その優しさにとっぷり浸かって出たくなくなる。
だけど、それでは強くなれない。強くならないといつまでもお荷物のままで、あの人たちに怯え続けないといけない。だから。
「私は強くなりたいので、甘やかさないでください」
三人へお願いすると、即座に全員から手でバツ印を作られて首を横に振られた。
「シルフィア様はもう十分に心がお強いですよ」
「守られるのも大事なことです」
「そうだよ、フィーアは僕のかけがえのない唯一の人なのだから大事にさせて欲しいな」
そうかな? そうなの? でも、させて欲しいというのは、テオの希望ってことだよね? うーん、テオがしたいことを私が止めるわけにいかない。
「わかりました! 私は皆さんに大事にされます! そして強くもなります!」
「うん、めいっぱい君を大事にするね」
「はいっ、お願いいたします!」
ペコッと元気よく頭を下げれば三人が嬉しそうに頷いてくれた。
私は欲張りなので両方目指します!
「そうそう、フィーア。次からは、お願いや相談事は皇妃殿下じゃなくて僕へ一番に言ってね?」
小さく首を傾げたテオにお願いされて愕然とした。
テオは忙しいからとお母様に頼んだのだけど、よく考えてみれば確かにその通り。
「そうですよね、お母様は皇妃殿下だからお忙しいのにお邪魔でしたよね」
深い反省を全身で伝えれば、テオが柔らかく首を振った。
「いや、伯母上はフィーアから頼られて喜んでいると思うよ。ただ、僕は君の夫だからいつでも妻の一番でありたいんだ」
「ということは、テオの一番は私ですか? ですが、私はテオにお願いされたり相談されても全てに応えられません。それでは釣り合っていません」
「いいんだ。僕だって君の全てに応えたいけれど、きっと難しい。ただ、僕が君と何でも話せる関係でいたいだけなんだ」
「私もテオと何でも話せるのは嬉しいです」
コクコクと頷いて同意すれば、テオがそっと私の両手を握って微笑んだ。
「うん、ということで僕に全て一番に話してね?」
「ハイッ」
大きな声で返事してふと気づく。
……全てって全部ってこと? 何か範囲が広く大きくなってるような?
「テオ、あの……」
「なーに?」
お願いと相談だけですよね? と確認しようとしたのに、テオがあまりに嬉しそうな表情だったから飲み込んでしまった。
……そんなに喜んでくれるなら、これからいっぱいテオとお話ししよう。もちろん、お母様やお兄様、お父様とも。
私と喜んで話してくれる人がいるのだから、毎日を楽しんでいろんな話をたくさんしたいな。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
前回の続き的な内容でした。
テオはいつシルフィアに投げ飛ばされるのだろう?




