78、小さな日常 遊びましょう! 前編
初めての場所はいつも緊張する。
テオと暮らしているアパートメントは穏やかで静かな場所にあり、チェレステさんのお店があるあたりは明るくて賑やかで元気がいい。
そして、ここも賑やかなのだけど、食堂のある場所とはまた違うような……活気があるというのだろうか。
「こんな場所があるのですね。なんだか楽しそうです」
「私が生まれ育った所に似ていますね」
懐かしそうなルイーゼと一緒に細い路地から青い空を見上げる。白がくすんで灰色になった3階建ての家々の向かい合わせの窓から窓へ紐が渡されて洗濯物が翻っており、中から賑やかな声や生活音が聞こえてくる。さらに、でこぼこした石畳の路地を歩く私達の直ぐ側を、子供達が駆け抜けていく。
「こうやって走り回ってたから、ルイーゼは今も元気が有り余っているのか」
「フリッツさんも体力無尽蔵じゃないですか」
「俺は鍛えてるからで、ルイーゼは騎士見習いで来たときから活きがよかった」
「えっ、私が来た時のこと覚えているのですか!?」
「まあ、騎士志望の女の子は珍しかったし、ルイーゼは特に声が大きかったから」
そうなんですか、とそっぽを向いたルイーゼの耳が赤いような?
……もしかして、熱がでたの!?
そっと手をつなぐふりをして彼女の体温を探れば、発熱しているわけではなかった。はて? と首をひねりながら、そのままルイーゼと手をつないで歩く。
前を行くフリッツさんが、持っている大きな籠ごと振り返り、私とルイーゼを見てそれが安全かもしれませんね、と頷いた。
「ここらへんは、シルフィア様のいつもの行動範囲より治安がよくないですからね」
「だから、テオはフリッツと一緒に行くようにって言ってくれたのですね。でも、ロメオさんも住んでいますし、危ないようには思えませんが」
ロメオさんは、この近くの学校に住み込んで働いている。ジャンニさんやルノーさんは、私の暮らすアパートメントの直ぐ近くで働いているけれど、ロメオさんだけこんな離れた所にいる。
ロメオさんの、困っている子供達の役に立てる仕事をしたい、という希望を聞いたテオがここを紹介したらしい。
「テオドール様が、シルフィア様の友人を危険な場所に住まわせるわけがないでしょう。ただ、このあたりでも、引ったくりやスリは日常的に起こってますからね。さらに、我々はちょっと目立ちますし、用心するに越したことありません」
引ったくりにスリ!? 銀行強盗には遭遇したことがあるけれど、もう一度そういう目にあいたいかと言われたら、いいえ、だ。あの時より色々知って、犯罪に巻き込まれる怖さが分かった私は、ぴったりとルイーゼの腕へしがみつくようにして歩いた。
「シルフィア様、私とフリッツさんもいますから、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」
「そう思いますが、ちょっとだけ怖いのでこうしていていいですか?」
「もちろんです!」
喧騒に満ちた路地を抜けた先に、通ってきた場所と同じようにくすんだ白い壁の大きな建物が立っていた。屋根は三角で明るい茶色の瓦で覆われていて、温かく優しそうな雰囲気だ。そして、ちょうど鐘が鳴り、門から子供達が続々と出てきた。
「先生、さよーならー! ロメオさんも、また明日ねー!」
「おお、またな。気をつけて帰れよ!」
三々五々出てくる子供達のために、開いた門扉を肩で押さえるようにして手を振っているロメオさんを見つけた。声をかけようと思ったのに、何故か私の身体はささっとルイーゼの背に隠れてしまった。
「シルフィア様!? ……ははあ、普段と違うロメオさんを見て動揺しちゃったんですね?」
その通り。知っている人でも、知らない場所でお仕事をしているところを見ると、なんだか違う人に見えて声が掛けにくい。……だけど、ジャンニさんやルノーさんは最初にお仕事しているところを見ても平気だったのにな。ロメオさんはなんでこんなに違うのだろう。
ルイーゼの背中から、そうっと顔を出してロメオさんの様子窺う。……よくよく見れば、いつものロメオさんだ。
うーん、何が違うのだろう、と考えてハタと気づく。そうか、知らない人が多いからかも。ぞろぞろとこちらへ向かってくる見知らぬ子供達をルイーゼの背に隠れたまま見送る。
彼らの家は近いらしく、私達が通ってきた路地に吸い込まれると次々に元気な声が聞こえてきた。ただいまー腹減ったー! おかえりー、そこのもん食べな! あちこちから聞こえる似たようなやり取りに、ふと羨ましさを覚えた。
……彼らは、生まれた時から温かい家族の情をもらっている。私みたいにこの数カ月でドカンとまとめてもらえたものじゃなくて、何年もかけて染み込んだその愛情は確固としていて、私の手の中にあるものより丈夫に思えた。
そんなはずはない、同じ愛情だ。テオやお母様達がくれるものと何も変わらないはず。そう考えようとすればするほど、私の手の中に積み上がったのと同じ速さでもろく崩れて消えてしまいそうな気がした。
「やあ、シルフィアさん。いらっしゃい! 通いの子供達が帰って、ここで暮らしている子達もおやつの時間だから、ちょうどよかったよ」
ロメオさんの大きな声で我に返る。そうだった。私は、この学校の敷地内にある、訳あって家族と暮らせない子供達の家へおやつを届けにきたのだった。
……そうだ、私と同じような子だってたくさんいる。私の得た愛情がもろいというなら、ひもで縛るなり石で囲って固めるなりして強くすればいいんだ。
「こんにちは、ロメオさん。今日は、前にテオと朝ご飯を食べに行った新しいカフェのペストリーをたくさん持ってきました。美味しいですよ!」
「ありがとうございます。それは皆喜びます」
よし、と気合を入れて、おやつのたくさん入った大きな籠ごとフリッツさんの背を押して門をくぐった。
ここには、成人までの様々な年齢の子供達が暮らしていて、隣接の学校に通って将来に向けて学んでいる。
ロメオさんは、住みこみで子供達の世話をしたり建物の管理をしているらしい。ついでに用心棒にもなるからとても便利に使われてるんだぞ、と嬉しそうに言っていた。
「ねえ、シルフィアちゃんは王子様を見たことがある?」
「え?! いえ、そうですね。ええと、あるような、ないような……」
細長いテーブルに子供達がずらりと並んで賑やかにおやつを食べている。私もすみっコで一緒に座っていたら、隣の女の子から唐突に尋ねられて、素っ頓狂な声を上げてしまった。
お兄様が該当するように思うけど、見たことあるって言っちゃっていいのかな?
「私、あるんだよ!」
「そうなのですか!?」
国が作った施設だって言ってたから、お兄様も来たことがあるのかもしれない。
「うん。ロメオさんのお友達なんだって。時々ここにきて先生とお話していくんだよ。フリッツさんは王子様の従者だって言ってたから、一緒に来たシルフィアちゃんも見たことあるかなって思ったの」
続く言葉で、王子様の正体に気づく。
「もしや、その王子様の髪は灰色ですか?」
「ううん、銀色!」
確かにテオの髪は光に当たると銀色に見える。テオの色に揃えた私のドレスなどは銀色を使っているし。
「なるほど。その人なら多分、私も会ったことがあります」
ですが、王子様ではないのです、とは言えず、頷くだけにとどめた。
「そうだ! 王子様とは遊べないんだけど、シルフィアちゃんは遊べる? 縄跳びとかくれんぼと追いかけっこならどれが好き?」
遊ぶってどういうことだろう、縄跳びとかくれんぼと追いかけっことは……?
ワクワクした表情でこちらを見ている女の子に答えを返さないとと思うものの、さっぱり見当がつかない。助けを求めてルイーゼとフリッツさんを探そうとしてやめた。
これは、私にされた質問なのだから、自分で考えて答えるべきだ。
しばらく頭を捻ったものの、結局、私は両手をあげた。
「申し訳ありません……私にはわからないので、どれが好きか言えないです」
怒られるかな、と項垂れて謝る。
「シルフィアちゃん、縄跳びもかくれんぼも追いかけっこもしたことないの!?」
「あるのかもしれませんが、よくわからなくて」
どんなものか、全く想像がつかないと困り果てていたら、女の子が立ち上がって叫んだ。
「うそぉ! みんな、シルフィアちゃん、縄跳びもかくれんぼも追いかけっこもしたことないんだって!」
「ウソだろ?」
「いつも何して遊んでるの?」
ざわめく子供達に混じって複雑そうな表情のフリッツさんやルイーゼ、眉をひそめたロメオさんが見えた。
私、子供達に悪いことを言ったのかも!?
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
シルフィア、行動範囲が広がる。




