12、緑弥子の過去
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その日、私は仁と一緒に部室の掃除をした。
それから私は埃まみれになりながら丁寧に本を並べた。
それで時間が過ぎ気が付けば17時を超えていた。
私は時計を見ていると緑さんが「解散にしようか」と切り出した。
「そうっすね」
「確かに」
他の部員の方もそうだけど仁もそう返事をする。
私はその姿を見つつ緑さんを最後に見る。
緑さんは手を叩いて埃を払ってから「今日の事は感謝だ」と言いながら最後に私を見る。
少しだけ笑みを浮かべてから「瀬本さん。一緒に今日は帰らないかい」と言ってくる。
私は「!」となりながら見る。
「じゃあ先輩。お先に帰りますね」
「ああ。また明日な」
「緑先輩。私も帰ります」
「おうおう」
それから部員達は帰って行く。
七瀬さんと仁は私をチラ見してから帰宅して行った。
私はそれを見送ってから最後に緑さんを見る。
緑さんは部室のカギを持ってから「よし。じゃあ行こうか」と鞄を持ってから歩き出す。
私はその顔を一瞥してから「なんででしょうか」と聞く。
「ん?それはどういう意味だい?」
「私が彼を裏切ったのは知っているんですよね?」
「知ってるよ」
「...なんで私を迎えてくれたんですか?」
「言った通り。監視対象だ。君は」
「違いますよね」
それ以外の目的がある筈だ。
そう考えながら私は緑さんを見る。
既に薄暗い廊下で振り返って緑さんを見る。
緑さんは笑みを浮かべていた。
この瞳は違う。
「...私を監視対象にしたのは他に理由があるんですよね」
「他に理由とは?」
「私を...監視対象にするだけじゃないですよね」
「...」
私は緑さんを見つめる。
すると緑さんは口をMにしながら「まあね」と返事をする。
私は「...どういう理由ですか」と聞く。
緑さんは「うん。私も浮気した事があるからだよ」と返事をする。
まさかの答えだった。
「私の場合、全てを失ったから」
「全て...?」
「家族も親族も友人も先生もみんな失った」
「...?!」
愕然としながらその顔を見る。
緑さんは外を見ながら「浮気も犯罪も絶対にしちゃダメ。でも私は禁忌を犯した。...今は贖罪の為に生きている様な感じなんだ」と言いつつ苦笑する。
私は「...」となりながら唇を噛む。
「それで私を...」
「そうだね。君に同じ過ちをしてほしくないのもあるから。だから監視対象」
「私なんかじゃ...そんな」
「君は十分反省して。今日の姿を見せてくれた。だから...私は君に可能性を信じた」
「...私は一宮勇人に抱かれたんですよ」
「それで今も同じ事をしているのかな」
「...違いますが」
「じゃあまだ可能性はあるよね」
そう言いながら緑さんは歩き出す。
私はその背中を追いながら歩く。
すると緑さんは「あくまで君は悪い事をしている」と言う。
私は俯いたまま話を聞いた。
「...だけど私は君には可能性を見た」
「...なんで緑さんのような人が浮気なんか...」
「私は落ちるところまで落ちたよ。中学時代の成績のストレスでスリルを味わいたかったんだ」
「...」
「だけど社会はそれを許しはしない。まあ犯罪じゃないからなんもと言えないけど世間には到底受け入れられなかった」
「...ですか」
「私、昔は悪い子だったんだよ。単なる粋がるクソガキ。不良だった」
「...」
「万引きもした。補導された。暴力で不良相手を殴った。...そして浮気した。...だけど世間ではそれで通じる様な世界は無い。そんな人間は捨てられるだけって気が付いた」
「...それで緑さんはこの場所に?」
「ここは先生に取り消された志望校じゃないんだよね。...だけどようやっと滑り込みで入るにはここしかなかった。でもまあ居心地は良いから。だから私は反省して居場所を創る事にした」
「...」
「...犯罪も浮気もしなければちゃんとした生活をしていた」
私は職員室のドアを開ける緑さんに付いて行く。
それから緑さんがカギを仕舞ってから先生達に笑みを浮かべて頭を元気よく下げて職員室を後にした。
私はその姿を追う様に表に出る。
部活を終えた生徒が行き交う中で私達は昇降口から下駄箱で靴を履いて表に出る。
すると暫く口を閉じていた緑さんが「自販機で飲み物買おうか」と言ってから笑みを浮かべる。
「...緑さん」
「何かな」
「家族を失ったっていうのは」
「私が殺した様なものだからね」
「え?」
「母親が中学校時代に鬱で自殺した」
その言葉に私は愕然としてから緑さんを見る。
緑さんは自販機で飲み物を買う。
そして私に桃のジュースを買ってくれた。
私は桃のジュースを見ながら緑さんに「緑さんにそんな過去があるなんて」と呟く。
「私は実際、害悪で最悪な人間だよ。存在自体が死ねば良いぐらいには」
「...いやそれは...」
「だけど私は死ねなかった。目の前の白い布を被った動かない母親を見ても死ねなかった。人を殴る根性、万引きする根性がある癖にそれは根性無しだった」
「...」
「だけど私はそれで思った。...精神科医。医者になってやるってね」
この人は...。
そう考えながら私はコーヒーを飲む緑さんを見る。
そして私も桃のジュースを飲んでみる。
甘かった。
「...まあ瀬本さん。だからさ。私の人生みたいに破滅している訳じゃないでしょ?」
「...はい」
「まだやり直せるよ。君は」
「緑さんはどうして今の緑さんに?」
「私は元に戻ってないよ」
「...え?」
「私は今、母親を失った影響で月一で通っている心療内科で処方された精神薬を飲んでいる。心は全然治ってないよ」
皮肉めいた笑みを浮かべながらそう答える緑さん。
私は「...じゃあなんでそんなにずっと元気なんですか?」と唖然としながら聞く。
すると緑さんは唇に人差し指を添えてから「うーん。周りの部員達がそんな私を支えてくれているお陰かもね」と答えた。
その言葉に「...」となりつつ沈黙する。
「信頼は大切だ」
「...はい」
「だから君もこれからは...信頼を勝ち取れる女の子になりんさい」
「先輩が言うと重みが違いますね」
「でしょ?アハハ」
そして緑さんは「人って文字は支えあっているんだよね。...だから支えが無かったら人なんて完成しない。...だから私は人を思いやるのが大切だって思うよ」と笑みを浮かべてニヤッとした。
私はその言葉に空を見上げる。
そうだよね。
きっとそうだって思える。
心が...目指すべきはきっと。