第三十節
確かに副隊長さんの言う通り、無関係ではないだろう。
むしろ、召喚の儀式が原因で俺は今ここにいる、と考えた方が自然だ。
だとしたら、何故俺はラスティア王国ではなくストルオス王国に居たのか。
何故、儀式の場に現れなかったのか。
いや、そもそも行われたのは「勇者の召喚」のはずだ。
なら、それによって呼び出された者は初めから【勇者の加護】を持っているはずではないか?
しかし俺にあったのは【特典】のポイントと選択肢だ。
その中には確かに【勇者の加護】があったが、俺はそれを選んでいない。
違う、そうじゃない。
今の論点はそこじゃない。
問題は、俺が「勇者召喚の儀式」と何らかの関係がある、と思われているところだ。
その点においては同意見だが、安易に認めていいのだろうか。
俺が「勇者」ではないということは副隊長さんも認めているようだが。
何かで聞いたことがある。「一流の詐欺師は嘘を吐かない」と。
ここは「本当のこと」を全面に押し出して切り抜けよう。
「なるほど、確かに何か関係がありそうです。ただ…確認したいのですが、私が勇者である、という訳ではないのですよね?」
「ああ、それは保障しよう」
俺の質問に対して副隊長さんが答える。
とりあえず、これで「俺が勇者ではない」という認識は共有できたはずだ。
「そして、召喚の儀式は失敗した、と」
次は「儀式は失敗した」という認識を共有しようとした、のだが。
副隊長さんは渋い顔をしている。
「うむ…そのはずだ」
返って来た答えは、なんとも煮え切らない感じだった。
何だろう。
何かあったのかと聞くと、またしても意外な答えが返ってきた。
「実は、勇者召喚の儀式が失敗して以降、自称勇者が急に増えている」
らしい。
副隊長さんによれば、自称勇者というのは「俺は勇者の末裔だ!」とか「実は俺、勇者だったんだ」とか言ってる人のことで、そういうのは意外と多いらしい。
もちろん、勇者の証を持たない彼らは何を言おうとも「自称勇者」でしかない。
ただし、本当に勇者の血を引いている者もいるそうだが、そういう人は大抵貴族だそうだ。
で、それが何かあるのか。
そう思っていたら。
「そんな噂の中には、勇者の証を持つ者がいたという話まであるのだ」
だとか。
それって、つまり。
「勇者召喚の儀式によって召喚される勇者は一人である。だというのに、勇者の証を持つ者の噂は複数、各所から報告されている。全く理解に苦しむよ」
俺みたいなのが、他にも居るってことか!?
いや、確かに俺という例がある以上、他に俺みたいなのがいる可能性は否定できないが…
「荒唐無稽な噂が多数確認されている中、君のような不可思議な者も現れている。私としては自体の把握を急ぎたいのだ」
そう話を締めて、再び副隊長さんは俺を見る。
これは、早めに「何も知らない」とカミングアウトした方が良さそうだ。
「そう言われても、私は何も…その儀式の失敗が何か関係があるのではないですか?」
俺の答えに、副隊長さんはしばらく目を閉じて考えた後、一つ頷く。
「現状では、それ以上の答えは出ないだろう。ただし、君の失った記憶に何か重要な事柄が含まれている可能性もある」
そこまで言った後、一息の間を挿んで。
「もし、何か思い出したならすぐに話すように」
そう、言った。
文言としてはお願いにも気遣いにも聞こえるが、その話しぶりと声音はどう考えても命令だった。
俺としては思い出す予定などないので、無視できる内容ではある。
ただし、それは副隊長の言葉を「言葉通り」に受け取った場合だ。
本質的には「目を付けられた」状態と言っていい。
もしこれで、俺がこの街を離れようとしたらどうなるのか。
俺は一応、犯罪者でも何でもないから、強引な手段は取れないと思う。が、実際にはどうだろう。
少なくとも、歓迎はされないな。
「分かりました」
俺はそう答えた。
嘘だけど、嘘じゃない。
副隊長さんはまた一つ頷くと、俺の退室を促した。
話は終わり、ということだろう。
そういえば。
部屋を出るために椅子から立ち上がる。
その一瞬の間に、俺は副隊長さんの【能力】と【技能】に【解析】をかけた。
そのまま部屋から出て、衛兵さんに連れられる形で詰所からも出る。
思い返すと、副隊長さんは俺に「釘を刺したかった」のかもしれないと思えた。
無理にでも情報を引き出そう、という感じではなかったからな。
彼らも「衛兵」である以上、迂闊なことはできない、と考えるべきか。
丁度、夕の鐘が鳴る。
外は既に夕日で赤く染まっていた。
俺は背の袋を担ぎ直し、栄光の剣亭へ歩き出す。
とりあえず、これで当面の方針は決まった。
この街から離れる。
理由は「勇者召喚の儀式とその失敗について調べるため」でいいだろう。
罪を犯した訳でもない冒険者が旅をするのを止められるとは思えない。
そんなことをしたら冒険者組合との関係がこじれるだろうからな。いや、今の関係性を知ってる訳でもないけど。
そのためには、情報と、力と、金が要る。
情報は…カイザに頼めば付いてきてくれるかな。
付いて来てくれないとなれば、自力で何とかするしかない。
とりあえず、ラスティア王国ってとこへの行き方くらいは知らないとどうしようもない。
力は、経験点を稼ぐしかない。
こっちはこつこつやるしかないか。
金は、いや、これも経験点を稼ぐついでくらいになるな。
魔石を売るって手段もあるが、今それをやると面倒なことになる。
最初に計画していた誤魔化しで誤魔化すことはできるだろうが、俺への注目度は跳ね上がるだろう。
無駄遣いせず堅実に稼ぐしかない、か。
人脈を築く、というのも思い浮かんだが、戦争やら権謀術数する訳じゃない。
今回の問題で言えば、味方が増えたからどうという話でもないだろう。
まあ、もし衛兵さんたちより偉い人が味方に付いてくれれば一発なのだろうが、そんな都合のいいコネをポンと築ける訳がないしな。
しかし…副隊長さんはかなり強かった。
能力は【筋力:(16)六級】【耐久:(17)六級】【敏捷:(14)五級】【感覚:(13)五級】【魔力:(4)二級】。
技能は【槍:(+18)六級】【防御:(+15)五級】【騎乗:(+15)五級】【体術:(+6)二級】だ。
総合等級は六級だろう。
槍使いなのかーなんて感慨すら浮かばない。
もし戦うことになんてなったら瞬殺されそうだ。
真正面から敵対するようなことは避けよう。うん。
そういえば、俺の知らない技能があったな。
騎乗。ってことは馬に乗る技能か?
とりあえず【解析】するか。
【騎乗】の技能を持つ者は、生物に騎乗し操る技術を得る。騎乗している生物に負担をかけない技術なども含む(意思の伝達にも補正)。
ということらしい。
この解析内容から推測する限りだと、馬に限定した話じゃないのか?
まさか、この技能があれば夢の飛竜騎士みたいなこともできるのか!?
これは期待大だな。
覚えておこう。
いつものように冒険者の宿の裏手に回る。
戦利品を売りに来たことを伝え、袋に入れていたハードボアの皮を出した。
「そういえば、何かやらかしたのかい?」
ハードボアの皮を鑑定していた青年が話しかけてきた。
微妙なにやにや笑いだが、これはからかわれているだけのようだ。嫌な感じの言い方ではない。
「いやあ、なんか副隊長さんの…えっと、そう、ダインさんが、何か話を聞きたいとかで、街に帰ってから連れてかれちゃったんですよ」
と、俺も冗談めかして返した。
これも嘘は言ってない。
「あはは。まあ、何かやらかして連れて行かれたなら、今ここにはいないか」
青年は笑いながら鑑定を終え、代金を用意して来た。
売値の神聖銅貨五枚を受け取って、表の入り口から宿に入る。
そこからが大変だった。
俺が衛兵さんに「同行」していったことは、その場にいた全員が知っているかのようだった。
疑うようなものではないが、興味深そうに皆、俺を見ている。
「お帰り、って、大分お疲れみたいね」
俺に気付いた看板娘さん(名をシリーというらしい。漢字一文字にしたらセクハラになるな)は、顔を見るなりそう言って苦笑した。
そんなに疲れた顔を…してるだろうなぁ。
カウンター席にはカイザの姿もあった。
心配そうな顔でこっちを見られると、なんだか罪悪感が沸いてくる。
別に俺が悪い訳じゃないんだけど、特に関係のないカイザにまで心配をかけているとなると途端に、ね。
俺はとりあえず乾いた笑いで返すと、とりあえず荷物を置くために一度部屋へ戻る。
その後、夕食を摂るために一階の酒場に戻りカウンターへ、カイザの隣に座る。
俺が看板娘さんに注文し終えるのを待って、カイザが話しかけてきた。
「もう結構噂になってる。直接見た奴が言うには、しょっ引かれた感じじゃなかったそうだけど、何があったんで?」
その目も、声も、俺を心配しているのが分かるものだった。
「いや、そこまで大したことじゃないんだが」
と前振っておいて、副隊長さんに呼ばれた理由と、会話の内容を話した。
カウンターに待機する体でマスターまで話を聞いているようだったし、周囲には聞き耳を立てているらしい連中もいたが、別段口止めされた訳でもない。
なら、話しても大丈夫、というより話した方が変な誤解を受けずに済むと判断した。
俺が話し終えると、一部の野次馬は興味を無くし、一部の連中は駆け出し、マスターとカイザを含めた俺と話したことのある何人かは何かに納得したように頷いた。
「なるほど。クーヴィルさんが妙に物を知らないようなのはそれが理由だったんですか」
とカイザが言う。
俺が話した内容には、もちろん、俺が記憶喪失になったという部分も含んでいる。
それを聞いて、納得した。ということか。
しかし、やっぱり傍から見れば物を知らない風に見えたんだな。
ただ、考え方を変えれば好機だったとも言える。
こんな機会でもなければ、俺が記憶喪失だと話してすんなり受け入れては貰えなかったろう。
いや、もしかしたら俺が記憶喪失だということに疑問を持っている人もいるかもしれないが、少なくとも俺と直接話したことのある人はほとんどしたり顔で頷いていた。
それくらいにはおかしかった、と思うとやるせないが。




