最終話 宵の空
学園の卒業後、ウィリアム殿下はシャルロッテ様とご成婚なさいました。
親族以外の列席者のいない、ひっそりした目立たないお式だったという話です。
仕方のないことです。おふたりは、シャルロッテ様の前の婚約者がお亡くなりになってすぐに関係を結ばれたのです。隣国の公爵令息が生きていらっしゃったころから不貞の関係だったのではないかと疑う者もいるでしょう。華々しいお式をしたりしたら醜聞を広げるだけです。
実際は、殿下が隣国へ行かれたのは公爵令息のご葬儀が初めてでしたし、シャルロッテ様も留学なさるまでフェブリス王国を出たことはなかったのですけれどね。
我がウェネーヌム王国の王太子はウィリアム殿下のままです。
第二王子殿下の固有魔法は貴重な『治癒』なので、彼を立太子して固有魔法を封印することを国王陛下や議会の皆様が惜しまれたのです。
固有魔法は血筋によって遺伝する可能性が強いのです。けれど封印してしまうと受け継がれにくくなるのです。
とはいえウィリアム殿下が公務で表舞台に出られることはほとんど無くなりました。病床のシャルロッテ様に付き添っていらっしゃると聞いています。
たぶんウィリアム殿下が即位なさることはないのでしょう。
学園を卒業したら大公位を授かる予定の第二王子殿下のお子様が成人なさるまで、今の国王陛下が玉座を守り続けるおつもりなのだと噂されています。
シャルロッテ様が病床に就かれたのは、私が学園で殿下との婚約指輪を外した日だったとのことです。
病名や当日の詳細は不明です。ちょうど私が去った後の中庭で体調を崩されたそうです。
あのときは昼休みでした。多くの生徒が近くにいたはずなのに、そのときのことを語る方はいらっしゃいません。
なんとなく嫌な感じですが、偶然とはそういうものですし、私には探られて痛い腹はありません。
私と殿下の婚約はちゃんと解消されましたので、今はシャルロッテ様のご回復とおふたりの幸福を祈っております。
まだ学園に入学したところで口封じが必要なほどの妃教育は受けていなかったのに、婚約解消の賠償金はかなりの金額でした。なにか裏の事情があるのかもしれませんが、私にはだれも教えてくださいません。聞かないほうが良いことなのでしょう。
──私もそろそろ学園を卒業します。
今日は授業が終わった後で、中庭のベンチに腰かけて空を見ています。
さっきまではお友達も一緒にいたのですけれど、空が赤くなってきたので先に帰っていただいたのです。
お友達とお話するのは楽しいのですが、空の色が青でなくなると少し嬉しくなります。
今も空の青に殿下の瞳を重ねているわけではありません。
夕日に赤く染まった空が、徐々に紫色に染まっていくのが好きなのです。
「申し訳ありません、アン様。今日もお待たせしてしまいました」
「かまいません。グスタヴス様は私のために頑張ってくださっているのですもの」
しばらくして現れたのはグスタヴス様。
私の新しい婚約者で、学園の特待生です。
『魔力譲渡』という固有魔法を持つ彼は私が二年前に殿下との婚約を解消した後で、私の減少した魔力が回復するまでずっと自分の魔力を譲渡し続けてくれました。『魔力譲渡』は『治癒』や『結界』と並ぶ貴重な固有魔法です。
私が彼に好意を抱いたのは当然の成り行きでした。
だって自分を癒してくれた方なのですもの。
好意が恋情に変わるかどうかは双方次第になりますが、私とグスタヴス様はお互いに想い合うようになりました。
王太子殿下と婚約解消してすぐに婚約するのも体裁が悪いので、私が学園の最高学年になるのを待って婚約をいたしました。
それと同時にグスタヴス様は学園の特待生となりました。
私達はふたりで一緒に卒業して、侯爵家が持っている爵位のひとつをいただいて新しい家を興す予定です。
グスタヴス様は継ぐ家を持たない小さな貴族家の三男です。
優れた固有魔法を見込まれて我が家の騎士団に所属していたものの、学園で学んだことはありませんでした。
ですので今回改めて、短期で貴族家当主の心得を学ぶために学園の特待生となったのです。
「それでは一緒に帰りましょうか」
「はい」
私はグスタヴス様に自分の手を預けました。
空が宵闇の紫色に染まっていきます。グスタヴス様の瞳の色です。
やがて夜空を覆う漆黒の帳はグスタヴス様の髪の色です。
「……私のグスタヴス様」
彼と彼の向こうの空を見上げて呟くと、グスタヴス様のお顔が真っ赤になりました。
「きゅ、急にどうなさったのですか、アン様」
「ふふふ、違いますか?」
「違いませんよ。……私のアン様」
だれと恋に落ちるのかは自分では選べません。
ウィリアム王太子殿下をお慕いしていたころの気持ちが嘘だったとは言いませんが、あの方はきっと最初から最後まで『彼女のウィル』だったのでしょう。
婚約を解消した私は、もしかしたら王家へ嫁ぐよりも幸せな未来を迎えられるのかもしれません。
あのとき別れを決意して良かったと思いながら、私は私の大切な人とともに帰路に就きました。




