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45 かけがえのない人だから

 

 いや、幻覚なんかじゃない。


 彼女が着ているのは、以前、俺が彼女に贈った品。

 彼女の紅い髪と紫色の瞳に似合うだろうと、自分で選んだ紺色のデイドレスだから。


 下ばかり見ていて気付かなかったが、俺はいつの間にかスカーレットの官舎の前に来ていた。



「何度も呼んだんですよ? 大丈夫ですか?」

「あ、ああ、問題ない」


 心配そうに眉をひそめる彼女の背後から、エリスがひょこっと顔を出す。



「ヴァレンディル少将、スカーレットがあんまり綺麗だから言葉もないですよね!」


 エリスの言葉にスカーレットの頬が茹だったように赤くなる。それを見て俺まで顔が熱くなった。


「そ、そんなことは」

 無いとは言えないが! 言えないけれども!

 ズバリと指摘されたら恥ずかしいだろう!


「ヴァレンディル少将、あたしはもう帰るので、スカーレットの練習の成果をじっくり堪能していってください!」

「れ、れんしゅう……?」



 エリスは俺の問いには答えず、ほらほらとスカーレットの背中をグイグイ押して俺の隣に立たせ、じゃあね~と手を振って帰っていってしまった。



 スカーレットは真っ赤な顔のまま地面を見つめたまま言った。


「あの、とりあえず家の中へどうぞ」

「俺を、許してくれるのか?」


 スカーレットが怪訝そうに首を傾げる。


「許すって、何をです?」

「俺は君を危険にさらした。俺は君の番である資格などない」


 紫色の瞳が驚きに揺れたが、俺は続ける。続けないと、心が折れて決心が砕けてしまう。

 番を諦めるという決心が。


「せめてもの罪滅ぼしに君の剣を取りもどしたはしたが、そんなんじゃ足りないだろう。そもそも、君は最初から俺を番として受けれてなかった。俺のただの独りよがりだった。君を拉致してここに住まわせ、人事に介入した。『番』という概念がわからない君にとっては、ただただ迷惑な話だったと思う。本当にすまなかった」


 俺は自分の足先を睨む。言え俺よ。早く言うのだ。


「君には幸せになってほしい。心からそう願う。たとえ一緒にいられなくても、だ。以前も言ったが……君は俺の、尊い番だから」



 言った。

 言ってしまった。

 これで終わりだ。俺は出会えた『番』を諦める。身を切られるように辛いとはこういうことを言うのだな。



 なんて思いながら踵を返そうとして、小さな手が俺の手を取ったことに思わず足が止まる。


「でしたら、わたしの幸せを願ってくださるのでしたら、一緒に家の中へ来てください」

「え……」

「わたし、エリスに教わってクッキーを焼きました。きっとヴァレンディル少将が……アルが帰りにここを通ると思って」



 俺は息を呑んだ。







 ヴァレンディル少将――アルがサファイアの瞳を見開いたまま固まってしまった。

 だから恥ずかしいけれど、伝えなくては。

 心は言葉にしないと伝わらないから。


「アルと一緒にお茶を飲みたくて、クッキーを作ったんです。何度も作りました。一度目は焦げてしまって、二度目は火の通りが悪くて……素人でも使える火魔法パネル付きのオーブンだけど、やっぱり人間のわたしには難しかったです」

「スカーレット……」

「でもどうしてもアルと一緒にお茶を飲みたくて、諦めたくなかった。五回目でやっと成功しました」

「なぜ、俺とお茶を飲みたいと?」

「どうしてだか自分でもわかりません。ただアルの隣に座って、一緒に時間を過ごしたいって強く思ったんです」


 アルは言うべき言葉が見つからない様子で、視線を彷徨わせている。わたしは自分の中にある恥ずかしさや人間である劣等感を押しのけて、思っていることをそのまま口にした。


「アルはわたしを危険にさらしてなんかいません。あのとき、アルが助けに来てくれてホッとしました。額に触れられたときも泣きたいくらいホッとした。こういうのが『番』という感情なのかどうか、わたしにはわかりません。ただ、わたしはアルと一緒にいたい。アルと過ごす時間をかけがえのないものだと思っている。それだけは確かなんです」


 唖然とした表情で、それでも徐々に、アルの双眸がうれしそうに和んだ。


「では……俺は君を『番』として諦めなくてもいいと?」


 頷いた瞬間、抱きしめられた。

 大きな胸が震えている。アルが、わたしのために苦悩していたことがわかって、わたしはその大きな背中に手を回した。


「練習の成果を、見てくれますか?」

「ああ。楽しみだ」


 わたしは人間。彼は竜人。

 わたしたちはあまりにも違いすぎる。

 そしてナレシル少将の件もあるし、わたしは故郷のためにオルリッサを追いたいし、問題は山積している。


 でも。


 この広い世界で出会って、お互いにかけがえのない存在だと思えることは、どんな困難があるとしても素晴らしいことだって、今なら思える。


 これからも軍人として、カナリヤをやってもいいと思っているわたしは、もう自分を劣等種族とは呼ばないだろう。

 種族に優劣などないと、かけがえのない人が教えてくれたから。


「はい、どうぞ。あーんしてください」


――竜人はね、番から食べさせてもらうことをすっごく喜ぶんだよ。給餌行為っていう、愛情表現の一つなんだって。

 エリスの言葉を思い出しつつ、わたしはアルにクッキーを差し出す。


 クッキーを前に驚きと喜びを隠せない竜人を見て、わたしも自然と頬がゆるんだ。





【おわり】




読んでくださった読者様、お付き合いいただきありがとうございました!

レビューや評価をいただけると、とっても励みになります(*´艸`*)

どうぞよろしくお願いします!m(__)m


桂真琴



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