第十二話 何者なのか
お久しぶりです。
ティオナは困惑していた。
先ほどまでは愛する妹の痛ましい姿に取り乱していたが、目の前で起きている光景があまりにも異様で、それがティオナに冷静さを取り戻させた。
―――何が起きているの?
自分に協力してくれている姉弟の一人、コータローが敵と戦っている。
魔道具も持たず、生身で。化け物のような異形の変身を遂げたリニア相手に、素手で。
魔道具を持たずに戦っているのは、まだ理解ができた。そのこと自体は出会った時からわかっていたし、魔道具を補うほどの体術があるのは、魔獣との戦いでも実際に目にしていた。
けれど、それよりも―――
「何なの、何なのお前は……!」
リニアが明らかな苛立ちと、そして戸惑いを含んだ声で叫ぶ。それに対し、コータローは淡々とした様子で「男子高校生だ」と答えた。
ティオナはリニアの感情が理解できた。というのも、コータローが何度リニアからの攻撃を受けても、平気な様子で立ち上がり続けているからだ。
何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。
リニアの異形の舌で投げられようとも、当たり前のように起き上がる。地面が歪むほどの力で叩きつけられても、平然と拳を構える。時折、リニアの舌に拳や蹴り、そして手刀を振るいダメージをじわじわと与えている。
そうしながらゆっくりと、しかし確実にコータローはリニアとの距離を縮めている。
拳を確実に叩き込む、その距離まで。
息を切らしながら近づいてくコータローに、リニアは後ずさる。
「何なのよ!どんな魔道具を使ってるのよ! 倒れないなんて、そんなの、そんなの反則じゃない!ずるいじゃない!」
「遠距離から攻撃している奴が何言ってやがる」
「うるさいうるさい!私に近づくんじゃない!」
「一人称が変わってるな。自分のことはリニアって名前で呼ぶんじゃなかったのか?キャラを作っていたんだな。無理しない方が人生楽しいぞ」
コータローは焦るリニアに、やけに口数多く返答する。
ティオナはそのことに関しても違和感を覚えた。ここ数時間、コータローと接した印象として、彼はどちらかと言えば寡黙な方だった。口数が多くやかましいのは姉の方で、コータローは必要以上に話そうとしないある種の冷静さを持ち、敵を煽るような無駄口を叩くような性格をしていないと思っていた。
コータローは饒舌にさらに続ける。
「……まぁ、教えてやるよ。俺が使っている魔道具は、数分間だけ身体を硬化させることができるんだ」
「な、何よそれ……!そんなの聞いたことない!魔力も感じない!」
「あるんだよ。だからこうして立っていられる」
――――嘘だ。
明らかなハッタリであることに、ティオナは気づいた。
ティオナは姉弟が川辺で気絶していた時に、一通りの持ち物は確認していた。姉弟は二人とも魔道具を一つも持たず、また魔道具を作るのに必要な魔石さえも所持していなかった。
――――どうしてそんな嘘を?
コータローは余りにも堂々とした様子で嘘をつく。不敵な笑みさえも浮かべながら。
驚愕したように目を見開くリニアに、コータローは挑発するように言う。
「けど、正直のところもうあまり時間がない。俺が先にお前に辿り着くか、それともお前が食い止め続けてられるかの勝負だ。制限時間まで、最後の勝負と行こうじゃないか」
そろえた指先を、来いよと言わんばかりに手招きをする。リニアはそれに対し、焦ったように乱雑な攻撃を繰り出した。
「来るな、来るな来るな来る来るなっ!!」
しかし、コータローは倒れない。単調な攻撃をコータローは身体をほんの少しだけ捻ることで避け、当たったとしてもすぐに平気な様子で体勢を立て直す。
戦う二人の様子を眺めながら、ティオナはまたあることに気づいた。
戦っている二人と自分達との距離が、だんだんと離れていっている。
傷を負った自分やライザ、山積みにされた人質の人達を避けるかのように、二人が戦う場所がだんだんと遠退いている。
――――まさか、私たちを庇ってるの?
そう思えば、コータローの口数の多さや挑発するような態度に納得がいく。魔道具や時間制限といった嘘とも辻褄があう。リニアの冷静さを奪い、コータローは自身に攻撃を集中させることで、傷を負った自分たちがこれ以上怪我をしないように誘導しているようだった。
本来のリニアであれば、敵のそんな意図を直ぐに察し、十分すぎる程にいる人質を盾にすることで戦況を優位に進めていたことだろう。
しかし――――、
「そんなものか。もっと頑張れよ」
――――今、彼女が相対する敵は、不死身の化け物。
どれほど攻撃を受けようと、傷一つ負わずに確実に迫って来ている。
一歩、また一歩と。
「…………何が、何が起きているの……?」
ティオナは言葉に出して問う。
本来、魔道具は自身の身体を変質させるような物は無い。
魔道具はあくまでも道具。剣や銃、弓などの道具に魔力を通すことで魔術を行使し、副次的に身体機能を高めることはあれど、身体をの形状を変えることなど本来はありえない。
だから、ティオナは腕を魔獣のように変えたエマヌエルや、おぞましい舌を使うリニアを恐れた。その様子はまさに化け物。彼らは人の理から外れた、禁忌の魔道具に手を出したのだと。
――――なら、それをも圧倒する彼は?
――――魔道具を使わず、その禁忌の存在すらをも上回る彼は?
「じ、術式展開! 部分獣化――牙っ!!」
追い詰められたリニアは新たな魔術を使う呪文を唱えた。すると、「あぁぁぁぁぁぁぁ!!」とリニアは痛みに叫ぶようなおぞましい悲鳴を上げながら、身体をさらに変質させていった。
口と顎が大きく肥大し、さらにペキペキと音を立て四本の牙が生えていく。長い舌と鋭い牙を持つリニアの顔は、もはや蛇型の魔獣とほとんど違いがなかった。グラダス魔術学校の制服を着ている身体は人間のままである分、人と魔獣を混ぜ合わせたような気味の悪さが目立つ。その余りの醜さに、ティオナは肌が泡立つのを感じた。
「おーおー。そんな風にも変わるのか。いよいよ仮説すら立てられないな。原理がさっぱりわからん」
しかし、やはりコータローは冷静。多少驚いたように目を開いたが、その視線は敵の様子をじっくりと観察しているかのようだった。
『ガァァァ!!』
蛇の頭と化したリニアは、力試しをするかのように地面に大きく噛みついた。四本の牙は石づくりの地面を容易く、そして深くえぐり、その強烈な攻撃力を示した。
蛇の顔が、ニヤリと歪むように笑ったように見えた。
あの牙で貫かれたなら、いくら彼でも―――。
リニアは風のような速さで舌を繰り出す。その舌は何重にもコータローに巻き付き、すぐさま跳ね返るように縮んでいった。
コータローはリニアの口へと引っ張られる。牙で貫くために。
噛まれるっ―――!
ティオナはこれから起きる惨状を想像し、目を背けた。頭の中では胴体を貫かれ噛み砕かれるコータローと、地面に血渋きが飛び散る風景が浮かんだ
『あ、アぁぁぁぁぁぁぁ!!』
聞こえたのは、痛みへの苦悶の声。
しかし、それはコータローからではなく、魔獣と化したリニアからであった。
コータローを噛み砕こうとした牙が、あっけなく砕けている。砕けた牙は音を立てて崩れ、リニアは想定していない痛みで身体を大きく反らしていた。
「……ふぅ、正直俺も驚いてるよ。こんなに硬いとはな」
コータローはまるで自分に言い聞かせるように呟いた。ティオナは届いたその声に、微かな安堵が込められているようにも思えた。
彼とリニアの距離は、もはやほとんど無い。皮肉なことに、リニアは自分のせいで敵との距離を無くしてしまっていた。
「さて、と」
仕切り直すように呟いたコータローは、もだえるリニアの舌を掴む。彼のもう片方の手には、先ほどリニアに放り投げられた木剣が、いつの間にか握られていた。
コータローは木剣で、リニアの魔道具―――舌に埋め込まれた装飾品型の魔石へと突き立てた。手足を使って舌を固定し、魔石を引き剥がすように素早い動きで木剣を振るう。
「が、あぁ!」
舌から剥がされて宙を舞う緑色の魔石を、コータローはあっけなく木剣で砕いた。パラパラと散った緑色の欠片が、幻想的に光を発しながら彼を包む。
「あ、あ……あ、あぁ……」
魔道具の核である魔石を失ったリニアは、ズズズと這いずり回るような音を響かせながら、頭の形状を人間の物へと変化させていった。しかし、人間の通常の頭蓋骨の形には戻らず、歪に肥大した顎や、蛇のように大きく膨らんだ頬はそのままで、醜さが際立っていた。
「ひゃ、ひゃへ、ごへんなさい、」
上手くしゃべれないリニアは、許しを乞うように後ずさっていく。
それに対しコータローは何の言葉を発さず、リニアに近づく。左の手のひらを握っては開き、また握っては開いて、力を溜めるかのように。
「……普段なら、相手が降参した時点でもう戦うのをやめるんだが」
コータローは近づいていく。止めを指すべき敵の元へと。
「人を笑いながら傷つけるような奴に、直接一撃も食らわせずには、どうしても終われないんだよ」
「ほ、ごへんなさい…………!ほへんなさい……!」
「いくぞクズ野郎。―――歯を食いしばれ」
「ひ、ひやぁ、ごへんながぱぁっ!!」
コータローが繰り出したのは、掌底。
撃ち抜くように放たれた掌底はリニアの顔面に食い込み、そして大きく吹き飛ばした。頭がもげるのではないかと思うほどの勢いで、リニアは洞窟の壁まで飛ばされていった。
リニアの背中が壁に叩きつけられる轟音。先ほどまでの激しい戦いから一転、洞窟には静けさが戻った。
「……お、終わったの?」
ティオナは確かめるように呟いた。呆然と、そして視線は味方であるコータローから離すことができなかった。
彼は一体、何者なのか。
肩と首を回し、ゆっくりとティオナの元へと戻ったコータローは大きなため息をつき「終わりましたよ」と優しく安心させるような声で言った。
ティオナは一瞬、もし彼がいなかった場合の未来を想像した。
自分はエマヌエルに壊され、妹も助けられずいたぶられ、待っていたのは破滅を迎える最悪の未来だっただろう。
ティオナの胸に沸いたのは、安堵と感謝。何者であろうと、彼が恩人であることには変わりなかった。そう思うと、何故だか酷く泣きそうになった。
「大丈夫ですか? 妹さんに応急処置だけでもしましょう」
すかさず駆け寄り、自分と妹を気遣う素振りを見せるコータローに、ティオナは言い様のない温もりのある感情が胸に沸いた。
溢れそうになる涙を堪え、ティオナは彼に対して言葉が漏れる。
「……あ、あなたは、何者、なの?」
さっきまでの戸惑いではなく、純粋に彼を知りたいという思いからの言葉だった。
ぎこちなく、まるで幼い子どものように言ったティオナに、コータローは目を丸くする。「敬語じゃないんですね」と少し嬉しそうに笑い、しばらく首を傾け、考える素振りを見せた。
そうして、
「俺は異世界から来たんですよ」
彼は照れるように、微笑んだ。
いつも読んでくださっている方々、ありがとうございます。
更新が遅い言い訳をさせて頂くと、パソコンぶっ壊れてデータが消えたからです。泣きそうになりました。
ゆっくりではありますが、また更新させて頂きますので、よろしくお願いします。




