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俺に興味のない公爵令嬢を、誰にも渡したくない  作者: S@Y@


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第一話 王子様に興味のない少女


「お前、僕が誰だか分かっているのか?」


「はい。王子様でしょう?」


「……なら、もう少し敬意を払ったらどうだ」


「礼儀は守っていますが?」


幼い少女は、不思議そうに首を傾げた。


レオンハルト・アシュフォードは、思わず言葉を失った。


王族である自分に、こんな態度を取る人間は初めてだった。


ましてや、相手はまだ七歳ほどの少女である。


普通ならば、王子を前にして緊張するか、気に入られようと愛想よく振る舞うものだ。


しかし、目の前の少女には、そのどちらもなかった。


「……名前は?」


「セレスティア・ヴァレンタインです」


「ヴァレンタイン公爵家の?」


「はい」


「そうか」


レオンハルトは少女をじっと見つめた。


淡い銀色の髪に、青灰色の瞳。


整った顔立ちをしているのに、表情は驚くほど乏しい。


まるで、目の前にいるのが王子だろうと庭師だろうと、どうでもいいと言わんばかりだった。


「お前、僕が怖くないのか?」


「どうしてですか?」


「僕は王子だぞ」


「存じています」


「……」


「それで、何か?」


セレスティアは本当に不思議そうだった。


レオンハルトは、生まれて初めて自分の身分が通用しない相手に出会った。


腹立たしい。


実に腹立たしい。


けれど、不思議とその場を離れる気にはならなかった。


「お前は変な奴だな」


「よく言われます」


「褒めていない」


「そうですか」


彼女は少しも気にしていなかった。


そして、手に持っていた小さな籠を持ち直す。


「それでは、失礼します」


「待て。どこへ行く?」


「庭師の方にお花を届けに」


「侍女に任せればいいだろう」


「私が届けると約束したので」


そう言って、セレスティアは歩き出した。


レオンハルトは、その背中を呆然と見送った。


自分と話している最中に、立ち去る令嬢。


しかも、王子との会話より庭師との約束を優先するなど、聞いたこともない。


「……何なんだ、あの女」


苛立ちを覚えながらも、レオンハルトは彼女の姿が見えなくなるまで目で追っていた。


このときは、まだ知らなかった。


その小さな背中を、これから何年も目で追い続けることになるなど。


*


それから、数日後。


王宮で開かれた子供たちのお茶会に、セレスティアの姿があった。


レオンハルトは、彼女を見つけるとすぐに近づいた。


自分でも理由は分からない。


ただ、もう一度話してみたいと思ったのだ。


「セレスティア」


「殿下」


彼女は軽く頭を下げた。


「何をしている?」


「お茶をいただいております」


「……見れば分かる」


「では、どうしてお聞きになったのですか?」


レオンハルトは眉をひそめた。


この女は、いちいち一言多い。


「お前はいつもそんな態度なのか?」


「どのような態度でしょう?」


「……もういい」


レオンハルトはため息をついた。


すると、セレスティアがテーブルの上に置かれた焼き菓子を一つ手に取った。


「殿下も召し上がりますか?」


「……食べる」


「どうぞ」


差し出された菓子を受け取る。


レオンハルトは、それを口に運びながら彼女を観察した。


彼女は自分に菓子を渡したあと、何事もなかったかのように紅茶を飲んでいる。


媚びることもなければ、喜ぶ様子もない。


ただ、そこにいる人間に菓子を一つ分けただけ。


それだけだった。


「……お前は、僕に気に入られたいと思わないのか?」


「どうしてですか?」


「僕に気に入られれば、将来いろいろと得をするだろう」


セレスティアは少し考えた。


「必要になれば、考えます」


「必要になれば?」


「はい」


「今は必要ないと?」


「はい」


即答だった。


レオンハルトは、手に持った焼き菓子を見つめた。


こんなにもはっきりと、王子に興味がないと言い切る人間がいるとは。


普通ならば、腹を立ててもおかしくない。


なのに。


「……お前、本当に変な奴だな」


「殿下も、よくそうおっしゃいますね」


「まだ二回目だぞ」


「そうでしたか」


セレスティアは、少しも悪びれなかった。


そのとき、レオンハルトは初めて思った。


この少女が、自分に興味を持ったらどうなるのだろう。


自分を見て、笑ったりするのだろうか。


それとも、今と何も変わらないのだろうか。


そんなことを考えている自分に気づき、レオンハルトは顔をしかめた。


くだらない。


たかが公爵令嬢一人。


興味を持つほどのことではない。


そう思いながらも、彼はお茶会の間、何度もセレスティアの姿を探してしまった。


*


それから、レオンハルトは王宮でセレスティアを見かけるたびに、声をかけるようになった。


最初は挨拶だけ。


次は、何をしているのか尋ねる。


その次は、隣に座ってみる。


けれど、何度会ってもセレスティアの態度は変わらなかった。


「セレスティア、今日は何をしていた?」


「読書です」


「何の本だ?」


「歴史書です」


「面白いのか?」


「必要な知識ですので」


「……お前は本当に可愛げがないな」


「よく言われます」


「そればかりだな!」


レオンハルトが声を荒らげると、セレスティアは不思議そうに瞬きをした。


「殿下は、私と話すのがお好きなのですか?」


「は……?」


思いがけない質問に、レオンハルトは固まった。


「な、何を言っている!」


「よくお声をかけてくださるので」


「それは……」


言葉に詰まる。


なぜだろう。


なぜ自分は、この少女に会うたび声をかけてしまうのだろう。


理由などない。


ただ、気づけば彼女を探している。


彼女がどこにいるのか、誰と話しているのか。


そんなことばかり気になってしまう。


「……別に、好きではない」


「そうですか」


セレスティアはあっさりとうなずいた。


「では、失礼します」


「待て!」


まただ。


また彼女は、あっさりと自分の前から去ろうとする。


レオンハルトは思わず彼女の袖をつかんだ。


「……何でしょうか?」


「……」


何も思いつかなかった。


引き止めたものの、話したいことがあったわけではない。


ただ、もう少しここにいてほしかった。


そんな自分の気持ちが理解できず、レオンハルトは苛立った。


「……明日も王宮に来るのか?」


「父の用事次第です」


「そうか」


「はい」


セレスティアは袖をつかんでいた彼の手をそっと外した。


「それでは、失礼します。殿下もお勉強を頑張ってくださいね」


まるで、年下の子供に言い聞かせるような口調だった。


実際には、二人の年齢はほとんど変わらない。


レオンハルトは呆然とした。


そして、彼女が去ったあと、ぽつりとつぶやいた。


「……明日も来ればいいのに」


誰にも聞かれないほど、小さな声で。


*


その頃、セレスティアは廊下を歩いていた。


ふと、窓ガラスに映った自分の姿を見て、足を止める。


袖口が少しほつれていた。


先ほど、庭園の生垣に引っかけたせいだろう。


「……あとで直さないと」


それだけつぶやき、再び歩き出す。


彼女にとって、王子との会話は特別なものではなかった。


身分が高いからといって、必要以上に気を遣うつもりもない。


嫌いというわけでもない。


ただ、興味がない。


それだけだった。


しかし。


その日から、王宮を訪れるたびに、なぜか王子が近くにいるようになった。


庭園に行けば、なぜか同じ場所にいる。


図書室に行けば、なぜか隣の席に座っている。


お茶会では、なぜか自分の隣の席を確保している。


「……殿下」


「何だ?」


「どうして、いつも私の近くにいらっしゃるのですか?」


レオンハルトは、一瞬だけ目を泳がせた。


「たまたまだ」


「そうですか」


セレスティアは、それ以上追及しなかった。


そして、持っていた本を開く。


レオンハルトは彼女の横顔を盗み見た。


少しも自分を意識していない顔。


自分が隣にいようと、いなくなろうと、きっと何も変わらないのだろう。


それが、なぜか気に入らなかった。


もっと自分を見ればいい。


もっと、自分に興味を持てばいい。


そう思った。


けれど、それがなぜなのかは、まだ分からない。


七歳のレオンハルトにとって、セレスティアは初めて出会った、思い通りにならない少女だった。


そして彼は、まだ知らない。


この小さな好奇心が、いつか誰にも譲れない想いへと変わっていくことを。



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