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その昔、NHKで「クインテット」というパペット人形が歌ったり楽器を弾いたりする番組があった。私は前番組の「ハッチポッチステーション」のほうが好きだったが。
そして乙女ゲーム「ラブ・クインテット」とこの話は何の関係もない。
ただの雑談である。
どうも、セシリアです。
私、明日でちょうど十二歳だったらしいです。
あの後、自分が哀れな役どころの悪役令嬢だと気が付いてしまい、固まったところをとっ捕まえられ、この通り椅子に縛り付けられております。
なぜ明日で十二歳だとわかったかというと、捕まった私の前に父らしき人物が現れ、本来なら明日、十二歳になったタイミングで儀式を執り行うつもりだったが、こうなっては一日早めるのがいいだろうとわざわざ独り言で説明してくれたからです。ご丁寧に、ありがとうございます!
暫定父は私を地下のじめじめしたところに連れて行き、儀式の用意を進めている。
私は縄でぐるぐる巻きにされて、猿ぐつわまでかまされ転がされている。ただただ自分の周りに魔法陣的なものが描かれていくのを見守ることしかできない。アーメン。
仕方なく、暫定父に心の中で話しかけてみる。
生贄とかやめた方がいいと思うんですよね。私、結構執念深いので、生贄にされたらたぶん祟ると思うんですよ。ポルターガイストでこの屋敷の皿という皿を全て飛ばして割るつもりです。でも私も怨霊にはなりたくないので、儀式をやめるのが一番いい判断だとね、思うわけです。
「鶏をもってこい」
ウワーッ!駄目だ!
全然聞こえてない!当たり前!
暫定父はいかにもな黒いローブをまとい、鶏を掲げた。そしてウニャウニャと聞き取れない呪文を唱え始める。
その後ろには暫定母、暫定弟、暫定妹たちが椅子に座って儀式を見守っている。
誰か助けてくれないかと視線を送るが、母は生気のない顔で俯き、幼い弟はいまにも気絶しそうな様子だし、妹に至ってはこれから起こることに興味津々と目を光らせている。なぜだ。
誰も頼りにならない。
どうしよう……このままでは本当に「生贄」にされてしまう。
「ラブ・クインテット」とは、なんちゃって中世ヨーロッパ風ファンタジー乙女ゲームである。課金前提のアプリゲームで、クインテット、五重奏というタイトルだからか五人の攻略対象がいた。
主人公は突然異世界に召喚される系ヒロインだ。
ヒロインが召喚された帝国は、皇帝を守護する聖なる力を宿す者と、帝国の崩壊を狙う邪悪な力を宿す者たちで真っ二つに割れている。
実はヒロインは聖女であり、帝国を脅かす邪悪な者、悪魔と契約した者たちに対抗するために召喚されたのだ。
魔法学園で攻略対象たちと絆を育みつつ、帝国に忍び寄る悪を祓え!
とまぁ、あらすじはざっくりこんな感じ。
そして私は、その祓われる側の悪だ。
セシリア・ゴルトベルクは人形のように美しい伯爵家の長女である。
ほとんど感情を見せることがなく、周囲からも孤立し、許嫁からすらも虐げられている。
ヒロインはそんな彼女を気にかけ、心を取り戻そうとしてくれるのだが、悲しいかな、彼女は帝国を滅ぼすために呼び出された強大な悪魔の器だったのだ。
基本的にどのルートでもセシリアはヒロインの頑張り虚しく、その身に巣くう悪魔とともに退治されてしまう。そしてセシリアの死を嘆いたあと、ヒロインは攻略対象と結ばれるか元の世界に戻るかを選択しエンドとなるわけだ。
い、嫌だーーー!
いやもう、嫌だーーー!しか感想が出てこない。
私何か悪いことしましたか!?
趣味として課金を少々嗜む程度の善良なオタクとして生きていたはずなのに、この仕打ちはどういうことか。
あまりにも惨い。
やっと自我を取り戻したのに、もう死んでしまうのか。
やっぱり夢でした、とかならないかな。
なんとなく、ならない気がする。
ああ、ここで死んだら、また次があるのかな……。
もし次があったら、今度は幸せになりたい。
優しい家族がいて、素敵な人と出会って、恋をして、大切にされて、大切にして、幸せだったと思いたい。
そのためなら、私、きっと凄く頑張るよ。
ダラダラしないで、人に親切で、誰かのために頑張れる人になる。
嘘だ。
本当は次頑張って幸せになれるなら、今助けて欲しい。
悪魔に取り憑かれるとか怖すぎる。
ホラー映画はわりと好きで観ていたから知ってるんだ。悪魔に取り憑かれたら、首が百八十度曲がったり、緑色のゲロを吐いたりするんだ。
シクシク泣く私を中心に、ついに暫定父は呪文を唱え終わった。
「大いなる悪の支配者よ!我が血と肉をわけた娘をあなたに捧げます!」
言い終わるや否や、彼は天高く掲げた鶏の首をナイフで掻ききった。
ぎゃぁあああ!?
血が、血が、飛んできた!
「むぐぅー!」
生暖かく粘り気のあるものが頬を伝うのがわかる。
恐怖と嫌悪に膝が震えて、ぼろぼろと涙がこぼれた。
地下にはにわかに血の生臭さと焦げ臭さが立ち込める。
「悪魔よ!我が呼び声に応えよ!」
鶏の血で染まったナイフが、再び振り上げられた。
刃先は私に向いていて、初めて間近でみた父の目は血走り、ギラギラと光っていた。
もう、駄目だ。
私は全てを諦め、瞼を閉じる。
「まだ死んじゃ駄目だよ」
そう誰かが囁いた。
いつまでたっても痛みが襲ってこない。
ぎゅっと閉じた瞼を恐る恐る開く。
私を守るように、目の前に誰かが立っていた。
随分と背が高い。
お爺さんみたいな白髪なのに、ぴったりとした袖なしの服から覗く腕は若い男のものだった。
男はナイフを振り下ろす途中の姿勢のまま固まっている父の手から凶器を抜き取り、床に放り投げた。石と刃先がぶつかり、火花がパッと散る。
「お、おお……おお!」
父は男の足元に跪き、感嘆の声をあげた。
「悪魔よ、名を教えてくれ!そして私の願いを叶えてくれ!」
すがりつく手をすり抜け、男が振り返った。
驚くほどに美しい男だった。
肌は死人のように青白く、髪は老人のように白い。
瞳だけが血のように赤く、うっすらと光を発していた。
彼は天使のように美しい悪魔だった。
「可哀想に」
するどく尖った爪先で、彼は私の頬を撫でた。
その指先は信じられないことに、宝物を触るみたいに優しい。
彼は猿ぐつわを解いてくれた。
「ああ、セシリア」
そっと私の顔を持ち上げ、悪魔は赤い瞳を細める。
ゆっくりと信じられないほどに整った顔が近づき、額同士がくっつく。
彼は赤い瞳いっぱいに私を映して、震える声でこう囁いた。
「ずっと君に会いたかった」
「……わたし、に?」
思わず聞き返す私に、悪魔は優しく微笑む。
冷たい指が、私の唇をなぞった。
「僕の名前を呼んでごらん」
あなたの名前なんか知らない。
そう言おうと思ったのに、私の唇は勝手に開き、舌が音を紡ぐ。
「オリアス」
突然嵐がやってきたかのように、空気がざわめく。
何か見えない力が私の中に流れ込んでくるのがわかった。
「そんな……!召喚したのは私だぞ!」
父の絶叫が響き、儀式を見守っていた人々が出口に殺到するのが見えた。
「そいつはお前の入れ物だ!正しい契約者は……!」
「うるさいな」
悪魔の赤く光る目が、父へ向けられる。
するとたちまち彼の顔はどす黒く染まり、喉を押さえて苦しみ始める。
「うっ……あがっ……!」
「やめて!」
思わずそう叫ぶと、糸が切れた人形みたいに父はその場に倒れ込んだ。ヒューヒューと喘鳴が聞こえるから、まだ死んではいないようだ。
よかったと胸を撫でおろす私に、悪魔は不思議そうな顔をする。
まるで、どうして止めるのか理解できない、とでもいうふうに。
「あなたは、本当に悪魔なの……?」
いまさら何を聞くのかと、彼は瞬きをして、それからフッとほどけるように笑った。
「そうだよ。僕は君の悪魔だ」
「私の?」
悪魔は私の手足の拘束を解いて、立ち上がらせてくれた。そして甲斐甲斐しく服についた汚れまで払ってくれる。
恐々とお礼を言うと、とても嬉しそうな顔をされた。
その顔があまりに優しいから勘違いしそうになったが、相手は悪魔で、ついさっき見つめるだけで人を殺しかけたのだ。
「僕はオリアス。地獄の侯爵。傲慢と嫉妬の悪魔」
うっすらと口の端を吊り上げ、いかにも悪魔っぽく微笑んだ後、彼は瞳を潤ませ私の名前を呼んだ。
「セシリア。ずっと会いたかった」
とても長い間離れ離れだった恋人を見つめるような眼差しに、ときめく以前に困惑が勝る。
慎重に言葉を選びながら私は口を開いた。
「私たち、初対面だと思いますけど……」
「そんなことは些細なことだよ。大切なのは、僕はこの世では君の手足となって働くこと。そして」
悪魔、オリアスは私をゆっくりと抱きしめた。
彼の体は冷たくて、鋼のように硬くて、まるで鋼鉄の檻に閉じ込められたかのようだった。
「その代償として、死後、君は僕の花嫁になる」
続きかけたらいいなぁと思います。




