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生きた。  作者: 紺 千瑛
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清々しいほど、よくある日常。



熱の塊が街を覆い、逃げ場を失くした熱気がもんもんと漂う外を尻目に、私はまるで冷蔵庫のような部屋に居た。カラカラと古いエアコンが苦しげに音を立てるばかりで、他に人が居るというのに物音すらしないように感じる。

「ーーうちさん、たけうーさん、、、竹内さん!」

ハッと我に返った。

「昨日の実績の報告、あれ、なに?」

突然の質問に戸惑い言葉詰まってしまった。

「あ、、えっと、、昨日のですか?、っと、なにが問題でもありましたか?」

すると、少し機嫌を損ねた同僚の棚橋が噛みつき気味に答えた。

「問題でも?じゃないですよね。何ですか、この件数。先週よりも落ちてるじゃないですか。」

「……すみません。」

「また、すみません、ですか。もう聞き飽きましたよ、それ。頼みますから来週は件数出して下さいね。」

そう言って棚橋はツカツカと会議の資料を抱えながら部屋を出て行った。

いつもこれだ。いつも、いつも、これだ。。


昼休み。私は会社のあるビルの屋上の一つ下の階の社員食堂で味気もしないコンビニの弁当を食べるのが日課だ。食堂なので食券を買えばそこそこの物を食べられるのだが、節約だと言い張ってコンビニで安い弁当を買っている。

ここでただ黙々とご飯を食べる。片手にはスマホ。暇つぶしに色々なページを見る。他の同僚はスマホゲームなるものでワイワイしているのだが、どうも私はそれが苦手だ。

別に人が苦手という訳ではない。スマホのゲームというものに違和感を覚えてすぐ辞めてしまうのだ。

食事の後は屋上で一服。これがまたいい。近頃は熱気のせいでジメジメするが、風通しがよい立地のせいか他の建物より快適なのである。


ふと、この間借りたまま返しそびれていたCDのことを思い出した。

配信でいくら探しても見つからなかったマイナー洋楽のCDで、ふと寄ったレンタルショップで見つけて思わずレンタルしたのだ。

人生を皮肉った歌ばかりだった。

マイナーキーばかりでアコースティックギターを掻き鳴らしながら淡々と歌手が歌う、そんな歌。

返却期限はたしか今日だったはずだ。

一度家に帰ってから返しに行かないとなぁと面倒だと思いつつ休憩時間を終えた。





珍しく月が明るい夜だった。普段なら街灯やそびえ立つビル群で月なんか見えやしない。

揉みくしゃなバスに乗る。肩が打つかろうがお構いなしだ。

「本当俺勝ち組ー。マジでお前らもがんばれよ。」

「うわ、うっぜー!」

新入社員だろう、大手に入社した彼とその友達らしき人達のどうでもいい会話が耳に入ってきた。

『勝』

私の名前にはこの文字が入っている。母曰く、よくある話だが何事にも負けない強い子に育って欲しいとそんな気持ちを込めたらしい。今まで生きてきて私は母の気持ちに応えられているだろうか。平凡な高校に入り、やりたいことなど見つからず大学へ。よくある会社に入社し、営業マンとして生活している。もし、人生に勝ち負けがあるのなら私は勝てても負けてもいない。


家に着くと早速CDを手に取り近所にあるレンタルショップへ向かった。

店は大きな道路を挟んで少し歩くと見えてくる。

ありがとうございました。そんな声を聞き流しながら店を出た。仕事後ということもあってなかなかに疲れている。

コンビニに寄ってご飯でも買うかぁ。

そう思い最寄りのコンビニへ。食べたいものなんてもうない。お腹に溜まればそれでいい。いつも手に取る弁当を無意識に手に取った。

それにしても本当に今日は月が綺麗だ。今まで意識したことなんて無かったのに。まぁ、近頃気が滅入っていたし、感傷的になって月が綺麗に見えているんだろう。

昔から空には興味があった。流石に宇宙飛行士になりたいなどと大それたことは考えなかったが星座を見つけたり、月の満ち欠けを毎日密かに楽しんだりしていた少年だった。中でも月が一番好きだった気がする。昔のこと過ぎて薄っすらとしか思い出せない。


大通りに差し掛かり横断歩道で足を止めた。猫がいる。首輪もしていない薄汚い猫。この辺りで見かけるのは珍しい。私を数秒見つめた後、なに食わぬ顔で横を通り過ぎて行った。

猫まで俺に冷たいのな。さぁ、帰ろう、帰ろう。今日も長い1日が終わる。

横断歩道へ私は踏み出した。

突然、ブレーキの音が聞こえた。



横断歩道の信号は青だったーーーー。

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