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王城⑰

(肌に触れるだけで神力や文様に気付かれてしまうなんて! 本当に、この御方は魔術師であるというウォールデス様なのだわ)



「話がある。ここでは人目があるから、あちらへ」

 何を考えているのか読めない表情のウォールデスは一方的に言い、死角になっている回廊の先へディーネの腕を強く引っ張っていこうとする。



「いいえ、それは……!」

「誰かに話を聞かれても良いのか?」


 良いわけがない。周りに目をやれば、連れてきた女官エルや、ウォールデスの近くにいた騎士が離れたところからディーネ達をそれぞれ見守っていた。この騎士やエルに限ったことではなく、ディーネが神力を持っていることを誰かに知られる危険があってはならないとすれば、ここで話すことは確かに避けたいと彼女も思う。



「分かりました。参ります」

 王城に滞在する限り、王族の追及からは逃れられない。この、研ぎ澄ました鋭い剣のような男からは特に。そう考えたディーネは結局、相手の言葉に従った。


(何を聞かれるのかしら)



 女官と騎士は、かろうじて見える位置で待機している。親しいエルの姿が、かろうじて見えることは何となく心強い。誰の目もなければウォールデスが彼女の素性を疑った末、秘密裡に彼女をどこかへ監禁するなどということも出来そうだった。長く臥せっていたとはいえ、ウォールデスは男だ。女であるディーネよりも腕の力は強い。げんに先程、彼に腕を引かれた時は全く逆らえなかった。



「聞きたいことは山程あるのだが、まず最初にそなたは何者だ? その膨大な魔力は常人とは思えない」



(あ……。まだ女神だとは気付かれていないの?)


 クリスには即座に見抜かれたが、どうやらウォールデスは彼女の正体に辿たどりついていないらしい。



(そうだったわ。人々にとって、神の存在は伝説上のものなのよ。だから、この男も私が何者なのか分かっていない。だったら、女神だということは隠しておこう)



「私は、ただの町娘です」

「それはレオールから既に聞いている。だが、ただの町娘が、そのように強大な力を持つことは考えにくい。生まれつき魔力を持つ者の数は年々、減っている。一人ひとりが持つ魔力も少ないことが珍しくない。なのに、そなたは違う。どうすれば、そのような力を持ち得る?」



「申し訳ございません。何を仰られているのか分かりません」


 何も分からないという顔をしてディーネは答えた。



「そのように顔を青くしておきながら、よく言う。私が病で弱っていると見くびっての発言か? 侮られたものだな。そうして魔力を封じられているなら、そなたをねじ伏せることなど容易い。

 女が相手なら、甘い追及になるとは考えないことだ。素直にならないなら、尋問にうってつけの場所が王城にはあるのだが、どうする?」


「っ!!」

(場所って、あの塔のこと?)


 ウォールデスは酷薄に笑む。それは、対峙する者をぞっとさせる表情だった。

 同時にディーネの脳裏には、レオールに連れていかれた塔の記憶がよみがえっていた。そして目の前のウォールデスの姿が、あの時の恐ろしいレオールに重なってくる。だが彼女が無意識に後退しようとすると、ウォールデスに腕を掴まれた。



「嫌…………!」



(もう、あの塔には行きたくない!)



 ディーネは男の手から逃れようと暴れたが、拘束は緩まない。



「……では、言え。そなたは何者なのか」

「町娘なのです、本当に…………。お願いです、もう許して」



「本当に知らないというのか? ならば、その文様のことは?」

「文様? 一体、何のことを仰っているのですか」



 ディーネの答えを聞いたウォールデスは「来い」と言い、彼女の腕を離さないまま、大股で歩き始める。

 仕方ないので転びそうになりながら付いていくと、ディーネが暮らす棟の一階にある部屋へ連れ込まれた。

 すぐにウォールデスは扉を閉めたので、離れて付いてきていたエルや騎士とは遮断されてしまう。



「異常は?」

 唐突にウォールデスが口を開いた。すると、

「ございません」

 と、奥にある扉から返答がなされる。その扉の取っ手をウォールデスが回すと、中には騎士が一人立っている。そして、窓の無い部屋の最奥の壁にディーネが見たのは、真っ二つに割れた大きな文様だった。


 

「これが文様だ。割った者を我々は探している」


 ようやくウォールデスは、ディーネの腕を離して言った。

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