王城①
王都への道中、ディーネは胸が苦しかった——————、後ろから彼女の腹に回された手のせいで。レオールときたら、ディーネの背に自分の胸をぴったりと寄せているのだ。
「あの、陛下 ……失礼ですけれど、そのように強く抱えてもらわなくても私は逃げませんので……」
彼女は恐る恐る、遠回しに『息が苦しいから離してよ』と訴える。
「こうしないと、お前は馬から落ちるだろう」
「大丈夫です、落ちませんから」
「いーや、お前は落ちる」
「落ちません!」
「犬で片手が塞がっているから、大変だろうと言っている。で、そいつも城に連れて行く気なのか?」
レオールの視線が、彼女の胸元にいるタウロスに向けられる。
ディーネは『まさか子犬を取り上げて、ここに捨てていくなんてことはしないわよね?』と少し疑って焦る。
しかし杞憂だったのか、王はタウロスについて、それ以上何も言わなかった。代わりに別のことについて言及される。
「……それにしても良い香りだな、チェリカの花の香油か。
だが俺は薔薇の香りのほうが好きだ。後で特別製のを部屋に届けさせるから、楽しみにしておけ」
(香油? ……まさか私の髪の匂いのこと!?)
なるほど、これだけ密着されれば髪の香りが伝わるのも仕方ないとディーネは頭では納得出来たが、妙に気恥しかった。その気持ちを隠すように、丁重なお断りを試みる。
「ええっと、ご好意は嬉しいですが、香油など私には特に必要ありません。今付けている香油はカミラが付けてくれただけで————」
「くれると言う物は素直に貰っておけ、無粋な奴だな」
「す、すいません。ありがとうございます?」
何故だか彼に怒られている自分がおり、訳が分からなくて憮然とした。
レオールの腕のせいで酸欠になりそうなくらい苦しいし、散々である。
「陛下。あの、私…………、貴方様のことで申したいお話が……」
ディーネは首だけ振り返って、王の顔を見上げる。思ったより彼の顔が近いが、それどころではない。満足に息が出来なくて目が潤み、顔には血が集まっているという自覚はある。そんな表情でレオールを見つめると、彼の顔まで赤くなる幻覚さえ見えてきた気がした。
「っ! お前が俺のことをどう思っていると言うのだ? 早く教えてくれ。その、……とても聞きたくて、たまらない」
レオールに促され、自分の本心を口にしてもいいのだと、少し安堵する。
(勇気を出して言うのよ、私! でないと、この男は気付かないわ!!)
「私、貴方様の腕の御力が強くて……、息が出来ておりません。どうか腕の御力を緩めて下さいませ」
「……………………それは済まなかったな。気を付けるから、お前も紛らわしい態度を取るんじゃない」
「? はい、分かりました」
心持ち項垂れた姿勢で彼の言っていることがいまいち分からなかったが、とにかく拘束が緩まったので良しとする。
そこで、後方の騎士達ふたりが笑っているのが聞こえてきた。
「ぶっ、はははははは! あのレオール様が女性に弄ばれている!!」
「おい、笑ったらまずいって。 ……ぶくくっ」
「お前も笑っているだろうじゃないか!」
「いやー…………ふう、っと。もう我慢出来なくてなあ。でも今まで耐えていたんだから偉いだろう? あー、今日の陛下は本当に面白い。早く彼女に会いたいからって言って、行きも馬飛ばすしさ。こいつらみたいな丈夫な馬じゃなかったら、今頃倒れているぜ」
ディーネは、ゆらりとレオールの怒気が立ち上ったように感じた。
「お前ら……」
(ひーーーーーー!! 私のすぐ後ろにいる時に彼を刺激しないでよ!!)
至近距離から発せられている王の気が強烈すぎて、ディーネは身を縮ませる。
「ああ、陛下。腕の中のご令嬢が怯えています。抑えて下さい。嫌われてしまいますよ。というか、もう手遅れかもしれませんが」
「……ちっ」
部下の進言に王は舌打ちして、やっと怒気を仕舞ってくれる。
(はあ、一瞬生きた心地がしなかったわ。王都に着くまで、こんなことばかりなのかしら。これでは身がもたないわ……)
ディーネは、どうか無事に王城へ着きますようにと、心の中で祈るのであった。
**
王一行は小川などで休憩を挟みつつ馬を飛ばし、夕方過ぎに王城へ到着した。ディーネはというと、大きな王城が遠くから見え始めてきた頃から不安が増長している。
(今日から本当にあそこに滞在するのね)
「心配するな。不自由な生活はさせない」
城門をくぐり、先に馬から降りたレオールがディーネの手を取りながら言う。
彼の助けを借りて彼女も地面に降り立つと、
「来い。お前の部屋に連れて行ってやる。クリスは、その辺の女官に部屋を用意してもらえ」
と、そのまま王に引っ張っていかれる。
(どうしてか、手が握られたままだし……)
レオールに握られた右手を見下ろしながら、ディーネはマルクの温かい手を思い出した。感傷に浸りそうになるうちに、奥まったところにある美しい部屋に着く。
そこで、ようやく手が離された。
「ここの部屋の主は、お前だ。今日から好きに使え。
それからお前の身分は、町で見つけてきた側室候補だ。こうして身分を与えておかないと、家臣や女官たちの詮索と追及がやかましいからな。王の決定だ、お前の文句は聞かない。分かったか?」
「……はい」
「そうか、お前が受け入れてくれて良かった」
レオールが満足そうに、ほんの少し笑う。しかしディーネのほうは、王の宣言に内心で首を傾げていた。
(そくしつ、って何かしら。聞いたことがないけれど、メイドみたいなもの?)




