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アーネム戦記  作者: Tanu1016
第六章 278年の嵐 後編

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第2話 残されたもの

 ジャンがセイレン銀行から戻ったのは、日が傾き始めた頃だった。


 目元には、まだわずかに赤みが残っていた。


 ユマから返されたゼルキア市民権。


 借金の借用書。


 そして、最後の手紙。


 それらを受け取って、ジャン=ワイズマンは自由になった。


 どこへ行ってもいい。


 何をしてもいい。


 誰と生きてもいい。


 ユマは何も頼まなかった。


 セイレンを頼むとも、新同盟構想を頼むとも、ユナやリックを頼むとも書かなかった。


 だからこそ、自分で決めなければならなかった。


 そして、答えは出ていた。


 セイレンに残る。


 ユマに頼まれたからではない。


 ロンド商会がある。


 途中の仕事も山ほどある。


 ここで知り合った人間もいる。


 そして――。


 その日の夕方。


 ユナから話があると呼ばれていた。


 ジャンにも、ユナに伝えておきたいことがあった。


 ジャンはユナの部屋の前まで来ると、扉を叩く。


「ユナ?」


 返事がない。


「入るぞ」


 それでも返事はなかった。


 ジャンは扉を開けた。


 暗い。


 日が落ちかけているというのに、灯り一つついていなかった。


「……ユナ?」


 目が暗闇に慣れてくる。


 部屋の片隅。


 そこにユナがいた。


 床に座り込み、膝を抱えている。


 ◇


 部屋の中に入ったジャンはユナに声をかける。


「何してるんだ」


「…………」


「俺もちょっと、お前に話がある」


「…………」


 返事がない。


 ジャンは眉を寄せた。


「ユナ」


「……ジャンも出ていくの」


「?」


 一瞬、意味が分からなかった。


「何の話だ?」


「ジャンも出ていくんでしょ?」


「お、おい」


「やっぱり」


「待て。何がやっぱりだ」


 ユナが顔を上げた。


 泣いていた。


 目元は赤く腫れ、頬にはいくつもの涙の跡が残っている。


挿絵(By みてみん)


「みんな出ていくもん」


「…………」


「姉さまが死んだら、みんないなくなっちゃう」


 ジャンは黙った。


 実際、その通りだった。


 ユマのもとに集まっていた人間が、一人、また一人とセイレンを離れ始めている。


「ジャンも誘われたんでしょ?」


「……誰から聞いた」


「そんなのどうでもいい」


「どうでもよくない」


「じゃあ、違うの?」


「俺は――」


 そうジャンが言いかけた時だった。


「だってジャンは姉さまが好きだもん」


「…………」


 ジャンの言葉が止まった。


「そんなの知ってる」


「ユナ」


「知ってるもん」


 ユナは泣きながら言った。


「ジャンが姉さまを見るとき、ずっと分かってた」


「…………」


「ジャンは姉さまがいたから、セイレンにいたんでしょ?」


「違う」


「違わないよ」


「話を聞け」


「姉さま、もういないもん!」


 声が部屋に響いた。


「みんな、姉さまがいたから来たんだもん……」


 ユナの肩が震える。


「だから、姉さまがいなくなったら、みんないなくなる」


「…………」


「ジャンも……」


「だから違うと言ってるだろ」


「ねぇ、ジャン」


 ユナは聞いていなかった。


「知ってる?」


「何をだ」


「私って、姉さまとそっくりなんだよ?」


「……ユナ?」


 ユナが立ち上がった。


挿絵(By みてみん)



 震える指を服にかける。


「おい」


「出ていけなんて言えない」


「何をしてる」


「ジャンが決めたことなら、止められない」


「ユナ、やめろ」


「だから……」


 服が床へ落ちた。


「体だけでもいいから、抱いてほしい」


「ば、馬鹿!」


 ジャンは慌てて顔を背けた。


「何を考えてる!」


「私は、その思い出があれば、生きていけるから……」


「ユナ……」


「ジャンがいなくなっても、それだけあれば、きっと大丈夫だから……」


「そんなわけあるか!」


「姉さまの代わりでもいい」


「やめろ」


「私、姉さまとそっくりだから……」


「やめろと言ってる!」


「でも……」


 ユナの声が震えた。


「完全には、似てないから……」


 ジャンが振り返った。


 ユナの右手に何かがあった。


「……おい」


 ナイフだった。


「ユナ」


「似てないっていうなら、ほら」


 切っ先が、自分の頬へ向かう。


「姉さまと同じところに傷を作ってあげる」


「やめろ」


「そうしたら、もっと――」


「やめろ!」


 ジャンが飛び込んだ。


 その手首を掴む。


「離して!」


「馬鹿野郎!」


「離してよ!」


「何考えてるんだ!」


「だって!」


 ナイフが床へ落ちた。


 乾いた音が響いた。


「だって……だって……!」


 ユナの膝から力が抜ける。


 ジャンはその身体を抱き止めた。


「姉さま、いなくなっちゃった……」


「…………」


「みんな、いなくなっちゃう……」


 ユナはジャンの胸を掴んだ。


「ジャンまでいなくなったら……」


「ユナ」


「私、もう耐えられない……」


 ジャンは強く抱き締めた。


「聞け」


「嫌だよぉ……」


「ユナ!」


 少し強く名前を呼んだ。


 ユナが顔を上げた。


 涙でぐしゃぐしゃになっていた。


「落ち着いて聞け」


「…………」


「ユマは確かに俺の憧れの人だった」


 ユナの顔が歪んだ。


「でも」


 ジャンは続けた。


「お前は、一緒にいたい人だ」


「…………」


「だから、こんなことはやめろ。やめてくれ」


 ユナの目が大きく開いた。


「俺はセイレンに残る」


「……え?」


「今日、それをお前に言いに来た」


「…………」


「ユマから手紙をもらった。」


「………」


「そして、自由を返された」


 ジャンは静かに言った。


「どこへ行ってもいい。何をしてもいい。誰と生きてもいい。そう言われた」


「…………」


「だから、自分で決めた」


「……セイレンに?」


「ああ」


「残るの?」


「残る」


「……ほんと?」


「ああ」


「どこにも行かない?」


「今はな」


「私がいるから?」


「……それだけじゃない」


 ジャンは少しだけ言葉を選んだ。


「ロンド商会もある。途中の仕事も山ほどある。ここでやるべきこともある」


「…………」


「でも、お前がいることも理由の一つだ」


「…………」


 ユナの唇が震えた。


「ふぇ……」


「ん?」


「ふぇぇぇぇぇぇん……!」


「お、おい!」


 ユナが完全に泣き崩れた。


 ジャンの胸に顔を押しつける。


「ジャン……!」


「ああ」


「ジャン、ジャン……!」


「いるから」


「ぐすっ……ひっく……」


「だから落ち着け」


「いなくならない?」


「いなくならない」


「ほんと?」


「何回言わせる」


「ぐすん……」


 ジャンはしばらく、ユナを抱き締めていた。


 髪をゆっくりと撫でる。


 葬儀では泣かなかった。


 喪主として、一日中立ち続けた。


 その間に押し込めていたものまで、全部吐き出しているのかもしれない。


 やがて、泣き声が少しずつ小さくなった。


「……ぐすん」


「落ち着いたか?」


「……うん」


「なら、とりあえず服を――」


「ジャン」


「なんだ」


「キスして」


「…………」


「して」


「お前な……」


「だめ?」


 涙で濡れた目がジャンを見る。


 ジャンはしばらく黙っていた。


「……分かった」


 ユナが目を閉じた。


 ジャンが顔を近づける。


 二人の距離が縮まっていく。


 あと少し――。


 ガチャ。


「ユナ……」


「…………」


「…………」


「…………」


 扉のところにリックが立っていた。


 床には脱ぎ捨てられた服。


 裸の姉。


 その姉を抱き締めているジャン。


 そして、そのすぐそばにはナイフ。


 長い沈黙。


「………ごめん」


「待てリック!! 違う!」


「ごめん。いいところだったのに」


「待て! 話を聞け!」


「大丈夫。僕は何も見てないから」


「全部見てるだろ!」


 リックが静かに扉を閉めようとする。


 そのときだった。


「だから! リク君がこっちに来たでしょ!」


「ここから先は関係者以外は入れません!」


「関係者だって言ってるでしょ!」


「お待ちください!」


「友達! 私、リク君の友達だから!」


 リックの顔が引きつった。


「……まさか」


「あー! リク君!」


 黒髪の少女が、制止する人間を振り切って現れた。


「ジェイ!?」


「やっと見つけ――」


 ジェイが部屋の中を見た。


 止まった。


 裸のユナ。


 そのユナを抱いている見知らぬ男。


 床にはナイフ。


 扉の前にはリック。


「…………」


「…………」


「…………」


「…………」


 ユナが、ようやく自分の格好を思い出した。


「きゃああああああああああ!!」


「だから違う!!」


 ジャンの叫びが廊下に響いた。


 ◇


 しばらくして。


 ユナは服を着直し、ベッドの端に座っていた。


 顔は真っ赤だった。


 リックは椅子に座っている。


 ジャンは疲れ切った顔で、その隣にいる見知らぬ少女を見た。


「……ところで」


「はい」


「彼女は?」


 ジャンがリックに尋ねた。


 答えたのはジェイだった。


「今は女性に対する強制わいせつ罪の査問の最中です」


「誰が容疑者だ!」


「あなたです」


「話を聞け!」


「聞いています」


「俺は何もしていない!」


「裸の女性を抱き締め、床にはナイフが落ちていました」


「だから事情があると言ってるだろ!」


「ですから、その事情を聴取しています」


「俺はお前が誰なのか聞いているんだ!」


「それは後です」


「後にするな!」


「まず事件の全容を明らかにします」


「事件じゃない!」


 ジェイはジャンを無視して、ユナへ向き直った。


「では被害者の方」


「被害者じゃないよ!?」


「無理に服を脱がされましたか?」


「自分で脱いだ」


「…………」


「私が勝手に」


 ジェイの勢いが、ほんの少しだけ落ちた。


「ナイフは?」


「私が持ってた」


「この人に脅された?」


「違う」


「では、なぜ?」


「……自分の顔を傷つけようとしたから」


 ジェイの表情が変わった。


 そこだけは、ふざけなかった。


「それを?」


「ジャンが止めてくれた」


「…………」


 ジェイがジャンを見る。


「だから最初からそう言ってるだろ」


「まだです」


「まだ何がある!」


「抱き締めていた件について」


「私が泣いたから」


 ユナが答えた。


「ジャンが慰めてくれた」


「…………」


 ジェイが頷いた。


「では最後に」


「まだあるのか……」


「接吻しようとしていましたね?」


「…………」


 ユナの顔がさらに赤くなった。


「……それは」


「それは?」


 ユナはちらりとジャンを見た。


「……ジャンが無理やり……」


「お前!!」


 ジャンが立ち上がった。


「なんでそこで嘘をつく!」


「だ、だって恥ずかしいんだもん!」


「俺を犯罪者にするな!」


 ジェイの目が鋭くなった。


「証言が変わりましたね」


「変わってない! 今のが嘘だ!」


「容疑者は黙っていてください」


「だから誰が容疑者だ!」


「ユナ」


 リックが静かに姉を見る。


「本当は?」


「…………」


 ユナは俯いた。


 耳まで真っ赤になっている。


「……私がお願いした」


「聞こえません」


「私がキスしてってお願いしたの!」


「…………」


 沈黙。


 ジェイはユナを見る。


 次にジャンを見る。


 少し考える。


「なるほど」


「分かったか!」


「強制わいせつ罪については、嫌疑不十分と判断します」


「嫌疑なしだろ!!」


「被害者の証言が一度変わっています」


「恥ずかしくて嘘ついただけだろ!」


「それは容疑者の主張です」


「本人が今そう言っただろ!」


「ですが最初に『無理やり』と」


「ユナ!!」


「ご、ごめんなさい……」


 ユナが小さくなった。


 ジャンは頭を抱えた。


「なんで俺がこんな目に……」


「日頃の行いでは?」


「お前は俺の日頃を知らないだろ!」


 そこでジャンは顔を上げた。


「……というか」


 ジェイを見る。


「お前、誰だ?」


「今は査問中です」


「まだ終わってないのかよ!」


「リック」


 ジャンはもう本人に聞くのを諦めた。


「彼女は?」


「僕の友達です」


「友達?」


「うん。大学の」


「ニューアークの学生か?」


「そう」


 ジャンは改めてジェイを見る。


 確かに、馬鹿には見えない。


 ただ、猛烈に面倒くさそうだった。


「それで、なんでニューアーク大学の学生がセイレンに――」


 コンコン。


 扉が叩かれた。


 ジャンが天井を仰いだ。


「……今度は何だ」


「失礼いたします」


 官吏が入ってきた。


 室内の四人を見たが、そこには触れなかった。


「パドゥーラより、弔問の使者が到着いたしました」


 空気が変わった。


 ジャンが顔を上げる。


 ユナも立ち上がった。


「パドゥーラから?」


「はい」


「使者は?」


「ティーエ=クラビス殿です」


「……ティーエ=クラビス?」


 リックが目を見開いた。


 ジャンも表情を変えた。


 パドゥーラの内政全般取り仕切るアムルの懐刀。


 この情勢下で、その本人がセイレンまで来た。


「分かった」


 ユナが答えた。


「すぐ行きます」


 先ほどまで泣き崩れていた少女の顔から、少しずつ表情が引き締まっていく。


 ジャンも立ち上がった。


「俺も出るぞ」


「うん」


「リック。こいつのことは頼む」


「こいつって言わないでください」


「名前すらまだ聞いてない!」


「ジェイです」


「今さら名乗るな!」


 ユナが、思わず小さく吹き出した。


「…………」


 自分でも驚いたのか、口元を押さえる。


 姉が死んでから。


 それが初めての笑顔だった。


 ◇


「ユマ殿の件、まことに残念です」


 ティーエは深く頭を下げた。


 ユナも頭を下げる。


「ありがとうございます」


 ジャンをはじめ、セイレン側の幹部たちも並んでいた。


 誰もが、パドゥーラから送られてきた使者の重さを理解している。


 ただの弔問使ではない。


 パドゥーラの内政を統括する本人である。


「ティーエ殿」


 セイレン側の一人が口を開いた。


「あなたが来られる可能性は、ある程度予想しておりました。とはいえ、本当に来られるとは驚きです」


「そうでしょうね」


 ティーエは苦笑した。


「アムルがユマ殿の死を惜しんでいるのは、紛れもない事実です。もちろん当人が訪れることができれば、それが一番よかった」


 そこで表情を改めた。


「ですが、この情勢下です。パドゥーラ侯本人が国外へ出ることはできません。ご理解いただきたい」


「もちろんです。むしろパドゥーラの内政を統括するあなたが来られたことを、最大限の好意と考えております」


「そういう前提で話をさせていただけると、本当にありがたい」


 ティーエは肩をすくめた。


「私が赴くことにも反対する意見は国内にありましたが、私が来るのが一番簡単であろうと思いましてね。どうせアムルが来たところで、挨拶くらいしかできませんし」


 ジャンの口元がわずかに動いた。


「……否定はしません」


「でしょう?」


 ほんの一瞬だけ空気が緩んだ。


 だが、ティーエはすぐに表情を戻した。


「それと、我々は今回のことを今回限りで終わらせるつもりはありません」


「と、いいますと?」


「パドゥーラとセイレンの関係を、正式な形にしたいと考えています」


 セイレン側の人間たちが顔を見合わせた。


「軍事同盟を?」


「それができれば話は早いのですが」


 ティーエは首を振った。


「セイレンは都市同盟の加盟都市です。独自の軍事同盟など結べないでしょう」


「その通りです」


「ですから困っている」


「…………」


 沈黙が落ちた。


 そこでジャンが口を開いた。


「通商協定なら可能です」


 ティーエがジャンを見る。


「通商協定?」


「セイレンには、クリス様以来、同盟から認められている独自通商協定の締結権があります」


 ティーエの目が細くなった。


「なるほど」


「軍事同盟ではありません」


「そして都市同盟の規定にも抵触しない」


「少なくとも、セイレンに認められている権利の範囲内です」


「面白いですね」


 ジャンは頷いた。


「今現在、セントハイムとの通商関係以上に、セイレンとしてはあなた方との関係が重要になっています」


「我々にとっても同じです」


 ティーエは即答した。


 そこから話は早かった。


 パドゥーラとセイレンの相互通商。


 双方の商人の保護。


 物流路の確保。


 商館の設置。


 市場への相互参入。


 軍事的な相互防衛義務はない。


 あくまで通商協定である。


 だが、それが単なる商取引の取り決めではないことは、双方とも理解していた。


 パドゥーラ=セイレン通商協定。


 後に、


 セレス協商


 と通称されることになる協定の骨格は、この日の会談で定まった。


 ◇


 一通りの話がまとまったところで、ジャンが口を開いた。


「一つ、よろしいでしょうか」


「何でしょう?」


「パドゥーラは、都市同盟そのものについてはどう考えているのです?」


 ティーエは少し考えた。


「我々が同盟に加盟すれば、こうした問題は無いでしょう」


「……!」


 何人かが顔を上げた。


「加盟の意思が?」


「今の都市同盟にはありません」


 即答だった。


「代表を送ることもできない。特定の強国にのみ拒否権なるものがある」


 ティーエは淡々と続けた。


「これで民主的な制度と言われても、我々には少々理解し難い」


「…………」


 誰も反論できなかった。


 専制国家の宰相にここまで言われる。


 それが現実だった。


「では、どうすれば?」


「どのようにすれば良いか……」


 ティーエはジャンを見る。


「答えは、おありでしょう」


「…………」


「ユマ殿の新同盟構想です」


 ジャンの表情が変わった。


「我々も、その内容は承知しています」


「では……」


「あの構想が実現するのであれば」


 ティーエははっきりと言った。


「我々パドゥーラは、喜んで都市同盟に参加する意思があります」


「…………」


 ジャンは何も言わなかった。


 百三十二票。


 百九十二票。


 つい先ほどまで読んでいた、ユマの手紙の文字が頭に浮かんだ。


 ――あのとき私、もしかしたらこのまま百九十二票まで行っちゃうんじゃないかって思っちゃいました。


 ――あなたとなら、本当に新しい同盟を作れるんじゃないかって。


「……そうですか」


 ようやく、それだけを答えた。


「何か?」


「いえ」


 ジャンは首を振った。


「ユマが聞いたら、喜んだだろうと思いまして」


「そうですか」


 ティーエは静かに答えた。


 ユマはもういない。


 その夢を語った本人は、もうどこにもいない。


 だが。


 夢そのものまで死んだわけではなかった。


 ジャンはまだ、その続きを自分が背負うとは決めていない。


 ユマも、それを望まなかった。


 何も頼まない。


 自分で決めろ。


 そう言って、自由を返してくれた。


 だからこそ――。


 これから何をするのかは、自分で決めればいい。


 その日の朝まで、ジャンには迷いがあった。


 今はもうなかった。


 セイレンに残る。


 ユナとともに。


 そして、ユマが夢見たものがこの先どうなるのかを、自分の目で見届ける。


 それはユマの命令ではない。


 ジャン=ワイズマン自身が選んだことだった。

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