↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アーネム戦記  作者: Tanu1016
第五章 278年の嵐 前編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
76/103

第13話 突撃

 ◇


 南へ駆け続けたアムルたちの前に、やがてライプニッツが見えてきた。


 だが、城壁付近から煙が上がっている。


「敵だ!」


 前方の兵が叫んだ。


 ライプニッツを攻撃しているのは、ギルフォード率いるコク侯軍の別動隊だった。


 ロックはしばらく敵陣を眺めると、すぐに鼻を鳴らした。


「……陽動だな」


「分かるのか?」


「ああ。本気で落とすつもりなら、こんな攻め方はしねえ。俺たちを足止めしたいだけだ」


 ロックは城壁を指した。


「千あれば十分守れる。俺が残る」


「でも相手はギルフォード将軍だぞ」


「だから何だよ。落とす気のない奴から城を守るだけだ」


 ロックはそれ以上話すつもりもなさそうに手を振った。


「俺のことは気にするな。北の砦へ行け」


 アムルは一瞬だけ黙ったあと、頷いた。


「……頼む」


「おう」


 それだけだった。


 ロックは千の兵を率いてライプニッツへ向かい、アムルとエヴァンスは残る本軍を連れて、そのまま南へ走った。


 ◇


 パドゥーラ回廊へ入ったアムルは、すぐに異変に気づいた。


「……少ない」


「ああ」


 エヴァンスも同じことを感じていた。


 本来なら、ここは最優先で守らなければならない場所である。


 セレスの山とチル湖に挟まれた細い道。


 パドゥーラへ至る最大の要衝。


 その回廊に配置されている兵が、明らかに少なかった。


「北の砦へ持っていったな」


「砦を落とすためか」


「たぶん」


 アムルは前を見た。


 頭の中は、まだ整理できていない。


 エルがいる。


 なぜいるのか。


 何を考えているのか。


 何のためにパドゥーラへ来たのか。


 考えても分からなかった。


 だが、今やらなければならないことだけは明確だった。


 北の砦へ行く。


 ティーエたちを救う。


「抜く。一気に行くぞ」


「おう。それなら得意だ」


 エヴァンスが剣を抜いた。


 アムルも剣を上げる。


「全軍、止まるな! 一気に回廊を抜ける!」


 パドゥーラ軍が突撃を開始した。


 最初の守備線を押し崩し、そのまま前進する。


 次の狭窄部では敵兵が道を塞いで抵抗したが、アムルは地形を見るなり左手を指した。


「崖沿いに古い道がある! そこから回れ!」


「任せろ!」


 エヴァンスが兵を率いて古道へ飛び込み、敵の側面へ回り込む。


 正面と側面から攻められた守備兵は、たまらず崩れた。


 逃げる敵は追わない。


 必要なのは敵を討ち取ることではない。


 少しでも早く、北の砦へ着くことだった。


 この回廊なら、アムルはよく知っている。


 どこが狭いのか。


 どこから迂回できるのか。


 古い道がどこに残っているのかも、何度も歩いて確かめていた。


 次の防御線も突破する。


 パドゥーラ軍は止まらず、そのまま北の砦を目指した。


 ◇


 北の砦は、すでに陥落寸前だった。


「門が持ちません!」


「補強しろ!」


「木材がありません!」


「何でもいい! 詰めろ!」


 ティーエが城壁の上を走り回っていた。


 アンスバッハ軍は何度撃退されても攻撃をやめない。損害を出しても隊列を組み直し、再び城壁へ押し寄せてくる。


 コンラートが敵陣を眺め、低く唸った。


「また来るぞ」


「まだ来るんですか……」


「今度で決める気じゃろうな」


 敵軍が隊列を整え始める。


 次は総攻撃になる。


 ティーエは荒い息を整えながら、コンラートを見た。


「持ちますか?」


「知らん」


「もうちょっと安心させてくださいよ!」


「安心したら気が抜けるじゃろ」


「そんな理屈あります!?」


 コンラートが笑った。


 その時。


 敵陣の後方が急に騒がしくなった。


「……なんじゃ?」


 コンラートが回廊の方角を見る。


 大きな砂煙が上がっていた。


 やがてその中から軍勢が姿を現し、風に翻る旗が見える。


 碧い疾風。


 ティーエが目を見開いた。


「……アムル」


 軍勢は止まらない。


 回廊を抜けた勢いのまま突き進み、北の砦を包囲しているアンスバッハ軍の背後へ向かってくる。


「アムルだ!」


 ティーエの声が城壁に響いた。


 ◇


 アムルの目にも、北の砦の惨状はすぐに分かった。


 城壁はあちこちが崩れ、敵兵がすでに取りついている。門も激しい攻撃を受け、いつ破られてもおかしくない。


「間に合ったな」


 エヴァンスが言った。


 アムルは答えなかった。


 剣を抜き、そのまま敵軍を見据える。


「このまま行く」


「兵を休ませなくていいのか?」


「そんな時間ない」


「だな」


 エヴァンスも剣を抜いた。


 アムルは敵陣を見渡す。


 アンスバッハ軍の大半は砦へ意識を向けており、回廊から現れたパドゥーラ軍への対応は明らかに遅れている。


「敵はまだこっちを見てない。一気に崩すぞ」


「おう」


 アムルが剣を振り上げた。


「突撃!」


挿絵(By みてみん)


 パドゥーラ軍本隊が駆け出した。


 北の砦を囲むリービッヒ軍。


 その無防備な背後へ。


 回廊を突破した勢いを殺すことなく、間髪を入れず突撃を敢行する。


「敵襲!」


「後方!」


「碧い疾風だ! パドゥーラ軍だ!」


 悲鳴に近い声が上がった。


 北の砦へ向いていた兵たちが振り返る。


 だが、遅い。


「そこ!」


 アムルが剣を振った。


「割れ!」


 先頭の兵が敵陣へ食い込む。


 隊列を作り直す暇など与えない。


 その後ろから、さらに兵が殺到する。


「エヴァンス!」


「おう!」


 エヴァンスが兵を率いて飛び込んだ。


 先頭で一人を斬り伏せ、そのまま止まらず奥へ食い込んでいく。


「続けぇ!」


 開いた穴へ、パドゥーラ兵が流れ込んだ。


「押さえろ!」


「後方を固めろ!」


「北の砦はどうする!」


 リービッヒ軍の命令が錯綜する。


 背後から突然現れたパドゥーラ軍本隊。


 北の砦を落とすことだけを考え、兵力の大半を城壁へ貼りつけていた軍には、もはや対応する余裕がなかった。


 ◇


「……来たか」


 城壁の上で、コンラートが笑った。


「アムルだ!」


 ティーエが叫ぶ。


 碧い疾風が、敵陣の中へ深く食い込んでいく。


「やった!」


「まだじゃ」


「え?」


「敵はまだ崩れとらん」


 コンラートは敵陣を眺めた。


 後方を突かれたとはいえ、兵数そのものはまだ多い。混乱から立ち直る時間を与えれば、陣形を組み直される可能性はある。


「おい。あれを持ってこい」


「あれ?」


 命じられた兵士たちが走る。


 やがて数人が運んできたものを見て、ティーエの顔が引きつった。


「……ちょっと待ってください」


「なんじゃ」


「それ、工事用の火薬ですよね?」


「そうじゃ」


「何する気です?」


「飛ばす」


「どこに!?」


 コンラートが敵陣を指差した。


「本陣の近く」


「近く!?」


「直撃させる必要はない。驚けば十分じゃ」


「いや、そういう問題じゃ――」


「投石機に載せろ」


「コンラートさん!」


 回廊や城壁の工事で岩盤を砕くために保管されていた火薬が、投石機へ運び込まれる。


「本当にやるんですか!?」


「もう載せとる」


「そうじゃなくて!」


 コンラートが手を上げた。


「放て!」


「待って――!」


 投石機の腕木が跳ね上がった。


 火薬を積んだ包みが空を舞う。


 敵本陣の近くへ落ちた。


 一瞬遅れて。


 轟音が谷間へ響いた。


 土煙が一気に舞い上がり、繋がれていた馬が暴れ始める。


「何だ!?」


「本陣だ!」


「爆発したぞ!」


 ただでさえ背後から攻撃を受けていたリービッヒ軍へ、さらに混乱が広がった。


 コンラートが満足そうに頷く。


「よし」


「よしじゃないですよ! あれでいくらすると思ってるんですか!?」


「そんなもん、勝てばどうにでもなる」


 コンラートは城門を指した。


「それより門を開けろ」


 ティーエが止まった。


「……打って出るんですか?」


「今出なくて、いつ出る」


 ティーエは敵陣を見る。


 背後にはアムル。


 正面には自分たち。


 そしてリービッヒ軍は、明らかに崩れ始めている。


「……はい!」


 ティーエが振り返った。


「門を開けて!」


「はっ!」


「動ける人は全員!」


 守備兵たちが集まる。


 誰もが疲れ切っていた。


 傷を負った者も多い。


 それでも。


 今度は自分たちが攻める番だった。


「行くよ!」


 北の砦の門が開く。


 守備兵が一斉に飛び出した。


「砦から出てきたぞ!」


「前も敵だ!」


「後方を押さえろ!」


 前。


 後ろ。


 リービッヒ軍は完全に挟まれた。


「止まるな!」


 アムルが叫ぶ。


「ここで崩せ!」


「おう!」


 エヴァンスがさらに押し込む。


 一隊が下がった。


 その隣も下がる。


 さらにその隣。


 そして、誰かが背を向けた。


 それを見た兵が続いた。


「待て!」


 怒声が響いた。


 アンスバッハだった。


「逃げるな!」


 馬上から剣を振り上げる。


「隊列を整えろ! まだ戦える!」


 だが、もう命令は届かない。


「総司令官閣下!」


 側近が馬を寄せた。


「お下がりください!」


「馬鹿を言うな!」


「前後から挟まれております! ここは一度――」


「北の砦は目の前だ!」


 アンスバッハが怒鳴った。


「あと一歩だったのだ!」


 あと一度。


 あと一度攻めれば落ちる。


 そう考えた。


 だから回廊の兵を引き抜いた。


 エルが回廊の確保を優先するよう、あれほど念を押していたにもかかわらず。


 北の砦へ兵力を集中した。


 その結果。


 回廊から敵本隊が現れた。


「こんな……」


 アンスバッハが北の砦を見る。


 城壁には碧い疾風。


 開かれた門からは、パドゥーラ兵が次々と出てくる。


「こんなはずが……!」


「閣下!」


 側近の声。


 次の瞬間、その胸を槍が貫いた。


「――!」


 馬から落ちる。


「貴様ら!」


 アンスバッハが剣を振るう。


 一人を斬る。


 もう一人。


 だが、次が来る。


「わしはアンスバッハだ!」


 叫んだ。


「リービッヒ王国軍総司令官、アンスバッハだ!」


 誰も止まらない。


 槍が肩を貫いた。


「ぐっ……!」


 それでも剣を離さない。


 さらに別の槍が迫り、馬が大きく暴れた。


 アンスバッハの身体が地面へ叩きつけられる。


「こんな……ところで……」


 顔を上げる。


 北の砦が見えた。


 落とせなかった。


「……落とせん、だと」


 槍が振り下ろされた。


 それが最後だった。


 リービッヒ王国軍総司令官アンスバッハは、北の砦を目前にして戦死した。


「総司令官閣下、戦死!」


 その報告が走った瞬間、残っていた統制も消えた。


「逃げろ!」


「南へ!」


「囲まれるぞ!」


 もはや撤退ではなかった。


 雪崩だった。


 兵士たちは我先にと南へ逃げ始める。


 北の砦を陥落寸前まで追い詰めていた軍勢は、前後から挟まれ、総司令官まで失ったことで完全に潰走した。


 ティーエは、その光景を呆然と見つめていた。


「……やった」


 ようやく言葉が漏れた。


「やった……間に合った」


「遅いくらいだったがな」


 隣でコンラートが言った。


「もう!」


 ティーエが振り向く。


「今くらい素直に喜びましょうよ!」


「十分喜んどる」


「全然見えません!」


「そうか?」


 コンラートは笑った。


 崩れた城壁。


 血に濡れた石。


 倒れた兵士たち。


 それでも北の砦には、まだ碧い疾風が翻っている。


 コンラートはしばらくそれを眺めてから、ティーエへ目を向けた。


「まあ、坊主」


「なんです?」


「お前はよくやった」


 ティーエが目を丸くした。


挿絵(By みてみん)


「……」


「なんじゃ」


「いや……」


 少しだけ俯く。


「……はい」


 北の砦は守られた。


 そして南へ続く街道では、総司令官を失ったリービッヒ軍が、パドゥーラへ向けて敗走を続けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。